その中で感じた、不動産や家に関する人々の「価値観」や「感性」の変化について、いくつかの切り口からお話したいと思います。
不動産の価値軸は多様化へ
僕らがこのサイトを始めたきっかけは、不動産に対する見方、あるいは流通のあり方が、日本ではあまりにも未熟で味気なくつまらないと思っていたことでした。多様なニーズを持つ側の人の「個性」や「主観」、あるいは物件の「雰囲気」や「特徴」といったものは隠れてしまっていることに不満を感じていたわけです。
そこで僕らは「レトロな味わい」「天井高い」「リノベーション可」「倉庫っぽい」「屋上アリ」といった、風情や雰囲気に着目して、魅力的だけれど埋もれてしまうような物件たちを探し出して、紹介していったわけです。すると想像以上の反響があり、広告宣伝も一切することなくサイトにはどんどん多くの人が集まり、2年ほどで月間300万PVほどのアクセスになりました(中小零細の不動産仲介会社の集客としては少なくとも日本では一番多いはず)。
僕らは「東京R不動産」を通じて、不動産オーナーや不動産屋さんが諦めていた物件が「見方」や「場」を変えて伝えることで、一瞬にして人気物件になる場面を数々見てきました。例えば初期に手がけた馬喰町のビルは、築50年以上の古い建物で半分以上が空室でしたが、その”渋さ”をサイトで見せてから、セレクトショップやジュエリーのアトリエ、有名ギャラリー等が入居し、エリアの文化的拠点のような場所になりました。
また新宿区のある古いマンションは「自由に改装できる」物件としてサイトで紹介してから、それまでの空室がどんどん埋まっていったものです。一見、価値が低いと思われがちな物件でも、人によっては宝物のように感じるかもしれない・・・この仮説が証明されました。
カジュアル化とリノベシフト
飲食の世界では80年代頃にバーやレストランが天井を外し、配管やコンクリート躯体をむき出しにし始めました。今ではカフェでも、或は高級なレストランでも、それは普通になりました。ホテルの世界でも、80年代から増え始めたブティックホテル(デザインホテル)がそれまでのフォーマルな晴れの場としてのホテル空間のイメージを「遊びの空間」にシフトさせ、そのスタイルは徐々に受け入れられ、最上級ランクのホテルもその影響を受けるようになりました。
空間がカジュアルになると同時に、場所のスタイル全体がカジュアルになっていきます。例えばスターバックスは、陶器のカップを紙のカップに変えるという「カジュアル化」をしながら、それまで200円まで下がったコーヒーチェーンの単価を300円以上に上げました。
体験を含めた全体のデザインが、そのスタイルの価値を上げたと言えます。ここではかつてのグレードやフォーマリティという価値軸が弱まり、カジュアルなスタイルへのシフトが見て取れます。
住宅もそうした流れと同じ変化があります。我々が2008年頃にサイトに掲載した、120平米ほどの広い渋谷のマンションがありました。内装は全て撤去され、躯体しかないスケルトン状態の物件でした。これを買ったのは広告代理店のアートディレクターで、彼はリノベーションしてしばらく住んだあと、2013年にこれを転売に出します。
築年はさらに古くなり、コンクリート躯体や配管は当然にむき出し、床は建設現場で使われていた足場板、間仕切りは黒い鉄板、というデザインでした。10年前であればこうした空間を「買う」人たちは限られた志向性の人たちでしたが、この物件を1億円近い値段でサイトで紹介した際に内見の申込をしてきた人たちは、皆いわゆるネット起業家たちでした。
今40代以上のビジネスマンは高級志向やトラッド志向が強く、リノベーション的価値観はあまりなかったのですが、今の30歳前後の世代では志向性は明らかに変わっており、R不動産的な感覚はもはや一部のクリエーターの世界のものではありません。女性も同様に、古い一軒家を改装したカフェ等に慣れたこともあり、古民家のリノベ物件に住んでみたい!といった特集がファッション誌で組まれるようになりました。
Fun valueと愛着価値
ここ5~6年ほどの間にシェアハウスが急速に増えています。最近増えた東京のシェアハウスで一番多い入居者の属性は、経済的に余裕のある30歳前後の女性です。中にはアウトドア好きのためのシェアハウス等、共通の楽しみをテーマにしたもの等もあり、人気です。彼らにとってのシェアハウスの価値はコストパフォーマンスではなく、コミュニティであり、楽しさ(Fun)や出会いという価値です。
また、人間の充足感や幸せを生む要素の一つに「愛着」という心情があります。戦後の日本の賃貸不動産は、あくまで仮の住まいとしてつくられ、味気ないものばかりになっていました。そして「原状回復義務」があるために、欧米のように内装を変えることもなく、借りている物件に「愛着」を持つ理由が消え去っていたのです。
このことに違和感を持つ人が増え、一方では供給側も差別化を追求する中で、愛着価値を生むような新しい変化が起こっています。そのヒントになるのが「コミットメント」、つまり「関わり方」です。例えば「DIY賃貸」という試みは、部屋をDIYで改装することをむしろ推奨する物件のかたちであり、感度の高い賃貸層に支持されており、女性にも強い人気があります。
さらに、オーナーが先にリフォームしてから入居者を募集するのではなく、住みたい人の希望に合わせて改装するオーダーメイド賃貸なども増えています。これらの空間は、完成度や仕様が高いことが優先されるのではなく、むしろ往々にしてラフな仕上げになったりするものですが、ここでは「好きな空間をつくって住む」というあり方自体が価値なのです。
我々も2010年から「R不動産toolbox」というサイトを始めていますが、ここではエンドユーザーが自分の空間を自らのイメージで「編集」していけるような世界をつくるというコンセプトで、DIY向けのパーツや素材、あるいは内装に関する職人サービスなどを販売しています。このサイトの支持は想像以上で、売上も伸び続けています。皆、手触り感や、つくる体験、といったことに大きな関心を持ちつつあるのです。
そうしたことの中に新たな感覚や価値感が見えてきます。高いところに住むのはコンサバ(非革新)。ゴージャスなロビーを自慢するようなマンションに住むのはダサい。自由こそ豊かさであり、フォーマルな高級さやデザインされきった空間よりも「未完成」に自由を感じる。形式的な価値より創造性。自分らしさ。東京の若い世代から徐々に、そうした価値観へのシフトが進んでいます。
そして今思えば、僕らが「東京R不動産」を通して投げかけたメッセージは「思っていたよりニッチではなかった」のだと感じています。
林 厚見 (はやし あつみ)
SPEAC inc. パートナー
1971年東京都生まれ。東京大学建築学科、コロンビア大学不動産開発科修了。米国系経営戦略コンサルティング会社を経て、2001年より(株)スペースデザインにて財務担当取締役として資金調達、プロジェクト推進、経営企画等に従事。2004年SPEAC inc.を吉里裕也と共同設立。建築・不動産の開発再生における事業・業態の企画、プロジェクトマネジメント等、ファイナンスからデザインまでを統合するプランニング、コンサルティングを行う。