【東京と金沢の例を巡って】現代建築の魅力、観光立国に活用を

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2018年11月号『人を集める場所』に記載された内容です。)

観光立国に日本が本格的に取り組みを始めたのは観光立国推進基本法が施行された2007年からだろう。

近年、訪日観光客は急増してきたものの、まだ道半ばである。そこで、2020年の東京五輪は、国内観光地の魅力を世界に発信する好機と期待されている。その魅力の源泉の1つとして、現代建築の人を集める魅力を活用したい。


日本で観光地の建築や建築物というと、京都・奈良などの歴史的な寺社建築がまず思い浮かぶが、現代の建築家が手掛けた建築物にも、世界に向けた情報発信に値する魅力がある。ここでは、五輪開催都市の東京と、地方の観光都市の一例として金沢での例を取り上げる。
 

東京に多い現代建築、丹下健三から隈研吾まで
東京での最初の例として、1964年の東京五輪で脚光を浴びた国立代々木競技場を挙げる。設計は、当時の日本を代表する建築家だった丹下健三(以下、敬称略)が手掛けた。


彼は、選手のパフォーマンスと観客の応援がひとつになったときに、祭典にふさわしい素晴らしい空間が生まれると考え、選手と観客を一体にするように包み込む無柱空間の建築物にしたのだった※1。


2本の主柱を2本のメーンワイヤーロープが結んだ、世界でも珍しい巨大な吊り屋根構造で、その結果、外観は2つの半円がずれて向かい合う形となり、緩やかな曲線が美しい。メンテナンスの良さもあって、2020年の五輪大会でもハンドボールの競技会場として使われる。


丹下による建築物は都内にいくつも現存するが、都市観光の観点からすぐに思い浮かぶのは、1990年12月に竣工した東京都庁舎だ。機能性や合理性を追求してきたモダニズム建築に傾倒してきた彼が、装飾性を重視したポストモダン建築に取り組んだ作品とされる。パリのノートルダム寺院を彷彿とさせる双塔の形状や、無数の格子状の窓が、荘重な雰囲気を醸し出している。


モダニズム建築と言えば、世界的推進者で、フランスを中心に活動したル・コルビュジエが名高い。彼が設計した17件の建築物は2016年に世界遺産に指定されたが、そのうちの1つは上野公園にある国立西洋美術館である。


2階建てで、1階は彼の建築の特徴であるピロティ(柱だけで構成される壁のない空間)になっている。国立西洋美術館の前には、彼に直接学んだ、日本の代表的建築家の1人、前川國男の設計による東京文化会館もある。


2020年の東京五輪のメーン会場となる新国立競技場は、紆余曲折の末、現代日本の代表的建築家である隈研吾のデザインが採用された。隈が設計した建物も都内に多く、木材を配した独特のデザインで知られるが、新国立競技場でも木材を多用している。


大屋根の骨組みに鉄骨と木材を組み合わせることにより全ての観客席で木のぬくもりを感じられるようにしたほか、建物の外周には、スギの縦格子で覆った軒庇(のきひさし)を設ける。軒庇の上部は緑化し、周囲の明治神宮外苑の杜と調和した「木と緑のスタジアム」の創出を狙っている。日本の伝統建築を生かした競技場で、海外から集まる観客を迎える意義は大きい。


都内に大規模複合施設、観光客も引き付ける
東京の現代建築では、オフィスや商業施設、ホテル、美術館、映画館などから構成される大規模複合施設も見逃せない。超高層ビルを中心にいくつも建設され、賑わいを生み出している。


初期の大規模開発には1978年にグランドオープンした東京・東池袋のサンシャインシティがあるが、2000年代になると、丸の内ビルディング(丸ビル)と新丸の内ビルディング(新丸ビル)の建て替え(丸ビルは02年、新丸ビルは07年の開業)、六本木ヒルズ(03年開業)、東京ミッドタウン(07年開業)と続いた。


数多くの内外の著名な建築家や建築事務所を起用、快適に買い物や食事などができる施設配置や動線づくりがされ、外観にも特徴を持たせている。巧みなテナントミックスと相まって、施設内や周辺の通勤者や広域商圏の消費者、そして内外の観光客を引き付けている。集客都市のマグネットとなっているのだ。


建築物は、都市を記憶するとよく言われるが、こうした配慮も重視している。例えば、今年3月に三井不動産が開業した複合施設「東京ミッドタウン日比谷」(地上35階・地下4階建て)では、かつてこの地に鹿鳴館があったことがインスピレーションを生み、舞踏会で男性と女性がダンスをするイメージがデザインの原点となった。


コンセプトは「ダンシングタワー」。それを体現すべく、ビルの柔らかなファサード(正面部分)を決定したという※2。また、東京スカイツリーや東京タワーも、東京の観光地マーケティングに欠かせない現代建築であることを付け加えておこう。


クリエーティブな金沢21世紀美術館と鼓門
地方の観光都市の例として、たまたま筆者が昨年、久しぶりに訪れた金沢で印象に残った2つの建物を挙げる。北陸新幹線の金沢―長野間開業(2005年)を控えた04年10月に開館した金沢21世紀美術館と、開業を機に竣工した金沢駅兼六園口の広場にある鼓門(つづみもん)である。


金沢21世紀美術館を設計したのは、建築家の姉島和世、西沢立衛とこの二人が主宰する設計事務所のSANAA(サナア)。「まちに開かれた公園のような美術館」がコンセプトで、表と裏がない多方向性を持たせるために、上から見たときに円形のデザインを採用しているのが目をひく。外壁や壁面の多くにガラスを採用して、透明で開放感を演出しているのも特徴である。


設計コンペでは交流館と美術館と広場の提案が求められたが、交流館と美術館を一緒にして設計した。その理由は、「相乗効果によって活気が生まれると思った」と姉島は語っている※3。円形の中心部は有料の展覧会ゾーンとし、周辺を無料の交流ゾーン(図書館や市民ギャラリー、情報ラウンジなど)にするとともに、4つの中庭や通路を活用して、大小のさまざまな形の展覧会ができように配慮した設計になっている。


世界の同時代の現代美術を展示、紹介する美術館で、古い城下町との組み合わせに疑問を持つ向きがあるのかもしれない。しかし金沢は、金箔などの工芸品に代表されるような職人的な手仕事の独創性や感性が脈づいており、それをベースに、21世紀に持続的に発展する創造都市を目指している。クリエーティブな現代美術の振興はその一環でもあるのだ。


一方、鼓門は、金沢駅兼六園口を覆う巨大なガラス張りのドームと一体になった広場の一環として建てられた。設計は建築家の白江龍三による。高さは13.7メートルで、緩やかウェーブを描く屋根を支える2本の太い茶色の柱は、角材をらせん状に組み上げることで作られている。


この形状は、能楽などで使われる鼓をイメージしたものだ。金沢の人々の暮らしには加賀宝生(宝生流の能楽)が溶け込んでいることが背景にある。


また、斜めの柱が全ての方向の地震力に対応するなど、一見和風に感じる造形も最新の構造理論を反映している。金沢には先進性を重んじた加賀の気風があり、この建築物にも、そうした都市の記憶が読みとれる。


白江は「広場全体としては、道具を芸術に昇華させた加賀工芸の伝統を反映しており、技術の結果である建築を芸術作品として体験していただけるように配慮した。金沢では、人の行動を芸術化したお茶や能が盛んだが、それと同じように、さり気なく駅を使うことが、空間と一体になって芸術を演じることになってほしい」と話す。


米国の旅行雑誌『TRAVEL+LEISURE』は2011年の特集「世界で最も美しい鉄道駅」で、鼓門に注目し、金沢駅をその1つに選んだ(取り上げたのは14の駅)。フューチャリスチック(未来的)なデザインとも書いているが、欧米人の美意識を捉える魅力を持っていることを示している。


観光地をブランドとしてみた場合、地域や都市に固有の文化や産業、製品はそのブランド価値の源泉となり得る。本稿で取り上げた現代建築は、その間を媒介するメディアの役割を果たしているのではないだろうか。


注1 丹下都市建築設計のホームページでの同社の木村知弘同社副社長の解説に基づく。これに続く、外観・構造の説明は、国立代々木競技場を運営する独立行政法人日本スポーツ振興センターのホームページでの説明を引用した。

注2 東京ミッドタウン日比谷のホームページでのデザインについての説明(マスターデザインを担当した英国の建築設計事務所、ホプキンスアーキテクツによる)に基づく。

注3 東西アスファルト事業協同組合が2004年に開いた、姉島、西沢による旧作についての講演会での発言(同協会のホームページ掲載の講演録)による。



永家  一孝  (ながや  かずたか)
ジャーナリスト・リサーチャー
1976年早稲田大学政経学部卒、日本経済新聞・日経流通新聞(現、日経MJ)の記者・デスク、日経産業地域研究所主任研究員、日経広告研究所主席研究員を経て、17年からフリーランス。日本マーケティング学会会員。論文に「日本版DMOにおける観光地ブランディング―『瀬戸内』『八ヶ岳』の事例と考察」『日経広告研究所報』298号(2018年4月)など。

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