三大建築物から「普通の建築」を考える

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2020年5月号『素晴らしい普通』に記載された内容です。)


あえてインパクトを追求しない「普通の建築」

昨今、話題となる建築はとにかくインパクトのあるものが多い。日本でもSMAPが出演するCMで話題になったシンガポールのマリーナベイ・サンズ(モシェ・サフディ、2010年)はその代表例ではないか。個性的な建築が集客など事業を行う上で大切なことは理解している。一方で、長く愛されることや、町並みとの調和を目的とした少し違う視点から「普通の建築」を取り上げてみたい。

まずは自分ごとで考えてみると、それは田舎の実家だ。旧街道沿いの木造瓦葺平屋建て。母屋の他に離れ、納屋、車庫がある。春になると田植えの苗が前庭に並び、正月は早朝から土間で餅米が蒸され、臼と杵で餅付きが始まる。そんな田舎の暮らしが私の原風景であり、「普通の建築」であった。その後、仙台での学生生活を経て、東京の企業に就職し、現在は東京と京都のデュアルライフを実践している。


構造の美を感じる東京タワー

1958年に完成した東京タワーは「普通」を象徴する建築だ。高さは333m。現在、世界一とされるのはドバイのブルジュ・ハリファ(エイドリアン・スミス、2010年)は828m。もちろん日本一でも東京一でもない。また電波塔としての役割も、東京スカイツリー(安藤忠雄、2011年)にその多くが移ってしまった。それでも東京タワーの魅力は色褪せない。いつも安定しているというべきか。芸能人に例えるとタモリさんのような存在かもしれない。


その理由は東京タワーの建築家である内藤多仲にある。今では普通となった「耐震壁」という概念を取り入れるなど、日本の耐震構造理論を体系化した構造の第一人者だ。建築というと意匠の側面が強いが、構造がそのまま意匠になっている例だ。この様式は橋やダムなど土木建築に多く見られる。通天閣や名古屋、札幌のテレビ塔も同じく内藤によるものだが、世界一の高さを目指した東京タワーは、その中で最もシンプルで美しい。


日本の独自性を表現したホテルオークラ東京 本館ロビー

東京タワー完成の4年後、1962年にホテルオークラ東京は、大倉喜七郎によって設立された。前回、東京1964オリンピックの2年前だ。現在、国内は東京2020オリンピックに向けて、旺盛なインバウンド需要を背景に、空前の開発ラッシュだ。


当時もきっとそんな時代だったのだろう。その後、外資系高級ホテルなどの参入が相次いだが、建築家谷口吉郎が手掛けた本館ロビーは、国内外問わず多くの人々に愛され続けてきた。余談だが、私も結婚式にこのホテルを選んでいる。


2014年、同ホテルの建て替えが発表されると、国内外で大きな反響を呼び、その保存を求める声が数多く寄せられた。その声に応えるがごとく、谷口吉郎の息子、谷口吉生によって本館ロビーはThe Okura Tokyoのメインロビーに見事に復元され、その意匠が継承された。


「海外の模倣ではなく、世界に通じる日本独自のホテルの創造」という明瞭なコンセプトの元、建築がなされたことが、このホテルを60年経った今も「普通の建築」と言える由縁だと考える。そこから麻の葉紋の美術組子、切子玉形をモチーフにしたオークラ・ランターン、梅の花に見立てた梅の花のテーブルと椅子が生まれている。二度目のオリンピックを迎える日本でも、伝統や文化の見直しがされているが、ここに学ぶことは多い。


公共の概念を再考させる新国立競技場

オリンピックの閉会後には、その建築のあり方が問われることが多い。「鳥の巣」という愛称の北京オリンピックの北京国家体育場(ヘルツォーク&ド・ムーロン、2008年)は残念ながら負の遺産となってしまった。新国立競技場はどうなるだろうか。当初、国際コンペで選ばれたザハ・ハディットの案が白紙になった。それは工事費やプログラムなどの課題の他に、あのデザインやその背景にある思想が、広く国民に理解されなかったからだと思う。


それに対して隈研吾の案は、デザインはもちろん、「杜のスタジアム」という明確なコンセプトが誰にも分かりやすい。そして特筆すべきは、木(木材)に光を灯したことだ。屋根は木材と鉄骨のハイブリッド構造として、全体で約2000㎥もの木材を使い、全47都道府県の木材がその中に活用された。話題作りにも繋がると共に、日本人が「自分たちの建築」であるという意識をぼんやりと持てたのではないだろうか。公共という概念が希薄になりつつある日本において、それを再考するきっかけになった建築でもあり、ぜひレガシーとして「普通の建築」になることを願う。


共通するのは「愛着を持てること」

日本の誇る3つの有名建築を、あえて「普通の建築」として見てきて気付いたことは、実は、名もなき私の実家との共通点が多いことだ。一言で言うと「愛着を持てる建築」であることだ。現在、国の緊急事態宣言により在宅の人が増えている。暮らしの中に愛着が持てる建築があるかどうか見つめ直す機会として欲しい。


例えば、岐阜県の在宅医療の拠点である「かがやきロッジ」は、木のデザインと空調の仕組みが素晴らしく、とても居心地が良い。そして働く人だけでなく、地域にも開かれていて、多様な地域コミュニティの場となっている。そうした愛着を持てる建築が、ポストコロナの時代の「普通の建築」となることを楽しみにしたいし、建築に携わる者として、そうなるように尽力したい。



辻本  祐介  (つじもと  ゆうすけ)
1977年三重県生まれ。東北大学建築学科卒。リクルートコスモス(現コスモスイニシア)、UDSを経て、ワンブロックを創業。京都・東京を中心に、建築・不動産を活用したまちづくり事業を手がける。ホテルカンラ京都、京都やどまち、代々木VILLAGE、JPREP渋谷校、WAW日本橋をプロデュース。数々の受賞暦を持ち、直近では2018年のグッドデザイン賞(地域・コミュニティづくり部門)を受賞。

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