ライフスタイル

ライフスタイル (18)

ついに終わった「昭和な飲み」
 「チョイト一杯のつもりで飲んで、いつの間にやらハシゴ酒」。これは植木等が歌ったスーダラ節の冒頭の歌詞である。同じく植木によるドント節は、「サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ」という有名なフレーズから始まる。


それぞれ1961年と1962年リリースの楽曲なので、今から60年近く前のことである。いかにも昭和的と言える、仕事が終われば同僚や取引先とみんなで連れ立って飲みに行くという行動は、ごくごく一般的なものだった。


今でもこうしたシーンが全くなくなってしまったわけではないが、当時は「付き合い」という名のもとに飲み会が連夜開催され、部下や下請け会社にとってそれは決して断れないものだったに違いない。今ならば「パワハラ」や「セクハラ」、「アルハラ(アルコールハラスメント)」と一刀両断されてもおかしくはないだろう。


こうした行動様式は昭和から平成にかけて長きにわたって続いたが、当然ながら、時代の流れとともに変化が起きていった。変化の背景には3つのポイントがあると考える。


1つは会社を核としたコミュニティがかつてほど強固ではなくなったことだ。上司と部下、あるいは受発注の関係にある企業同士でも、仕事以外での付き合いは希薄になった。もちろんそこにはハラスメントを避けるという実際的な理由もある。


2つ目はアルコール飲用率の低下だ。メディアでさんざん言われているように、特に若年層の飲用率は年々低下している。よって、「酒の席」というもの自体が、グループの最大公約数の場としてふさわしくなくなってきたのだ。


そして3つ目は「おひとりさま」という行動スタイルが普及したことだ。「おひとりさま」という言葉が使われるようになったのは2004年頃とされる。この頃から特に女性を中心に、「一人で飲食する」ことが特別ではなくなり、さらに、集団行動のわずらわしさを避けたい層からはそれが強く支持されるようになった。


こうしてかつてのように、「同僚で連れ立って飲みに行く」ことが大きく減った代わりに、仕事帰りにふらりと店に立ち寄って「一人飲み」や「一人メシ」を楽しむ人が増えていった。一人きりではガッツリ飲むということはそう滅多にないだろうから、必然的に食事が主体となる。こうして生まれたスタイルが「ちょい飲み」である。


「ちょい飲み」が外食の重要なシーンに
皆さんも一度は耳にしたことがあるだろう「ちょい飲み」という言葉が世間の注目を集めるようになったのは、今から4~5年前のことである。014年の日経MJヒット商品番付では「前頭」に、そして日経トレンディの2015年ヒット商品ベスト30では7位に、それぞれランクインしている。


契機は牛丼チェーンの「吉野家」が2014年に開始した、「吉呑み」と呼ばれるサービスだろう。吉野家では、夜の時間帯の集客がどうしても見劣りしていたために、それを解決する売上強化策として、この吉呑みが企画・実施されたのだ。


当初は「牛丼屋で本当に酒を飲むのか?」という疑問もあったが、これが思わぬ人気となり、外食各社が追随していった。グループでの宴会に頼ってきた大手居酒屋チェーンの売上不振が叫ばれる中、まるでコインの裏表のように、食事系業態の「ちょい飲み」は人気を集めていった。


ちなみに、中華料理チェーンの「幸楽苑」と「日高屋」は類似業態として比較されることが多いが、最近ではその業績に優劣が見られる。


要因は様々だろうが、その理由の1つとしては、「郊外立地、かつ、食事中心の幸楽苑」と「駅前繁華街立地、かつ、つまみが豊富な日高屋」とでは、「ちょい飲みニーズ」を取り込めたかどうかで日高屋に軍配が上がっているという説明がされることがある。それくらい、外食シーンにおいて「ちょい飲み」は重要度を増していると言えるだろう。


なお、個人的にはちょい飲みブームの遠因には、2011年の東日本大震災の影響もあるのではないかと感じている。大震災直後の関東圏では「帰宅難民」とか「帰宅困難者」という言葉が生まれ、多くの人は「できるだけ早く、自宅の近くに帰る」という行動を取った。


それでも外で食事をしたり飲んだりしたい場合には、会社近くのいつもの繁華街ではなく、自宅最寄り駅周辺の飲食店でちょっと一杯引っかけるという、これまでとは異なる動きをするようになったのだ。


外食をもっと気軽に楽しもう
外食における「ふらり」を考えていくうえで、ここで少し「ちょい飲み」ではないところに目を転じてみる。「食べログ」などグルメクチコミサイトの普及、そしてレストランを格付けする「ミシュランガイド」日本版の登場などによって、「良い店」に関する情報は巷に溢れかえることとなった。


それに伴い、人気店には予約が殺到し、中には数年先まで予約で一杯などというケースもある。それらの店では、客の期待値を超えるべく創意工夫を凝らしたコース料理が提供され、客はそれを吟味しながら堪能する。


言うまでもなくそれ自体は素晴らしいことなのだが、こうしたスタイルに違和感を持つ飲食店経営者も現れていることが興味深い。例えば、私の知人が東京・渋谷で経営しているある居酒屋は、食べログで極めて高いスコアを獲得している。


当然、店には2週間、あるいは1ヶ月先の予約をしたいという旨の電話が鳴り止まない。決して大きな店ではないので、それらを全て受け付けていたら、あっという間に毎日予約だけで満席になってしまう。


しかし、彼は以前こう言っていた。「自分が一番大事にしたいのは常連さんだ。一度しか来ないかもしれない人のために席を押さえて、肝心の常連さんが思うように来店できなくなったらそれは本末転倒。


そもそも、うちみたいな居酒屋というのは、本来はずっと前から予約するものじゃなくて、当日ふらっと『今から行きたいんだけど、席空いてる?』っていうのが自然なんだよね」。こうした考えゆえに、同店では電話予約を受け付ける席は一部に留めておいて、常連客が当日思い立ったときに来店できるように席を空けているのだ。


また別の飲食店経営者は、今秋に開業する新しいイタリアンレストランについて、次のように語っていた。「イタリアンの店に行ったときに、『前菜はこれで、パスタはこれ、それからメインはこれ』みたいな型にはまったスタイルがつまんないと、最近思ってきちゃったんですよね。


だから、新店舗では酒のつまみになりそうな料理をたくさん用意して、あえてカテゴリーわけもせずにずらっと並べて、『食べたいものを頼んでね』という感じにすることにしたんです」。


2人の経営者の発言は奇しくも、多くの人が薄々感じている不満や違和感を切り取っているような気がする。それは「食事や飲みに行くという行動を、もっとその時のフィーリングで楽しもうよ」というものだ。


ネットで調べれば、あの店の名物料理はこれで、それはこんな風につくられているなどという情報がいくらでも出てくる。そうした情報を詰め込めば詰め込むほど、実際に来店したとしても、それは「情報の追体験」をしていることでしかないだろう。


あるいは、何でもスケジュール化しておくことが善とされがちだが、それでは楽しいはずの飲食も、ともすれば仕事と横並びの「予定」の一つであり、下手をすればトレンドをキャッチアップするための「to do」にすらなりかねない。


せめて飲食するシーンにおいては、あまり余計なことを考えず、目の前の食べ物や店に、もっと気楽に向きあってもよいのではないだろうか。ちょい飲みが普及するのを見るに、そして知人の経営者の考えを聞くにつけ、そんな風に思えてくる。皆さんも今宵、何となく気になる店の扉を、ふらりと開けてみてはどうだろう。




子安  大輔  (こやす  だいすけ)
株式会社カゲン  取締役
東京大学経済学部卒業後、㈱博報堂入社、マーケティングセクションにて食品、飲料、金融などの戦略立案に従事。 2003 年博報堂を退社し、飲食業界に転身。
著作に「『お通し』はなぜ必ず出るのか」(新潮社)など。

築55年、元は手袋を梱包する工場だった空きビルの1階で、何らかの事業を入れたい、との相談を受けた。

本稿は、米国サンフランシスコ在住の三浦茜さんへの電話インタビューから構成したものです。

はじめまして、イケダハヤトと申します。ぼくは昨年の6月に、28年生活した関東圏を離れ、縁もゆかりもない高知県に家族3人で移住をしました。

ここ何年かの間に定着した感のある「女子」という表現、用途例としては「働く(き)女子」、「肉食女子」、「婚活女子」など、何かを行なっている女性や何か特徴的な女性全般をまとめて表現する際に使われていることが多い。

女子という言葉の拡大
女子力の高い男性が増えているという。女子的な要素は男性にも波及し、市民権を得た。

ポートランド的なライフスタイルに憧れて
理想のライフスタイルを送るために毎週400人の移住希望者がやって来るというオレゴン州ポートランド。シアトルとサンフランシスコという大都市に上下を挟まれたこの街はメディアの住みたい都市ランキングで上位に位置し続けています。

僕らは「東京R不動産(www.realtokyoestate.co.jp)」というウェブメディアを運営しています。これは、魅力的な特徴や味わいがある不動産物件をセレクトして紹介(仲介)するサイトです。2003年にスタートし、12年の間で賃貸・売買合わせて5000件近くの仲介をしてきました。

トップに戻る