【京都から世界へ】世界中に日本の弁当箱を発信

クールジャパンと言えば、マンガ、アニメやビデオゲームというアキバ系の趣味を連想する人が少なくはないが、京都在住のフランス人起業家トマ・ベルトランさんにとっては「弁当箱」が一番クールだ。

資本金5万円で弁当箱専門ネット・ショップを2008年に開いたベルトランさんだが、まさに弁当箱の様、7年後、ふたを開けてみたら、サイトを通じての年間弁当箱販売個数は3万個以上、年商は1億6000万円を超えている。

そして今、彼が創業したBento&Co社はフランスを始め、世界90カ国の弁当箱ブームを支えている。元々、欧米ではピックニックのように外で食べたいときには、タッパーなどの簡易プラスティックボックスで食べ物を持ち歩く方法以外あまりない。

学校では生徒達がみんな給食か自宅で昼食を食べるので、弁当箱のニーズもなかった。でもマンガやブログを通じて、日本の弁当箱の存在が益々欧米人女性の好奇心と関心を呼んだ。

外見がかわいくて、且つ合理的で便利な弁当箱は、少しずつフランスの女性誌でネタになった。フランス語の辞書に「bento」の言葉が最近登場したほどの人気だ。

留学生として2003年に初めて京都に来たトマ・ベルトランさん。当初一年ぐらいしか日本に滞在するつもりがなかったが、この街に魅せられてしまい、結局今でも京都に住んでいる。

2005年からフリーランスとしてフランス人読者に人気があったブログを書いていたベルトランさんは、日本の「できの良い物」をフランス人にもっと知ってもらうために弁当箱を思いついた。

ネット・ショップを立ち上げた2008年に、ブログを通じて知り合ったフランス人の日本の数多くのファン達が最初の客になった。リーマン・ショックにより、フランスでも各家庭の昼食予算が絞られ、本来外食の習慣があった人々ですら節約のために自炊昼食に益々切り替える動きが見えた。

「そこで、日本のファンという比較的に狭いターゲットだけではなく、料理一般に興味を持っている人々にも急激に弁当箱が注目されるようになった」と説明する若手社長のベルトランさん。

自宅のリビングの一角に二人で始めたBento&Co社は今や10人の正規社員を雇い、2012年には京都の中京区に実店舗を開くほどの成功を収めている。

Bento&Co社が京都を基盤にした動機は極めて簡単なことだったとベルトランさんは語る:
「京都が好きで、何とかこの街に暮らし続けるためにとこのビジネスを思いついた。

この街は静かで、近隣の山や鴨川のおかげで豊かな自然を満喫出来る環境がとても気に入っている。歴史もあり、料理も美味しい。やはり仕事の面にも、家庭の面にも僕は京都以外は暮らしたくない。

会社にとって、東京にいるよりおそらく京都にいる方が目立つと思う。無数の企業があふれている東京では、自分の存在をアピールするのが大変だと思う。ブランドとして、京都は東京より、特に日本人の客にとって、高級感があるみたい。

会社の運営に関して言えば、仕事に集中するのに、京都にいた方が有利だ。東京にいれば、通勤や無駄な夜の人付き合いにかなり時間を費やしてしまう。しかしネットワークを作ったり、融資の相談やコラボ企画を実施するのには、東京がベストだ。

そのために僕自身は月二回のペースで上京する。それだけで十分なのだ。京都にいるおかげで、数百年の伝統のある工場の職人と仲良くなった。京都の匠達は海外でも高く評価されているので、弊社にとってかなりのプラスになっているのだ。

立地の良い店舗を開けたのも京都ならではの成果だ。東京ではもっとハードルが高かっただろう」。

マーケティングの面では、もう一つユニークな工夫があった。日本で売られている弁当箱には、ほとんど透明なビニール包装以外のパッケージングがされていない。これでは便利な日常品としてしか見なされない。

これを改善するのに、Bento&Co社が実店舗で販売する商品に、わざわざ 分厚い紙の帯を作り箱を巻いている。その帯のデザインに特にこだわった。

芸子や東寺など、京都のイメージを思わせるイラストに「京都」の文字を社名のロゴの下に入れた。店を訪れる観光客にはこのイラストがかなり受けて、実用的なお土産としてさらに需要を膨らませた。



エチエンヌ・バラール (Etienne Barral)
ジャーナリスト。1964年フランス・パリ生まれ。1986年に雑誌の特派員として来日。以来東京に在住、日仏の雑誌で日本文化についての多くの連載などを手がける。
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