クリエイティビティを 発揮できる街、ポートランド ~多種多様な価値観が共存できる取り組み~

ポートランド的なライフスタイルに憧れて
理想のライフスタイルを送るために毎週400人の移住希望者がやって来るというオレゴン州ポートランド。シアトルとサンフランシスコという大都市に上下を挟まれたこの街はメディアの住みたい都市ランキングで上位に位置し続けています。



その主な要因を挙げると、以下に集約されます。

・大都市に比べて地価が安い
・消費税がない(しかし固定資産税率は全米で トップクラス)
・ファーマーズマーケットから近郊農家のオー ガニック食材を買う事ができる
・恵まれた自然環境
・そして簡単には言葉にできない精神性
 
昨年頃から日本でも雑誌の特集やテレビで紹介されるようになり、お茶の間にポートランドのライフスタイルが紹介されるようになりました。しかし、いま巻き起こっているポートランドの現象を追いかけてポートランド産の商品を日本で陳列するだけでは街をつくっている人々の精神性を深くは理解できないでしょう。


大自然から、生物多様性を学ぶ
ダウンタウンから車を20分も走らせれば原生林が残る自然公園に到着します。ある移住者は「都会で培った感覚を諦めることなく、田舎暮らしが出来るのが魅力だ」と語ってくれました。「夏はキャンプをするのに忙しい」という声が多く聞かれるほど大自然との関係を生活の中に取り入れている人が多くいます。

実際このことに目を付けたアウトドアブランドが多数進出しており、日本からもsnow peakやmont-bellが出店しています。ポートランド発のPolerは、キャンプの楽しいノリ(Camp Vibes)を体現した本格的なアウトドアブランドにはないユーモア溢れる商品が揃います。

日本でもセレクトショップに置かれ、たちまち人気となりました。都市に拠点を置きつつも事あるごとにキャンプに出かけ、自然の中でしか養えない感覚を楽しむスタイルも独特の価値観を育む理由の一つだと思えます。

誰もがうらやむ自然環境は市民の努力によるものです。60年代後半は公害が社会問題となり、環境運動の高まりと「自然との調和」を目指すヒッピー思想が地元の政治家と繫がりました。ウィラメット川沿いを走っていた高速道路を撤去し街に市民が集える公園をつくったり、都市開発の境界線を設ける法案を施行し近郊に小規模農家が残る機会をつくりました。 

また近年にはカミングアウトしたゲイの市長が誕生し、更にリベラルで様々な表現に寛容な雰囲気は強まりました。ポートランドは森の生態系のように多種多様な価値観や文化が共存しています。実際パール地区の開発はミクストユースという開発手法を取っており様々な機能を配置して相乗効果を生み出す事に成功しています。


誰もがクリエイティビティを発揮して生きる
「21世紀は、個人のクリエイティビティが社会を動かす時代」―こう言い切るのは元連邦政府局ビルを改装して新校舎に仕立てたPacific Northwest College of Artのトム・マンレイ学長です。ここでいうクリエイティビティとは人間が本質的に身につけている資産の事。

私たちの先祖は何万年もの間、人間の基本的欲求を満たすために、試行錯誤を繰り返してきました。快適な生活を手に入れた今こそ、社会的な進歩のためにクリエイティビティを発揮しようというのです。

『TRUE PORTLAND the unofficial guide for creative people 創造都市ポートランドガイド(以下、TRUE PORTLAND/出版:メディアサーフコミュニケーションズ株式会社』が2014年の1月に発売されると、時代に合ったライフスタイルを探していた20ー30代の若者を中心に注目を浴びる事となりました。

安定した就職先だと思っていた大企業による不祥事やリストラ、そして2011年の東日本大震災。生活基盤を揺るがすような事がいつ起こるか分からないのなら、自分のクリエイティビティを発揮できる環境に身を置く事の方がよほど健康的で未来への可能性が開けるのではないのか、その事に気づいた人たちが新たな旅先としてポートランドを選択するようになったと思います。

アメリカの若者がポートランドに注目したのも2008年のリーマン・ショック後でした。大きなシステムに巻き込まれて人生が振り回されるくらいなら自分の手の届く範囲で人間らしい信頼関係を築きながら質の高い生活を目指す。だから彼らがお金を使う際は、思想や態度に共感できるコミュニティが存続できるように吟味して使う。それは自分が取り巻く環境に主体的に関わり、未来を創造していこうという意志の現れなのです。

『TRUE PORTLAND』は、地元に暮らすヒップなカルチャーの中心人物におすすめの場所を取材しています。それらの場所は、EAT、GET INSPIRED、SLEEPなどの10の動詞によってカテゴライズされていますが、一貫してクリエイティブに人生を送っている人たちと出会える場所を掲載しています。


ライフスタイルから発想する、これからの働き方
ポートランドのアイコンとしてよく登場するのがACE HOTELのロビーです。いつも宿泊客か地元民か分からない人たちが、Mac Bookを広げてコーヒーを片手にひとつのテーブルを囲んでいます。廃材を再利用して作られたテーブルの周りをミリタリー調ソファで囲んだ空間は新しいクールなイメージとして消費されつつありますが、よく観察すると、これからの働き方を予見している場所のように思えます。

ネットに繫がりさえすれば会社のデスクに行かなくても仕事が出来る時代。場所から解放されるメリットに反し、誰しも同じ情報を共有して均一化してしまう事のデメリットを、移動し続け先々でコミュニケーションをとることで調和をとっているのかもしれません。

2008年にサンフランシスコで誕生したAir BnBは、個人の経験から生まれたアイデアでした。昨年オープンしたポートランドオフィスも環境から得られるインスピレーションの恩恵を業務にフィードバックできるようなつくりになっています。滞在者から人気のある部屋のデザインの許可を得てそっくりそのままオフィスに再現する、といったような具合です。

ポートランドのフードカルチャーにはクラフトマンシップと水が関係しています。コーヒーショップやブルワリー、アーバン・ワイナリーや蒸留所、最近人気のソーダ屋さんまで、こだわりの味を表現する基礎となっているのはコロンビア川周辺を流れる地下水です。

様々な文化的な背景を持つ移住者がこの水を通して様々な解釈をしたり、異なる文化同士の化学反応が新しい価値観を生み出したりしているのです。


クリエイティブな人を惹きつける環境に未来がある
ポートランドのダウンタウンは開発によって家賃が高騰し、スモールビジネスをしている若者は次から次へと橋向こうへ脱出をはかっています。普通の街だったら10年先はナショナルチェーンばかりのどこにでもあるエリアに変わってしまっている可能性が強いでしょう。

ただ、森から学んだ生物多様性と持続可能性を街にどうやって還元するのかを市民レベルで常に考えるポートランドの気質は、本質的に幸福な社会を生み出す努力にこそクリエイティビティは発揮されるべきだと考えている筈です。

経済合理性を追求した世界から一番最初に帰ってきた街です。学ぶべきことはまだまだたくさんあります。


岡島  悦代  (おかじま  えつよ)
自由大学  学長
書籍『TRUE PORTLAND』にて主に食関連の現地取材、編集・執筆を担当。ポートランドにあるPacific North West Collage of Artと提携したプログラム「CREATIVE CAMP IN PORTLAND」を担当。3年間で100人近くが参加。普段は、表参道COMMUNE 246の敷地内にある自由大学キャンパスにて、様々な講義を企画・運営している。10月23日から3日間、ポートランドから数名のゲストを招く、クリエイティブ・シティに関する講義を企画中。

このアイテムを評価
(0 件の投票)
コメントするにはログインしてください。
トップに戻る