私自身、不動産事業や建築計画を通して、まちづくりの一端に関わっている身として、どのような場所が人を集めているかが気になる。立地の良い新しい大型商業開発や交通の結節点なら「なるほど」と思うが、意外な場所もある。
例えば、新宿思い出横丁とゴールデン街。この二つのエリアへは若い頃から長く通ったが、最近は夜になるとインバウンドの外国人観光客の比率が高く、驚くほどの盛況ぶりだ。ほとんどの店は満席だ。
狭くて汚い、そして特別に安いという訳でもないが、多くの人を集めている。狭い通路、急な階段、もうもうと立ち込める焼き物の煙、仮設的な店と通路との仕切り、猥雑さ、密度感・・・、そうしたワクワクするような空間が人を惹きつける。
地方を旅する時も、こうした場所に遭遇することがある。例えば、帯広の「北の屋台」。ビルの合間の空き地に小さな屋台のような小店舗をたくさん並べたものだが、夜ともなれば閑散としている帯広の街で、ここだけが人が一杯だ。
店に入ると狭いところでは2坪程度、5〜6人しか入れない店もあるが、かえって狭い店の方が賑わっているように見えた。人は人の集まる場所に行く。そして狭く小さな場所ほど、密度の魅力を感じる。
また、最近は新築の建物よりも古い建物のリノベーションが人を集めている。先日、広島県の尾道を訪れた。その時は、駅前広場に面して開発・新築された交通至便な立派な公共施設・商業施設にあまり人の姿が見えなかったのに対して、駅前の昭和の香りを残す商店街が、地元の人や観光客に人気で賑わっていた。
そして驚いたのは、尾道駅から繁華街と逆方向に数百メートル離れた場所に立つ倉庫を、商業施設や宿泊施設へリノベーションした「ONOMICHI U2」が、ものすごく人を集めていたことだ。U2は海運倉庫として使われていた当時の名称「県営上屋2号」を略したものという。
確かにオシャレなレストランやベーカリー、サイクルショップなど個性的なMDが揃っているが、駅前の再開発との対照的な状況に驚いた。再開発より遥かに小さい投資額だろうが、広島出身の若手建築家谷尻誠の起用、斬新なプランニングと先を読んだMDなど、知恵の使いようひとつで人を集める空間は可能という事例だ。
広島駅周辺は大規模な再開発が進行中であり、旧市街地に加えて、新しい広島の交通の拠点、新しい街の中心となることが期待されているが、これとは対照的に時代に取り残されたような隣接する大須賀町が、最近、若者や外国人観光客の間で人気だ。元々三階建ての木造長屋街が密集するこのエリアはバーやスナックが並び、寂れた昭和の香りを残す木造密集エリアだった。
ここに若手の飲食店経営者が古い長屋をリノベーションしワインショップなどを開いたことを契機に、またたく間にエリア全体に魅力的なリノベーションによるお洒落なレストランやバルなどが広がった。私も広島に行くたび、このエリアの「進化」を楽しみにしている。
こうした流れは、都内各所の例を見るまでもなく、単なる懐古趣味ではない、人々の嗜好と行動様式の変化の表れであることは明らかだ。いまや地方の商店街の活性化や公共施設の活性化は、ボトムアップ的なリノベーションによる建物の再生が大きな役割を担ってきている。
それは単に余っている施設を新しい用途に変更するというだけでない。リノベーションなどの再生に、建築のノンプロの運営をしようとする人、地元の有志やボランティアなどが関わることで、血の通ったハードとなるのである。こうした流れに行政も関心を寄せはじめている。
これから時代は大きく変わっていく。というより、既に変わりはじめている。真新しい新築よりもリノベーションが好まれ、完璧に計画されたものよりも未完の計画に使い手が参加することが好まれ、均質さよりも多様でバラツキのある空間が好まれ、大きなスケールよりもヒューマンスケールが好まれ、固定的なものよりも仮設的なものが好まれ、外部と内部がはっきり区切られたものよりも半外部的な空間の曖昧さが好まれる。
こうした変化は、ル・コルビュジェの唱えた近代都市・近代建築の均質・明快な美しさよりも、ジェイン・ジェイコブズの唱えた多様で新旧建物の混在したヒューマンスケールの都市への志向と、方向性を同じくするものだ。
賑わいのある都市開発やまちづくりを考えるにあたり、前述の「思いがけないほど人を集める場所」の事例は貴重だ。そこには、人の本音と時代の行く先が隠れている。場所の記憶を消してしまうスクラップ&ビルドによる「計画された」真新しい都市空間に、人はどこかで飽き足らなさを感じている。それが「思いがけない場所」の賑わいにつながっている。
東京ディズニーランド・ディズニーシーは計算しつくされた計画(デザイン)と運営(オペレーション)があり、その外界から切り離されたフィクショナルな世界観の魅力に人が集まる。
しかし、都市やまちはリアルそのものであり、互いに切り離すことはできない。開発者や設計者にとっての計画が完全であっても、都市と建築の間を行き来する使い手にとって完全なものはあり得ない。
リノベーションが好まれるのも、新築にありがちな狭い意味での完全さがなく、元の建物の用途と新しくリノベーションした用途の間に、思いもかけないギャップができるのも理由のひとつだろう。それは計画しようにも計画できない偶発的なものだ。
その偶然性、意外性に人は魅力を感じる。またその空間が使われてきた時間の堆積が、新しい機能に深みを与える。こうした緩さと深さが好まれる時代になってきていることに、社会の成熟を感じる。一方、これからは開発者・設計者にとって難しい時代だ。
「計画するもの」に「計画されないもの」を忍び込ませる、そこに広がりを持たせる、あるいは新規開発エリアとリノベーションエリアを一体に考え時間の堆積を引継ぐ、そうしたことが求められる。大事なのは「人(使い手)の思い」を見極め、そこを起点に考えること。恐らくマーケティングも同じだ。
似内 志朗 (にたない しろう)
日本郵政不動産株式会社
1984年より郵政省建築部で、郵便局舎・郵便貯金会館・庁舎ビルなどの建築設計に携わる。1999年から省エネルギ-型郵便局舎の企画・設計、郵便局ユニバ-サルデザインの理念・企画・実施、戦略的ファシリティマネジメント導入を担当。 2004-2009年、日本郵政公社・民営化後の日本郵政経営企画部門事業開発部で、新規事業開発・企業提携等を担当。 2009.10より日本郵政不動産部門、日本郵政不動産で、JPタワー等の不動産開発企画を多数担当。一級建築士・JIA登録建築家・認定ファシリティマネジャー。