連日、観光名所たる有名処の神社仏閣には、季節を問わず大型バスが到着する。あるバスからはアジア近隣諸国の人々が、あるバスからはリタイア世代の元気な夫婦・グループ連れがそれぞれ大挙して降りてくる。自撮り棒があちこちからニョキニョキと伸び、ややハラハラしながら、まるで傘をよけるように歩かなければならないこともしばしばだ。
そうした有名処でよく見られる光景のひとつが、スタンプ帳ならぬ御朱印帳を手にした女性たちの行列である(むろん、わずかに男性もいるのだが)。京都あたりの有名処は慣れたもので、参拝・拝観入口手前で御朱印帳を預かり、番号札を渡し、出口付近で返却するという、非常にシステマチックな動線を用意して捌いている。
御朱印ガールというやや無理のある呼称が生まれるのもやむなし、と思えるほど、御朱印を求める行列はやや殺気立つほどの熱気に満ちている。傍らに「御朱印はスタンプラリーとは違います。たくさん集めればいいというものではありません」と諭すような貼り紙を用意している神社仏閣も今や珍しくない。そんな文言を掲示せざるを得ないほど、いろとりどりの御朱印帳を手に列を成す姿は、夏休みの風物詩・ポケモンスタンプラリーに参加している親子連れの姿に重なるものがある。
「縁結び」一点集中が生む光景
人気の高い神社仏閣の中には女性参拝客を狙ったバラエティショップさながらのMDを誇るところも多く、それゆえ賑わっているのが一般的なのだが、人出も多く、また若い女性比率が圧倒的に高いにも関わらず静謐な空気に包まれている神社がある。
東京大神宮。縁結びの神さまとして絶大な支持を得ている、都心の非常に小さな神社である。大型バスはもちろん来ない。いわゆる観光客もほとんど足を運ばない。年始を除くと、平日の午前中からここを訪れているのは20代30代の未婚女性が中心。しかし、彼女たちは群れていない。目視レベルでは、ひとり参拝率も高い。グループで来ていても、はしゃいだりしない。当然、自撮り棒の姿もない。
良縁には不自由しなさそうなお嬢さんたちが、手水舎で作法通りに身を清め、深い一礼の後、鳥居の端を通って境内に入っていく様子には迷いも戸惑いもない。流れるような身のこなしが、参拝慣れしていることをうかがわせる。
本殿前で順番が来るのを待つ姿も礼儀正しい。何しろどの人も祈りの時間が長い。二礼二拍手後の祈りの時間が、長い。が、その後ろで順番を待つ人々には、御朱印帳を手に殺気立つような喧噪もレジャー感もない。そこにあるのは、本気の祈りと同志への理解。自分の番が来たときには心ゆくまで祈りたいがゆえに、静かにじっと待つことができる。
参拝の後は「恋みくじ(100円)」や「縁結びみくじ(200円)」を引き、願い文(500円)をしたためたり、6月7月なら七夕の短冊(その名も織姫短冊300円)をしたためたり。用意されている例文はすべて「幸せな結婚ができますように」の一点のみ。見事である。
不安や怯えに折り合いをつける時間
境内で行うことは参拝だけではない。作法をきっちりと守り、頭を垂れながら真剣に願意を唱え、文字にしたため、お守りを得、そして境内のベンチでおみくじを読みながらひとときを過ごす(夏は頭上からミストが吹き出し涼を提供している)。用が済んだからといってさっさと帰ったりはしない。境内の空気を味わうかのように、ゆっくりと樹木を見渡している。パワーチャージであろうか。手水舎から始まる一連の行動は、この時間を迎えるための前奏であったかのような落ち着きがある。
参拝作法や場の空気感を遵守する一途な真面目さ。それを引き出しているのが和なるもの、ではないか。無駄を嫌い、効率を追究し、ゴールまでの近道をこよなく愛する世代であるにも関わらず、非効率で無駄にすら見える短冊や願い文に彼女たちは願いを込める。レジャーではなく本気であればこそ、実利を求める道は他にあるのではないか、と思うほど真剣に。
だが、そこには「歴史の証明」という強い味方があるのだ。由緒正しく馴染み深い神社仏閣ゆえに場の心理的ハードルも低く、古くから連綿と続いている習わし(と思わせる近年の優れた演出)が何よりのエビデンスとして、心置きなくすがることができるのだろう。
カタをおさえておくことで一定の安心感を得るというより、カタからはみ出さないことで努力が水泡に帰すことを防ぎたい、という切実な不安や怯えに応える和のエビデンス。
参拝後のちょっとした緩みの時間は、誰の目も気にせずにそうした恐れや怯えを無意識のうちに認め、手放し、自分をこっそり鼓舞できる時間に違いない。そして、そうした自分なりの恐れや怯えの手放し方を持っている若者は、商才に長け時代を生き抜いてきた「聖地」が持つ強かさ同様、端で見るよりもしなやかな逞しさを秘めているのではないだろうか。
ツノダ フミコ
株式会社ウエーブプラネット 代表取締役
生活者インサイトを導き出す調査とワークショップからなるコンセプト・ナビゲーションを展開。暮らしに根差した商品・サービスのコンセプト立案を支援。著作:男性の家庭進出について著した『喜婚男と避婚男』(新潮新書)など