大人たちよ、若者にバトンを託してみよう!

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2019年6月号『バトンを託す』に記載された内容です。)


未来とは?
大学や企業研修で新事業やイノベーションの講義を行う際は、いつも導入でピーター・ティールの著書「ZERO to ONE」を引用しています。

「ZERO to ONE」は、シリコンバレーで最も影響力を持つといわれるアメリカの起業家、投資家で、Facebook初の外部投資家としても知られているピーター・ティールが、母校のスタンフォード大学で学生に向けて行った「起業についての講義」の議事録がもとになっています。この本で特に印象的なのは、「未来とは」という問いかけです。


《未来とは、まだ訪れていないすべての瞬間だ。未来が特別で大切なのは「まだ訪れていない」からではなく、その時「世界が今と違う姿になっている」からだ。》


ピーター・ティールは、誰もが思いつくような未来は「定説」で簡単で面白くなく、逆に「解けない謎」にどんなに挑んでも、所詮それは不可能なことだ、と断じています。そんな彼がビジネスチャンスを見出しているのが、主流が認めていない「隠れた真実」です。


「隠れた真実」の発見の為には、常識や一般論の壁を超える必要があり、成熟した社会や組織の中では、考える暇すら与えられないものかも知れません。こうした主流が認めない「隠れた真実」への探究心が、今、社会全体で失われていることに、彼は警鐘を鳴らしているのです。

 
未来に関する「隠れた真実」とは?
「隠れた真実」の中には、常識的な話であっても、普段なかなか気づけないものもあります。ピーター・ティールになぞり、「未来」というキーワードでその一例をあげると、大人たちは、若者の未来をとかく心配しがちです。


しかし、その多くは自らの過去の反省に起因するもので、そこで語られる未来は、自らの学生時代から今に至るまでの、「過去の時点での未来の話」に過ぎません。しかし、今の時代は、定年後の親の未来を心配する若者も少なくありません。学生の10年後も、大人たちの10年後も、単純な時間軸で考えれば、同じ10年後なのです。


当たり前すぎますが、これも「隠れた真実」なのかも知れません。革新的技術が、次々と社会に実装される令和の10年は、平成時代の10年を大きく超える速度で社会が変わり、確実に、今とは違う姿になっているはずです。


そんな時代だからこそ、大人たちは、上から目線ではなく、ともに同じ未来を想像し、創造する同志として、若者と接する必要があると思います。そこで求められる姿勢は、若者の価値観や考えを、積極的的且つ肯定的に受け止めてみる、ということです。
大人の経験や成功体験が、若者の挑戦を阻害する?


教えたがりや、経験の語りたがりは、いつの時代も変わらない、大人の特徴と言えるでしょう。そのことが行き過ぎると、価値観の押し付けや、聞きたくもない武勇伝へと繋がります。


一方、若者の無邪気な意見や、粗削りなアイデアなどに耳を傾け、そこから同じ目線に立って話を広げられる大人は、どれくらいいるでしょうか。若者と一緒になって、未来を想像出来る大人は、どれくらいいるでしょうか。これからの時代、過去の延長線上に、単純に未来が存在する訳ではありません。


冒頭で紹介したピーター・ティールは、1998年に「US$を電子通貨に取り替える」という想像を起点に、電子メールアカウントとインターネットを利用した決済サービスを提供するPayPalを設立しました。


PayPalは今日、世界で2億5,000万人以上、1,800万以上の店舗で利用できるグローバル決済のプラットフォーム企業にまで成長しています。PayPalの創業当時、23歳以上だったのは、ピーター・ティール1人で、銀行での経験が多い人ほど、このアイデアには否定的だったと言います。


また、「何百万ものタイトルを揃えたオンライン書店をつくる」という想像からAmazonを創業したジェフ・ベゾスは、当時勤務していたニューヨークの金融機関の上司にこのアイデアを説明したところ、「良いアイデアだけど、良い職についてない人にとって良いアイデアだ(つまり、いい職に就いている、君がやるべき仕事ではない)」と一蹴されたそうです。


これらのケースに見られるように、「大人の経験や成功体験は、若者の未来に向けた挑戦の妨げになる可能性がある」ということを、我々大人たちはしっかりと認識する必要があるのです。


若者にバトンを託してみよう!
先程、「学生の10年後も、大人たちの10年後も、単純な時間軸で考えれば、同じ10年後だ」と書きましたが、更に時間軸を伸ばしていくと、違いが出てくるのは必然です。


陸上競技に例えるなら、全力疾走できる距離と、ここから先、到達できる距離は、大人と若者では違います。これも、あまりにも当たり前の話ですが、全力疾走している間は、あらためて考える必要もないことなので、普段は頭から抜けていると思います。


確かに、大人たちは、自分自身が全力疾走できる間は、そのまま突っ走れば良いと思います。しかし、若者は、大人と同じ道を、後ろから走ってくる訳ではありません。若者たちは、大人たちとは別の道を走っているのです。


せっかく、産学連携や産官学連携で、企業や行政機関が学生に自らのフィールドを解放し、同じ道を一定期間、ともに走ることになったのであれば、相互に学び合う姿勢が重要です。学びには双方向性が必須です。それ故、学びは否定から生まれることはなく、他者を肯定し、受け入れることから生まれます。


産学連携の取り組みの中で、いつも見ていて勿体ないと思うことは、企業側が実現可能か否かで、瞬時に学生のアイデアを判断してしまうことです。そこでの判断軸の多くは、過去の成功経験や経験知です。


学生もそのことが分かってくると、現実的なアイデアを考えようとしますが、社会経験の少ない学生から出てくる現実的なアイデアは、敢えて学生に考えさせなくてもいい、予定調和の範囲内のアイデアにとどまってしまいます。


企業人では考えられない、学生の突拍子もないアイデアを一旦、肯定的に受け止め、どうしたら実現出来るのかを一緒に考えていくことが、ピーター・ティールの言う「隠れた真実」の発見に繋がるかも知れません。


ここまで読んでも、まだまだ若い者には負けず、全力疾走できると思う大人は、そう簡単に若者に“バトンを渡す”ことはないでしょう。それはそれで、いいと思います。これまで社会を担ってきた大人のプライドとして、このことは大いに歓迎すべきことです。


逆に、そう簡単にバトンを渡されても、若者は戸惑うはずです。しかし、ここから先、走れる距離が違っている以上、いずれバトンを渡す日はやってきます。だからこそ、ともに走れる間は、若者に“バトンを託し”、若者の意見や挑戦を肯定的に受け止め、ともに学び合いながら、忍耐をもって見守ってみてはどうでしょうか?


そんな大人の姿勢が、お互いの未来へと繋がっていくのだと思います。



見山  謙一郎  (みやま  けんいちろう)
株式会社フィールド・デザイン・ネットワークス代表取締役。
専修大学経営学部特任教授(専任)、事業構想大学院大学特任教授(兼任)。
アントレプレナー教育と、SDGs 等社会課題ドリブンのイノベーション創出・実装支援に従事。
環境省・中央環境審議会(循環型社会部会)、総務省(地域活性化)、川崎市上下水道経営事業審議委員会等の行政委員のほか、「さが藻類バイオマス協議会」プランニングアドバイザーや、「めぶく。プラットフォーム前橋」アドバイザー等、産学官連携プロジェクトを支援。

このアイテムを評価
(0 件の投票)
コメントするにはログインしてください。
トップに戻る