逆参勤交代が変える学びの未来

岩手県八幡平市で参加者と地元キーパーソンとの意見交換会(写真:丸の内プラチナ大学)https://www.ecozzeria.jp/events/platinum/platinum-0919.html 岩手県八幡平市で参加者と地元キーパーソンとの意見交換会(写真:丸の内プラチナ大学)https://www.ecozzeria.jp/events/platinum/platinum-0919.html

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2022年7月号『時間と距離を越える学びの未来』に記載された内容です。)


逆参勤交代とは


 

越境学習が注目されるなかで、効果的な地方の学びとして何が有効だろうか?その切り札として、2017年から推進している「逆参勤交代構想」とその具体的事例を本稿では紹介したい。逆参勤交代とは、首都圏から地方への期間限定型ワーケーションである。

参勤交代は制度で江戸に関係人口を循環・集積させたように、令和の逆参勤交代は制度で地方に人を循環させる。江戸に藩邸が整備されたように地方にオフィスや住宅の需要が生まれ、交通機関や宿泊施設の稼働率が高まる。つまり、働き方改革と地方創生を同時実現させる狙いである。

コロナ禍を経てリモートワークやオンライン会議が進展したので、地方での数日から数週間の滞在は可能になってきた。満員電車に乗ることもなく、ゆとりある環境のなかで本業をしつつ、地域の魅力や課題を学ぶ。江戸で各藩の有望な人材が集い切磋琢磨したように、これからは各社の有望な人材が地方で交流し学ぶのである。

構想から実装へ。丸の内プラチナ大学という三菱総合研究所と大丸有地区(大手町・丸の内・有楽町地区)のエコッツェリア協会が共催する市民大学で、私は2017年から逆参勤交代コースの講師を担当している。毎年20代から60代の受講生約50人が学び、東京会場での事前予習を経て、トライアル逆参勤交代と呼ばれる二泊三日の実証実験を、北海道から九州まで全国約10市町村で実施してきた。

 

図1 丸の内プラチナ大学で展開する全国の逆参勤交代

 


逆参勤交代が生み出す化学反応


 

トライアル逆参勤交代では、地域の魅力や課題を発見するフィールドワーク、地域のキーパーソンとの意見交換を行い、最終日には市長や町長に対して、地域活性化のために自ら何が貢献できるかをプレゼンする。この行程のなかで、新たな化学反応が生まれる。

例えば、地元の中小企業から社運を賭けた新規事業の苦労を聞くと、参加者は「大企業で語られている新規事業がいかに甘いか分かった」と語る。また、地元のNPOの取組みを聞いた投資銀行の方は、「いつも重視している収益性だけでなく社会性も大切だ」と気づく。

一方で地元のNPOは、投資銀行の方との対話のなかで、「社会性だけでなく自走する収益性も大事だ」と気づく。そして参加者同士では、デザイナーがさっとデッサンを描くと驚嘆の声が上がる。このように、普段行かない場所で普段出会わない人々との交流と学びから生まれる化学反応は、会社の会議室で決まった序列で同じ社内用語で話していて生まれるものではない。

さらに逆参勤交代をきっかけに、自治体のSDGsアドバイザーや地元企業の現場改善の副業を開始したという効果も出ている。地方での学びがより具体的な行動へ進化しつつある。

なお、参加者アンケートでは、「次回は子供を連れていきたい」という回答が多かった。首都圏で塾通いや習い事で多忙な子供に、地域でのリアルな学びを体験させたいという親のニーズである。徳島県の「デュアルスクール制度」は、都市部の子供が転校せずに、徳島県内の小中学校を自由に行き来できる制度であり、このような官民連携が一層求められる。

 


中高生との交流から見える未来



逆参勤交代では、地元の中高生との交流も行ってきた。例えば、奄美群島の徳之島では高校生とキャリア勉強会を行った。離島では大学がないので大学生を身近に感じることが少なく、また、スーツを着た職業は役場や金融機関などに限られる。

ここで建築家が「デザインとは何か」を語り、キャビンアテンダントが「ホスピタリティとは何か」を話すと高校生たちは目を輝かせる。そして「建築家になるには大学でどんなことを学べば良いのですか?」と活発な質疑応答が始まる。

 

図2 鹿児島県徳之島の高校生とのキャリア勉強会(写真:丸の内プラチナ大学)
https://www.ecozzeria.jp/events/platinum/plutinum1207.html


なお、こうした勉強会では失敗談も貴重である。高校生のアンケートで一番評価が高かったのは、「会社が破綻してリストラされたが、今農業に挑戦して頑張っている」という男性だった。武勇伝よりも「しくじり先生」の方が共感を得られることもあるのだ。

また、熊本県南阿蘇村は熊本大地震の被災地であるが、「復興支援型」をテーマに逆参勤交代を実施し、地元の中学生との交流会を行った。被災地や過疎地では「人も減って元気がない、早く出ていきたい」と自己否定感が強いことがある。

 

図3 熊本県南阿蘇村の中学生との交流会(写真:丸の内プラチナ大学)


しかし、村の魅力を首都圏からの参加者が語り、復興のためのアイディアを提案すると、中学生は嬉しそうに耳を傾ける。そして高校進学を前にした彼らに、参加者が高校時代に夢中になったことを語り、さらに村の復興のためにお互い何ができるかを話し合ううちに、自己否定感が自己肯定感に変わる瞬間が訪れる。街づくりは人づくりだ。こうした取組みが地域を支える未来人材育成に繋がるはずである。

 


半学半教が創る未来と新たなワーケーション



こうした交流で学ぶのは中高生より実は大人である。中高生に大切なことを分かりやすく伝えるというのは、実は難しい。大学生だと愛想笑い程度はしてくれるものだが、中高生は伝わらない時は、本当につまらなそうな表情をしている。

伝えることの難しさを実感し、中高生の鋭い質問に真摯に答えることで大人が学ぶのだ。福澤諭吉が残した「半学半教」という言葉は、「師弟の分を定めず、お互いに学び合い教え合う」という精神だが、これは逆参勤交代の本質と言えよう。

なお、近年ワーケーションが注目されているが、私はバケーション型には反対だ。豊かな自然でのリラックスやサウナだけでは、浅薄なリゾート体験に過ぎず、第2のプレミアムフライデーになりかねない。せっかく地方に足を運ぶのであれば、地域を学ぶエデュケーション、地域の人と交流するコミュニケーション、地域に貢献するコントリビューションという新たな価値を目指すべきであり、逆参勤交代は新たな価値のワーケーションと言えよう。
 
今回紹介した逆参勤交代は、個人の成長・地域の活性化・企業の新たな人材育成という「三方よし」をもたらす切り札であり、地方での学びの未来を変える先駆者が多数集うことを期待したい。


松田智生(まつだ ともお)
株式会社三菱総合研究所 主席研究員
チーフプロデューサー
1966年東京生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。専門は地域活性化・アクティブシニア論。高知大学客員教授。(一社)日本ワーケーション協会顧問を兼任。
2017年から逆参勤交代構想を提唱、全国で実証実験を展開中。内閣府高齢社会フォーラム企画委員、石川県ニッチトップ企業評価委員、浜松市地方創生アドバイザー、壱岐市政策顧問等を歴任する当該分野の第一人者。著書に『明るい逆参勤交代が日本を変える』、『日本版CCRCがわかる本』。

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