【50代の半数は老後の生活水準維持が困難】消費意欲の高い世帯ほど老後の生活水準維持が困難に

バブル景気崩壊後の25年間(1992年~2017年)で、勤労者世帯の黒字率(=1-消費支出÷可処分所得)は25.5%から27.9%に2.4%上昇している(家計調査結果(総務省統計局)、以下同様)。

黒字率の変化を年齢階層別にみると、50歳未満と50代では明らかに異なる。50歳未満は10%ほど上昇しているのに対し、50代は変化していない。50歳未満と比べて、50代は可処分所得の減少が大きいにもかかわらず、消費支出の減少が小さいからだ。


家計の消費・貯蓄に関する標準モデルの一つにライフサイクル仮説がある。「人々は死後にまで資産を残そうとは考えず、生涯を通じてなるべく消費額を一定に保つことを目標にする」という仮説だ。所得は年齢に伴い増加し、50歳前後でピークを迎える傾向があるが、ライフサイクル仮説に基づけば、可処分所得の増減に比べ、消費支出の増減は小さいと考えられる。


1973年~1977年生まれのいわゆる就職氷河期世代の場合、年齢の上昇に伴う可処分所得の増加に比べて、消費支出の増加は限定的である。これに対し、より恵まれている1958年~1962年生まれは可処分所得の増加に伴い消費支出も増やしてきた。更に、50歳前後を境に可処分所得が減少に転じるが、可処分所得の減少ほどには消費支出を減らしていない。就職氷河期世代と同様に消費支出を減らすことに対する抵抗感を持つが、老後も現在の消費支出を維持できるだけ十分な資産を準備できていると楽観視していると考えられる。


公的年金に現役時代と同程度の収入を期待することはできない。現役世代の手取り収入額に対する年金額の割合は、2019年度が61.7%で中長期的には50%程度まで低下することが見込まれている。つまり、このような現実を踏まえ、現在の消費支出を維持できるだけ十分な資産がなければ、就職氷河期世代と比べて消費意欲が旺盛な今の50代も遅かれ早かれ消費支出を減少せざるを得ない。


老後の備えに必要な資産は一般に2,000万円~3,000万円とされるが、2,000万円~3,000万円の資産を保有する高齢者の約半数が現在の生活に満足していないという調査結果がある。保有資産が同額でも現在の生活に対する満足度が世帯によって異なるのは、満足できる消費支出や年金額が世帯によって大きく異なるからだと考えられる。


一般に、現役時代の所得が高いほど、満足できる消費支出も年金額も高い。しかし、年金制度を通じて所得が再分配されるので、高所得者ほど満足できる消費支出と年金額の差が大きい。結果として、高所得者ほどより多くの資産を準備する必要がある。筆者の試算によると、年間収入が500万円未満の世帯の場合、2,000万円あれば現役時代と同程度の生活水準を維持できるが、年間収入が1,000万円以上の世帯の場合、6,000万円の資産があっても不十分で、遅かれ早かれ消費支出の維持が困難になる。


年収階級別の必要額と比較して資産形成状況を確認した結果、期待できる退職金も合算すると既に十分な資産を蓄えている世帯は20%、退職までに十分な資産を準備できる見込みの世帯は16%しかいないことが分かった。資産形成状況が低調であるため、消費支出を10%以上減少させなければならない可能性が高い世帯は全体の46%に及ぶ。年収が高いほど必要な資産額も高いため、年収1,000万円以上の高所得世帯に限っても、41%の世帯は消費支出を10%以上減少させなければならない可能性が高い。


消費支出の維持可能性は、退職金の有無による影響を受ける。退職金には、賃金の後払いという制度設計で、老後の生活資金を強制的に貯蓄する機能がある。しかし、実は退職金の有無より住宅ローンの有無の方が消費支出の維持可能性への影響が大きく、消費支出の大幅な減少が見込まれる世帯の大部分が多額な住宅ローンを抱えている。


退職金を充当してもなお住宅ローンを返済しきれない世帯も少なくない。貯蓄と借入はいずれも一生の間での消費時期の選択手段に過ぎないのだから、宝くじに当たるなど稀有な幸運に恵まれない限り、将来よりも現在の消費を優先させた消費意欲の高い世帯ほど老後も消費支出を維持できる可能性は低くなる、という極めてシンプルな結論が導かれる。


全員が90歳まで生きるわけではないのだから、世間で騒がれているほどの資産は必要ないという意見もあるが、50歳女性の50%以上が90歳まで、25%以上が95歳まで生きる。夫の死亡後は生活費が半分になるから大丈夫というわけでもない。一人暮らしになったからといって、家賃もしくは固定資産税は半分にならない。世帯人員数が少なくなるほど生活コストが割高になる点に注意が必要である。


しかし、このことは現在一人暮らしの50代にとって、消費支出の維持可能性を高める方策も提示していることになる。夫婦である必要はなく友達でもよいのだが、共に生き助け合えるパートナーを持つことで、生活コストを削減することが可能になるからだ。他人と同居はしたくない場合でも、遅かれ早かれ消費支出を10%以上減少させなければならないおよそ半数にとっては、共同購入など生活コストの削減に繋がる商品・サービスへのニーズが高まるのではないだろうか。

 

クリックして拡大(図1~図6)

高岡  和佳子  (たかおか  わかこ)
株式会社ニッセイ基礎研究所 金融研究部兼年金総合リサーチセンター兼ジェロントロジー推進室 主任研究員。
1999年大阪大学工学部卒。2009年一橋大学大学院国際企業戦略研究科修士課程修了。日本生命保険相互会社、ニッセイアセットマネジメントを経て、2006 年ニッセイ基礎研究所入所。

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