駅商業施設はMaaSによる“交通費定額乗り放題サービス”にどう備えるべきか

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2020年2月号『交通起点の市場をつくる』に記載された内容です。)


駅商業施設はこの20年で大きく成長した。元来の恵まれた立地に、品揃えや施設環境、サービス品質が追いつき利用者に高い満足を提供できるようになったためだと考えられる。さて、急激に躍進した駅の商業施設であるが、MaaSの発展は彼らにどんな影響をもたらすであろうか。

都市における“交通費定額乗り放題サービス”の実現(欧米では既にスタート)を想定した実験を㈱ジェイアール東日本企画と共同で行い、終了後にインタビュー※1を実施した。その結果をもとに、今後の駅商業施設の課題と可能性につき考察してみたい。

 

【表1】定期券保有者の買物行動

 

買物レコード数

 買物した店舗の最寄駅の立地 
定期券の範囲内 定期券の範囲外
合計

22,999

76.0% 24.0% 
平日

16,641

81.2%  18.8%
休日 6,358 62.4% 37.6% 

 

 

【表2】実験後のインタビューまとめ

行動範囲

・変わらない

・広がった  ・広がった ・広がった
※23区は狭いと感じた
外出頻度

・増えた

・やや増えた ・やや増えた ・変わらない
※もともと多い傾向
行動の計画性

・変わらない

・変わらない ・変わらない ・非計画的な行動拡大
※消費の衝動性アップ
行動(外出)パターン

・変化なし

・土日から平日へ
・隙間時間の活用
・土日から平日へ ・土日から平日へ
消費金額の増減 ・増えた ・やや増えた
※好きな店に行くので単価アップ
・やや増えた  ・単価が下がったが総額が増えた 
店舗選択のポイント ・チェーンではなく、そこにしかないお店優先 ・駅から遠く、高くてもおいしいお店優先  ・通勤ルートの変更に伴い店舗選択が多様化 ・定期券内かどうかより好きなエリアに行くようになった 
外部刺激の影響度 ・情報への反応度が高まる ・変わらない
※もともと感度が高い
・変わらない
※情報探索が苦手
 ・情報への反応度が高まる
被験者が感じた変化 ・積極性が向上
※疲れていても「せっかくだから」と行動するようになった
・外出が習慣化した
・交友関係が広がった
・新しい発見が増えた
・時間が限られていても出かけるようになった
・目的1個でも出かけるようになった
・知らない街(定期券範囲外)にも行くようになった
・タクシー利用前提で、リアル店舗利用意向が高まった
・強い興味が無くても出かけるようになった
※交通費をかけて失敗したら嫌なので行かなかった
・失敗を恐れずに違う ところに行こうと考えるようになった
・平日寄り道するようになった
・景色が良いという経路を選んで移動した
・モノを買うために下見をするようになり、吟味する傾向が高くなった
・まだ知らない街があるので開拓したいと思った
・興味のあるものにすぐ反応するようになった
・経験や新しい発見があり便利さだけでなく生活豊かになった




1.移動コストに負担感

まず、はじめに申し上げたいのが、交通費の使用は生活者にとって大きな負担感を伴うということだ。移動は目的ではなくあくまで手段。交通費は出来れば“ゼロ”にしたいコストである。

インタビューの中でも、期待価値が得られるかどうかわからない(例えば、欲しいモノが買えるかどうかわからない)状況であれば、交通費をかけて出かけることは殆ど無い。多少の不満はあったとしても定期券の範囲内の店舗で済ませてしまうという発言が大半であった。

表1をご覧いただきたい。こちらは首都圏生活者の買物行動に関する調査※2の結果を集計したものであるが、定期券保有者においては買物行動の76%(約3/4)が定期券の範囲内で行なわれている。移動コストが生活者の行動を制限していると考えられるが、駅の商業施設は定期券を保有する通勤・通学客という安定した顧客基盤に支えられているということが理解できる。


2.行動範囲はどう変わるのか

では、MaaSの発展により“交通費定額乗り放題サービス”が実現した場合、生活者の行動はどう変化するだろうか。表2をご覧いただきたい。約1ヶ月間の実験の記録をもとに、4名(ⅰ.女性20代/未婚、ⅱ.女性30代/既婚、ⅲ.男性30代/既婚、ⅳ.男性40代/既婚、東京都23区内在住の勤務者)に行ったインタビューのまとめである。

上から順に【行動範囲】については、4人中3人が「広がった」と回答。ⅳ.男性40代/既婚は、この実験を通じて「東京23区は思っていたより狭い」と感じたと発言している。次に【外出頻度】であるが、「増えた」が1名、「やや増えた」が2名、4人中3人が増えたと報告している。

1名、「変わらない」としているものの、もともと活発に行動するタイプであるため変化がなかったに過ぎないと説明していた。また、【行動の計画性】に関しては、ⅳ.40代男性/既婚において「非計画的な行動拡大」と発言しているが、他の3名にはとくに変化は無かった。【行動(外出)パターン】については、1名を除いて「土日から平日へ」シフトする傾向が見受けられた。

MaaSによる“交通費定額乗り放題サービス”が実現した場合、実験の結果からは行動の範囲が広がり外出頻度が拡大すると同時に、平日における行動が活発化すると予測される。つまり通勤・通学のタイミングにおいて、決まったルートから逸脱した+αの行動が付加される可能性が高いと考えられよう。


3.消費行動に変化はあるのか

次に、行動の範囲、頻度の拡大に伴う消費の変化について考察する。引き続き表2をご覧いただきたい。【消費金額の増減】については、ややを含めると全員が「増えた」と発言している。ⅱ.女性30代/既婚においては、交通費を気にすることなく好きな店に行くので購買意欲が喚起され、その影響で消費金額が増える傾向にあったとの報告があった。一方でⅳ.男性40代/既婚は、衝動的な買物行動が増加したため「単価は下がったが総額が増えた」と発言している。

また【店舗選択のポイント】は、全体の傾向としてアクセスの良し悪しよりも、店舗自体の魅力が重視される傾向が高まるようだ。ⅰ.女性20代/未婚は、「チェーン店では無くそこにしかないお店優先」と発言している。さらに、ⅲ.男性30代/既婚は、「通勤ルートの変更に伴い店舗選択が多様化」と報告している。【外部刺激の影響度】に関しては、「変わらない」と「情報への反応度が高まる」が半々であった。

最後に、【被験者が感じた(実験への参加による)変化】として、ⅱ.女性30代/既婚は、「時間が限られていても出かけるようになった」「目的が1個でも出かけるようになった」と発言。ⅲ.男性30代/既婚は「強い興味が無くても出かけるようになった」「失敗を恐れず普段と違うところに行こうと考えるようになった」と報告している。また、ⅰ.女性20代/未婚においては「外出が習慣化した」「交友関係が広がった」「新しい発見が増えた」と発言している。

この実験からは、“交通費定額乗り放題サービス”が定着すると行動が拡大し、それに伴って消費行動も活発化。さらに、日々の生活行動も積極的になることが分かった。MaaS発展のインパクトは大きいと言えよう。


4.駅商業施設の課題と可能性

最後に、“交通費定額乗り放題サービス”定着後の駅商業施設について意見を述べたい。近年、商業施設の同質化を指摘する声が高まっている。商圏ニーズを確実に捉えようとすると、テナントはどうしても人気ブランド優先の無難な選択になってしまい、似通った構成になる。駅の商業施設においても、他と大差はないという実感があるのではないだろうか。

表2の【店舗選択のポイント】から分かるように、“交通費定額乗り放題サービス”が普及すると、より自分好みの店舗へと足を伸ばそうとする。チェーン店ではなく人気の個人経営店が好まれるようだが、運営サイドとしては安定した賃料収入を確保できる大手の人気ブランドを重視する傾向にある。この顧客と運営側のニーズの齟齬をどう解決するかが課題になるだろう。賃貸収入をしっかり確保しつつ同質化を回避しうる高いリーシング能力が求められよう。

一方、この課題を解決できれば駅商業施設の可能性は高い。駅はMaaS普及後においても交通の結節点であることは変わらない。交通の利便性が高まることでより多くの利用者が集まることが期待される。さらに、MaaSは飲食・サービスや不動産賃貸料と一体となった“交通費+αの定額性サービス”が期待されている。仮に、乗り放題、しかも駅商業施設での食べ(飲み)放題付きの定額サービスが実現すれば、来店頻度は間違いなく向上するだろう。MaaSはもはや夢ではない。生活者の生活価値向上につながるこのようなサービスが早期に実現することを期待したい。



<注釈>
※1  予備調査として実施したMaaSに関するグループインタビューに参加した被験者12名の中から4名を選出。定期券範囲外の交通費(東京都23区内の公共交通機関及びタクシー5km圏内)を提供し約1ヶ月間の行動 記録を聴取。その結果をもとに1対1のインタビューを 実施した。実験期間は2019年5月20~6月16日、1対1のインタビュー実施日は2019年6月30日。

※2  首都圏40km圏内の市区町村在住の15歳~69 歳の男女(高校生以上)6,209人を対象に1週間の買 物行動(通信販売、ネットショッピングを含む)を聴取。調 査期間は2013年5月30日~6月5日、買物レコー ド総数は61,093件(店舗内に置ける買物を1件とカウント)。



加藤  肇  (かとう  はじめ)
産業能率大学 経営学部 教授
エキナカ・駅ビルなど移動の動線上に位置する商業施設特有の消費に注目。その固有性を行動と心理の両面から解き明かすと同時に、攻略法である移動者マーケティングを考案。現在は人口減少下での鉄道沿線の活性化をマーケティングの視点から考察している。元株式会社ジェイアール東日本企画 駅消費研究センター長。主な著書:移動者マーケティング(日経BPコンサルティング 2012年9月)など。

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