企業視点での「大人の学び」の類型化

先日、とある商業ディベロッパーの方と話をしていたときに、ふと質問を投げかけられた。

ディベロッパーとしては、新たな施設をつくるたびに「コンセプト」を考える必要がある。そしてそのコンセプトはただ耳あたりの良い言葉であるだけでは意味がなく、具体的な機能などに落とし込む必要がある。例えば、「ガーデンテラス」と掲げるならば気持ち良いテラスが欠かせないし、「キッズパラダイス」と言うならば子どもが喜ぶ広場やテナントは必須である。そんなコンセプトを考えていくうえで、「果たしてこれからの商業施設で、一体何を大切なテーマとして掲げればよいのだろう?」という、至極真っ当な疑問をその方は抱いたのだ。


私はとっさに「『学び』なんかアリじゃないですかね?」と返した。このときには深い考えや確信があってのことではなかったのだが、後から思い返してみるとあながち筋の悪いアイディアではないかもしれないと思うようになった。巻頭にも記したが、世代を問わずモノを買わなくなる傾向が強まりつつある中、「体験」の価値は逆に増している。そして「学び」にはそうした体験をより強化・深化させる力がある。これから時代が進むに連れて、学びの重要性はより一層高まっていくのではないだろうか。子どもの教育問題はいつの時代も重要なトピックであるが、時間とお金の使い道に迷う大人にとっても、学びというテーマは避けて通れないのではないか。次第にそんな風に考えるようになった。


「大人の学び」自体は昔からあるもので、特段新しい切り口というわけではないが、社会変化とともにそうした学びにも動きが見られる。例えば、少子化の影響を受けた教育機関・企業は、マーケットの縮小に対してただ指をくわえて見ているわけにはいかない。そこで目をつけたのが「大人」や「シニア」だ。大学や大学院は社会人やシニア層などの「セカンドステージ」向けカリキュラムを積極的に導入している。また家庭教師のトライは「大人の家庭教師」というコースを充実させたり、Z会(増進会出版社)も大人向けプログラムに力を入れたりしている。大学全入時代が近づき、「浪人生」相手のビジネスが難しい予備校においても同様である。


それらはシニア層の生涯学習ニーズを取り込むとともに、ビジネスマンの「サバイバル術ニーズ」にも応えようとしているが、このサバイバル術に関しては、従来のMBAに加えてテクノロジーの進化によるサービスの充実がめまぐるしい。特にオンラインによる動画配信やビデオ通話サービスだ。英会話についてはフィリピンなどを拠点にした格安のサービスが急速に普及したし、授業の動画配信という点においては、schoo(スクー)というサービスがプログラミングやウェブデザインなどの講座で人気を獲得している。あるいはクローズドで希少性の高い情報を得ようとする人たちの間では、かつては有料メルマガが一時的に流行したが、次第にそれはオンラインサロン(ネット上での会員制サロン)に移行した。


こうしたある種切実な学びの場以外に、ライフスタイルを充実させるようなコンテンツを提供するプラットフォームも増えている。「丸の内朝大学」を筆頭に、若めの世代に向けた気軽なカルチャースクールはこの数年で爆発的に増えたし、一世を風靡して今やすっかり定着した感のある「野菜ソムリエ」のような資格認定講座も増える一方である。受け手・学び手という立場から見ると、提供されるコンテンツやそれを届ける場やメディアが数限りなく存在するようになり、混乱してしまうのももっともだろう。そこでここでは、「大人の学び」という領域に対して、「企業としてどのような向き合い方がありうるか」を考えてみたい。ここではそれを4つのタイプに分類してみる。


1つ目は「シニアの生涯学習ニーズの刈り取り」である。先に述べたようにシニアの生涯学習ニーズは昔から顕在化しているが、よりアクティブな人たちが増えることで、ここにはさらに大きなマーケットがあると考えられる。例えば、歴史の教科書で有名な山川出版社は学生向けの教科書をリバイスした「もう一度読む」というシリーズを発売したところ、非常に好調な売り上げを示しているようだ。このシニアマーケットに向き合うというのはもっともシンプルなアプローチだろう。


次に、「学びを活用することで、自社の商品・サービスを強化する」という方法もある。トップインタビューにご登場いただいたクラブツーリズムはまさにこのタイプに当てはまる。学ぶことで、よりその商品が欲しくなったり、理解が深まってリピートしたりするという好循環が期待できる。これは「学び」を効果的な販促ツールに仕立てる作戦と言える。後から出てくるハイエンドカメラのケースもまさにこれに合致するだろう。


3番目としては、「学びの場の提供による、顧客との接点づくり」が挙げられる。伊勢丹新宿本店が提供する「OTOMANA(オトマナ)」というスクールについても具体的に紹介するが、こうした場があることで顧客は店に足を運ぶ理由が生まれる。もちろん伊勢丹としては商品販売に繋げたい意図はあるのだが、まずは「keep in touch」の状態にしていくこと自体に意味があるだろう。大人向けではないが、リクルートが提供する学習ツール「スタディサプリ」は、ユーザーの膨大なデータベースであるとともに、リクルートにとってはユーザーとの貴重な接点となっている。


最後の4番目は、顧客ではなく、むしろインナーのほうを向いたアプローチだ。ますます「人材が事業の成否のカギ」という流れが強まる中、「社員教育」を重視する企業は多いだろう。しかし形骸化したプログラムになっているところも多いはずで、それをいかに魅力的にブラッシュアップできるかは多くの企業にとって向き合うべきテーマだろう。本号ではヤフーの社員研修をご紹介したい。また、そうした研修プログラムにおいて、いかに受講者に能動的に取り組んでもらうかも極めて大切な視点であるが、1つの有効な切り口が最近注目の「アクティブラーニング」だ。電通総研の「アクティブラーニングこんなのどうだろう研究所」の活動を参考にしていただきたい。


ここでは便宜的に4つのアプローチに分類してみたが、皆さんの企業でもこの分類にとらわれずに、ぜひ「大人の学び」について何らかの取り組みを始めて欲しいと思う。学びに関する知見を深めていくことは、きっと組織の活性化や企業活動そのものにとってプラスに働くと信じている。

 

子安  大輔   (こやす だいすけ)
神奈川県出身。99年東京大学経済学部を卒業後、博報堂入社。食品や飲料、金融などのマーケティング戦略立案に携わる。2003年に飲食業界に転身し、中村悌二氏と共同でカゲンを設立。飲食店や商業施設のプロデュースやコンサルティングを中心に、食に関する企画業務を広く手がけている。著書に、『「お通し」はなぜ必ず出るのか』『ラー油とハイボール』

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