なぜ古い神樂なのか

この取り組みは8年前に始まりました。ご宿泊のお客様から、「由布院は6時を過ぎると商店街がみんな閉まってしまうんですねえ。夕食が終わったら温泉以外に何かお楽しみがありますか?」と聞かれました。

「静かで何にもないところがココの売りなんですよ」と言ってはみたものの、何かないかなあ・・・で、「静かな町」で始まった古くて新しい「夜のお楽しみ」・・・それが、「夜神楽」です。実は由布市は神楽がとても盛んな地域です。湯布院町内にも3つの神楽座がありますが、特に隣の庄内町には12を超える神楽座があり、古いものは200年以上の伝統があります。


たいてい伝統芸能というと若い後継者の問題がつきものですが、庄内町には保育園から小学校、高校生まで神楽の授業や部活があり、由布高校の郷土芸能部は平成20年には伝統芸能の甲子園ともいわれる全国大会で日本一に輝きました。たのもしい後継者が次々と今も生まれています。このそれぞれの地区で伝わる素晴らしい自慢の舞いを地元以外の観光で訪れるお客様にも見てもらおうと思ったのがきっかけです。


実はこの神楽、旅館組合だけの力では成り立ってゆきません。JR由布院駅の前駅長さんがかなり変わっていました。「あんたら、真剣に神楽を売り出そうっちゅうんなら、ワシが神楽の面をかぶって由布院の森号が到着する時にお出迎えしたる。」と言って、それ以来スサノオの尊に扮して5年間にわたり毎月お迎えしています(現駅長も引き継いでいます)。


旅館組合も負けじとクシ稲田姫に扮して一緒に「おもてなし」しております。また、その衣装は本物で、毎回地元の神楽座の皆さんがわざわざ駅まで持ってきて着付けまで手伝ってくれます。それから、この神楽に欠かせないのがご当地アイドル、「盆地ボーイズ」です。現駅長もメンバーの一人なんですが、神楽の前座として毎回歌と踊りでお客様をおもてなししております。


ボーイズといっても平均年齢は50歳を超えておりますが、旅館の親父・女将さんを中心に地元FMラジオのパーソナリティ、アーティスト、市の観光課職員、銀行の支店長、一市民、などなどメンバーも多彩で楽曲も振り付けも私達が考え、創作したオリジナルです。さらにもう一つ、由布院神楽にはこだわりがあります。実は、由布院の観光は、40年前に大きな転換点を迎えました。

直下型の大分県中部地震が起き、ただでさえ少なかったお客様が全く来なくなりました。先輩方はその風評被害を吹き飛ばそうと、わずか一年足らずで「辻馬車」「音楽祭」「牛喰い絶叫大会」「映画祭」と次々にイベントを立ち上げ、新しい風として「由布院温泉健在なり」を全国へ発信したんです。


この時、先輩方が考えたのがまさに「まず、わしらが楽しむイベントをやろう」ということでした。「映画祭も音楽祭も牛食い絶叫大会もお客様を呼ぶために始めたわけじゃない。イベントを楽しむ姿を見て、お客が寄って来るんじゃ。これが由布院流じゃ」
私達も神楽を始める時、この「原点」に立ち戻り、観光客を呼ぶためにイベントをするのではなく、私たちがまず楽しもうと思いました。この私たちの大好きな「古き良き伝統・神楽」を、仲間と一緒に楽しもうと思ったんです。


「それが、訪れるお客様に伝わればよい」と思ったんです。古いものを守る為に新しい風を吹き込む、これが由布院スタイルであり、その風を力に変える帆でありたいと願っております。私がこの地で旅館を始めようと思った時、ある先輩に教わった言葉を今も思い出します。


「これからは地域観光の時代だよ。由布院に来られるお客様は、『ゆふいん』という地域を選んで来るんよ。もし、由布院という町がどこにでもあるような町になってしもうたら、もうお客さんは来やせんでえ。ゆふいんという地域が魅力を失くしてしもうたら、あんたんとこも長続きはせんでえ。


なあ、もしそんなにこの地で旅館をやりたいと言うのなら、みんなと一緒になってこの由布院の地域の魅力を高めるようなことをやったらいいんじゃないか?一軒だけが流行る時代やないでえ」古い地域の伝統を、今私たちが楽しむことこそ、由布院を訪れていただいたお客様への最大のおもてなしだと思っています。

 

渕上  眞幸   (ふちがみ  まさゆき)
由布院温泉旅館組合 理事

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