非日常とギャップが呼び起こす、学生の「日本」への意識

今どきの大学生は、講義への真面目な出席が求められ、講義後はアルバイトに明け暮れる日々を過ごしている。

大学に入学したばかりの1年生に悩みを聞いたところ、すぐさま「就活」という答えが返って来た時には、本当に驚かされた。「モラトリアム」とも称された学生生活も今は昔、今どきの学生は不都合な現実に翻弄されているようにも映る。そんな学生に対して、バングラデシュや日本の地方という、私のビジネスフィールドを開放し、学生の斬新かつ柔軟な発想でプロジェクトを推進する私塾、適十塾(てきとじゅく)を創設して早6年が経過した。これまで、バングラデシュや日本の地方(秋田県、島根県)に引率した学生は、それぞれ延50人以上。バブル世代の私が学生時代には見向きもしなかった途上国や日本の地方に今の学生が惹きつけられるのは、不都合な現実に翻弄されているがゆえの、非日常や予定調和でない体験をしたいという、“未知なるものへの好奇心”によるものと思われる。


そもそも学生が、日常生活の中であらたまって「日本」を意識する機会はないし、その必要性もないように思う。しかし、途上国に渡航し現地の価値観や文化的な違いを感じた時や、地方に出向いた際、自然環境や昔ながらの生活様式に触れた時、学生は日常生活とのギャップ、つまり非日常から、普段あまり感じることがない、「日本」を強く意識するようになる。学生とともに活動する中、私は幾度となく、そのような場面に遭遇してきた。


今どきの学生が感じる島根県
昨年10月に8名の適十塾のメンバー(学生7名、社会人1名)を引率し、島根県益田市美都町を訪れた。ちょうど石見神楽(*)の奉納の時期であったが、何の予備知識も与えられぬまま、学生は島根入りした。その1ヶ月前に私とともにバングラデシュに渡航したメンバーも多く、島根県をバングラデシュと同じく、「非日常を感じられる、未知なる世界」と捉えていたことが大変興味深かった。この時の学生の体験記を、以下紹介したい。

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五感で感じる日本の良さ
大学3年(女子)
今回、美都町を訪れて「日本の良さ」というものを再認識することが出来た。美都町を訪れて最初に目に入ったのが、つやつやとした奇麗な色が特徴的な赤瓦。気になって調べてみると、これは石州瓦と呼ばれるものらしく、冷害や塩害が多い山陰地方の気候的特色に合わせて作られ、使われているものということがわかった。また、市内を流れる高津川は、清流日本一であることをタクシーの運転手さんが教えてくれた。このように、美都町には五感で四季や日本の良さを感じられる要素が、たくさんちりばめられていた。

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みんなで楽しめる伝統芸能~百聞は一見に如かず
大学3年(女子)
「神楽」と聞いても、正直何もイメージすることが出来なかった。しかし、実際に神楽を見てみると、驚くほどの迫力で、一気に引き込まれた。神楽の衣装は30?40kgもあるそうで、こんなに重いものを羽織ってあんなに激しい舞をしているのかと思うと、本当に驚きしかなかった。また、神楽が地域の人々のつながりをつくり、またその結びつきをより強いものにしていることに、とても感銘を受けた。美都町には地域ごとに社中があり、小さい頃から子供神楽などに参加して、地元の伝統に慣れ親しんでいるそうだ。また、美都町の子供たちは神楽が大好きで、テレビでヒーローものを見るような感覚で神楽を楽しんでいると地元の方がおっしゃっていた。つまり、神楽は子供たちにとって憧れの存在なのだ。こんなに子供から大人までが、みんなで楽しむことが出来る伝統文化が地域に存在するって、本当に凄いなと思った。

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地域にとけこみ、ともに楽しむ 
大学3年(女子)
 夜の7時頃から始まる奉納石見神楽には、早くから地元の人たちが集り、神楽を見ながら団欒を楽しんでいた。地元の方たちは私たちを温かく歓迎してくださり、地元の中学生たちやおじさんおばさんとの団欒に交じって神楽を鑑賞することができた。都会に住む私にとって、年の離れた地域の方とお話をする機会は全くなかったので、そうした地域住民との会話はとても新鮮だった。さらに神楽の魅力は、お酒を飲み、卵まんじゅうを食べながらワイワイ楽しめるところであり、能や歌舞伎のような堅苦しい舞台芸術とは正反対だと思った。神楽のような伝統的な舞台芸術と聞くと、私たちの年代にとっては近寄りがたく、退屈なもののように感じる。しかし、実際には、神楽は衣裳が煌びやかで、舞も和太鼓や笛と相俟って力強く迫力のあるものであり、私たちにも分かりやすい単純なストーリーだったので、神楽に詳しくない新参者でもとても楽しめるものだった。

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知らないことの価値~ギャップを楽しむ
社会人1年(男子)
島根に対して僕は正直あまり情報をもってなかったが、それが逆に「ギャップ」を生み出すきっかけとなり、思い出に残るような体験がたくさんできた。
現代の若者は、旅行前にあらゆる媒体を通して、その土地の綺麗な写真や豊富な情報を事前に集めることができる。InstagramやGoogle検索、これらはかなり強烈だ。確かに、現地に到着して、ネットで検索したものとの「答え合わせ」をするのもいいかも知れないが、それでは思い出に強烈に残るような体験にはならないだろう。ネットにはないもの、現地じゃなきゃ体験できないこと、予定調和ではないこと、こうした当初の予想を超えた「ギャップ」が旅行者の記憶に焼きつき、また訪れたいという動機につながるのだと思う。次に島根に訪れた時には、またたくさんの「ギャップ」を体験できたらいいなと思う。

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今どきの学生が持つ、伝統や日本的なものに対するポジティブなイメージ
私の学生時代の記憶を呼び起こすと、日本的なライフスタイルから、より西洋的なライフスタイルに移行していくことが「発展」とイメージされる傾向にあったように思う。しかし、西洋的なライフスタイルの中で育った今の学生たちにとっては、日本的なものと西洋的なものの間に優劣は存在しない。島根県を訪れた学生にとっては、その地で感じた非日常や日本的なライフスタイルは、「古くて新しいもの」や、「日本人としてのアイデンティテイを呼び起こされるもの」だった。その意味において、バブル世代の私が学生時代に感じていた以上に、今どきの学生は日本の伝統や、日本的なものに対してポジティブなイメージを描いているようだ。学生たちとともに、私自身、伝統や日本的なものに対する世代間のイメージ・ギャップを楽しみつつ、新たな日本の価値の発見へとつなげて行きたい。

(*)石見神楽は石見一円で演じられる神楽。神楽は「神座(かむくら)」の語から転じたものと言われる。神座は神が降臨する場所のことで、そこに神々を招き、舞踊的要素を伴った鎮魂のための行事をするのが目的。その由来は古く、室町時代には田楽系の神楽が行われていた。慶長年間に出雲佐陀神楽が猿楽能を脚色して神能として演ずるようになり、それが爆発的に石見に波及した。
(益田市観光協会HPより)


見山  謙一郎  (みやま  けんいちろう)
本誌編集委員
次世代人財塾・適十塾塾長。事業構想大学院大学特任教授。多摩大学経営情報学部客員教授。フィールド・デザイン・ネットワークスCEO。その他、環境省中央環境審議会委員など、産官学の垣根を超えたオープン・イノベーション・プロジェクトを企画、推進。

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