なぜ長く続いても衰退するのか?:変える変えない、錯誤と信条

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2021年1月号『新型でいこう』に記載された内容です。)

新型コロナだから止むを得ず、ということだけでなく、そもそもコロナ禍の前からの課題にあらためて気が付いた方は多いのではないでしょうか。それら課題に手をつけずに、新型コロナが直接の原因となることだけに取り組んでいても、未来を拓くことはできないでしょう。

実際に、コロナ禍をきっかけに変わろうと挑む組織もあります。一方で、これまでのあり方を守ろうと努める人もいます。しかし、何を変え、何を変えないか、人は過ちを冒しがちです。

 


保守に向かう人の性


 

人の心には悩ましい点があります。気が付きたくないことはやり過ごし、変えたくないことには意固地になったりします。一新するべしと唱える人がいる一方、伝統を大切にと意見する人もいます。

この類の議論には、往々にして問題がみられます。伝統とは何か、その良さは、どうやって築かれたのか、という中身を理解した上で、伝統を大切にと言っていることは多くありません。伝統と思っていたものを振り返ってみると、実は流行りの累積であり、大切に守るものか自明でないこともあります。例えば最近話題のハンコはどうでしょう?

ハンコ※1は、公的権力を付与するものとして奈良・平安時代に使われていましたが、平安末期・鎌倉期はハンコ無し文化でした(源頼朝も自筆サイン)。室町時代に、禅僧たちが中国の文人が書画にハンコを使っているらしい、カッコイイと、ブームになりました。江戸時代には、公務員的になった武士が増える書類仕事をハンコでこなし、町人や御家人の間では凝った形のハンコがお洒落というファッションが広まりました。

つまり、ハンコの歴史は能率とカッコよさに支えられてきたと言えます。ハンコが能率的でもカッコよさの対象でもなくなってきたいま、存在意義が問われるのは時代の必然でしょう。

他にも、これは日本の、伝統だ、文化だ、常識だ、と思い込んでいることが、実はそうでもないことが多々あります。伝統や文化を都合のいい解釈のまま言い訳に使うのは賢明ではありません。つまり、変えることへの反論・抵抗の大半は、意義の錯覚を含む脆弱な理由による保守であり、中にはただ現状維持したいという姿勢もあるでしょう。

なお、ここではハンコについて申し上げたいわけではなく、「変われない」と思い込みがちな人の性について、例を交えて示しました。こうして変わらないままでいるのは、(恋ではありませんが)保守は盲目と言われかねません。

 


変えること、変えないこと



もちろん、変えていいことと、変えてはまずいことがあります。日本は、長寿企業が多い国としてダントツ一位ですが、中でも歴代最長記録が宮大工などで知られる578年創業の金剛組です。

ところが、バブル期にマンションやオフィスビルなどの建設に手を広げ、バブル崩壊後も売上を維持するため赤字でも工事を受注して経営は悪化の一途をたどり、民事再生手続きを準備するところまで追い込まれて、2005年に髙松建設(現髙松コンストラクショングループ)が救済し、グループ会社となりました。

400年ほど前に金剛組第32代当主金剛八郎喜定が遺した「職家心得の事」は、次のようなことを含む価値観・行動規範を示しています。

「お寺お宮の仕事を一生懸命やれ」「大酒はつつしめ」「身分にすぎたことをするな」「人のためになることをせよ」

金剛組が長寿だった背景に、この家訓が生きていたことがあげられるでしょう。これに則っていたら、つぶれるところまで行かなかったのではと思います。

つまり、何を変え、何を変えないか、が問われ、金剛組のように、これを間違えると失敗します。長寿企業が変えなかったものの一位は企業理念(家訓)と示す調査もあります。企業の土台となる大切なものは、簡単に変えず、しっかり実行しなくてはなりません。

変えること、変えないことの錯誤は、どんな企業にも起こります。本質的な進化を怠り、安易な変化に走れば破綻します。企業の土台となる信条を大切にしなければ、長寿企業でも滅んでしまいます。

 


自社の土台、信条の追求



既に自社の理念などが信条として確立していればいいのですが、不十分なものや形骸化したものには、手を打ってしかるべきです。一大危機たる今こそ、自社の土台を整備する絶好のタイミングでしょう。

企業の目的の大切さが見直されていますが、米国の経済団体ビジネス・ラウンドテーブルは、2019年8月に「企業の目的に関する声明」で、株主至上主義を批判し、企業は自社の利益の最大化だけでなく、目的(purpose) の実現を目指すべしと唱えました。

UCバークレー名誉教授David Aaker博士は、社会性のある高次元な目的(higher purpose)を追求(そして、きちんと実践)すると、興味深いストーリーが生まれ、ブランドとつながる様々な人々との絆が深まると指摘しています。従業員が仕事の意味を感じて幸せになり、ユーザーは誇らしく感じブランド愛を高めます。※2

例えば米ザッポスはコロナ禍で、何でも相談できる「何でもカスタマーサービス」を始め、コロナ患者の増加で困っていたニューヨークの病院からの相談を受け、パルス酸素計300個を調達して、ここまでやるのかスゴイ!と話題になりました。この土台となったのは、ハピネスを実現するという同社の企業目的であり、価値観を徹底した企業文化です。

なお、理念や目的をつくるにあたり、特に日本企業にお勧めしたいことがあります。ともすると格好をつけた言葉や、ビジョン/ミッションなど形にとらわれたり、あるいは他社に似たようなものがある表現を、よく見受けます。

これではハートに響きません。そうではなく、自社の存在意義を示し、前向きなことを追求する姿勢、そして理屈よりもヒューマンな視点が大切です。一人一人が自分、組織、社会にとって意味のある一歩を繰り返すようになりたいものです。さらに、社員はもちろん、顧客や関係する人々がおや!と感じる、心に訴えかけるものを持ちましょう。

 

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〈参照元〉
※1 ハンコについて、歴史論者の三石晃生氏のコメントを参考にした。
※2 Aaker博士の話について、丸の内ブランドフォーラム代表・片平秀貴氏のコメントを参考にした。

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本荘 修二(ほんじょう しゅうじ)
本荘事務所 代表/多摩大学大学院経営情報学研究科(MBA)客員教授
新事業を中心に、イノベーションやマーケティングなどの経営コンサルティングを手掛ける。日米の大企業、ベンチャー企業、投資会社などのアドバイザーや社外役員を務める。500 Startups、始動ネクストイノベーター、福岡県他のメンターを務め、起業家育成、 コミュニティづくりに取り組む。監訳書に「ザッポス伝説」「ザッポス伝説2.0」がある。

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