「新・旧型でいこう!」

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2021年1月号『新型でいこう』に記載された内容です。)

2020年は、世界中が新型にやられてしまった感のある1年だったが、そのことがこれまで顕在化していなかったことを浮き彫りにした側面も否定できまい。もろもろの議論はあるもののハンコを連ねることによって成り立っていた役所の稟議改革が菅新政権の目玉政策のひとつになったり、ネット会議が飛躍的に増えたことによっての業務見直しやリモートワークの可能性への議論も盛んだ。

そんな旧来型の社会の在り方やビジネスの不文律を新しく書き換え、新型を指向することで、新年にあたって新しい未来を見ていこうとするのが、マーケティングホライズン(以下、本誌)2021年1号企画であるが、あえて私は「新・旧型でいこう!」と言いたい。

その新・旧型とは何か?古いこれまでのものを新しく捉えなおして、昔の良いものを未来への有効なヒントとしていこうという論である。要は論語の言葉「温故知新」である。これまで、本誌で私が企画した特集に、2015年10号の「古きをつかえ」がある。

巻頭TOPインタビューに、三菱地所の髙木相談役(当時)にご登場いただき、明治時代に三菱が大丸有を開発していく起点となった三菱1号館の復刻事業で、細かい細部まで昔と同じように復元させた価値について伺い、「イノベーションや先端的なものも大事だが、かつての日本人が持っていた(外国の優れたところを)日本に合わせてアレンジする対応力や考え方の基礎になるようなことが抜けてしまう気がする」との言を得た。今から5年前のインタビューであるが、私にはご指摘いただいたことの重要性が年々増しているように感じてならない今日この頃である。

思えば、最新の技術をもってしてもなかなか成し遂げられない千石船復元を、平成の世に4艘も成し遂げた大船渡の船大工棟梁、新沼留之進さんのインタビュー(本誌2019年5号)にしても、本誌特集企画の折々に、私は日本の優れた技術やビジネスに対する考えの原型を昔の日本に学べと述べてきたように思う。もちろん、それはノスタルジーとは無縁のものだ。当然イノベーション自体を否定するものではないが、日本がこれからとっていく戦略があまりにも新しさだけを追い求めていることへの警鐘を鳴らしてきたともいえる。

昨年の10号と11号で「アート」をテーマに特集した。その「アート」の必要性のひとつは、自分事であることが重要と考えた。自分とのシンクロの中でこそ、ビジネスもうまくいくのではないかとの考えだ。企業でいえば、自分事はその企業が持つコアコンピタンスの中心に据えるべきものだ。

日本を取り巻く環境は年々厳しくなっている。今後ますます米中の狭間にあり、世界に翻弄されていくことになろう。その時、わが日本の素晴らしかった昔の旧来型の価値観やビジネススタイルが、さらに言えばそれだけに止どまらず我々日本人の在りようそのものを昔に学ぶことが、これからの困難に打ち勝つ知恵になるのではないかと思っている。

今、我々が世界の中での日本を考えるとき、学ぶべきではないかと私が考える対象に琉球王国の黄金時代「古琉球時代」がある。中国・朝鮮からマラッカ・シャムをむすぶ海の道の中核となったこの王国は、当時の大国中国や近隣の日本との微妙な関係を歌舞音曲や酒等の豊かな文化の力で乗り越え、広く世界の国々とも独自に交流することによって富を得て、小さな海洋国家の存在感を示した。このように国の在り方も過去の歴史に学び、現代に活用することが賢い方法であることは論を待たないことであろう。

そこで、新年にあたり、これからの日本のビジネスを考えていくときに忘れてはならない日本の古き良きことを2つ挙げてみたい。歴史が証明している日本の素晴らしさの第1は、「常に新しい文化や技術を吸収し、ただそれを鵜呑みにするのではなく自分のものにして、さらに発展させ新しい価値を生み出す」ことだ。

中国で開発されたお茶を取り入れ、本来の用途である薬や健康維持、飲料としてのたのしみに加え、日本は、茶室という建築文化を生み、茶懐石という食文化を生み、茶会というコミュニケーション文化を生み、茶器という新しい富の尺度を生み、WABISABIという世界観を生み出した。それらはイノベーションの連続である。

お茶を起点として、単なる飲み物から文化世界を構築するという日本人の想像力と創造力の結集だ。アート号で特集したこれからの可能性のキーワードとも符合する。しかもそのほとんどが現在では日本にしか残っていなく世界の人々を引き付ける。不思議な国日本の魅力のひとつになっている。

第2は、「自然との共生力」である。地球温暖化が全地球に対して深刻な状況を毎年更新している感があるわけだが、自然と日本人はこれまで付き合い方を工夫して、そこから得られる豊かさを享受し、時に訪れる脅威から身を守ってきた。鎮守の森を大事にすることで自然を恐れ、敬い、その怖さを十分に意識することによって、危険を察知し戒めてきた知恵があった。

東日本大震災の時にクローズアップされた、津波に備えてこれより下には住まないほうが良いという印石の存在が顕著な例である。それはこれまでの歴史や言伝えの本質を忘れずに暮らすことで難を逃れ、自然から得られる恩恵を受ける知恵でもあった。その知恵が日本人の自然との共生力を培ってきた。

今や世は地球環境と共にない産業の退場を迫る勢いだ。特にエネルギーや資源、それに関連する技術の分野ではビジネスとしても大きな可能性を有している。西洋的な自然を抑え込むような技術ではなく、今ある環境とともに共生しながら社会にとっても有効な自然へのアプローチを行う技術は日本がリードして行くべきだ。

森林を使った免疫力の向上等の森林医学分野で日本が世界をリードしているように、そのような視点で開発される技術は、特にこれから大いに発展することが期待される発展途上国に活かされることになるだろう。

これらの2つの大きな古い日本が持っていた優れた特徴を、今我々は十分に意識しているだろうか。経済効率や科学技術への過信という単独の尺度のみを優先させてしまい、もっと高次元な判断が働いているだろうかと自問せずにはいられない。
「温故知新」。

この素晴らしい日本語の本質的な意味を取り込み、それこそ、得意な最先端技術を駆使して世界に乗り出していけば、日本の未来は明るく拓けてくる。年末にうれしいニュースとして聞いたはやぶさ2の活動は、はるか気が遠くなる過去から様々な未来への知見を見出そうとする行為であった。究極の温故知新の実例でもある。

日本の優れたこれまでの蓄積は、様々な領域の文化という形で残っており、日本は素晴らしいもので溢れている。その素晴らしさを忘れずに新しい技術や考え方で新型にすることこそ、これからの日本の未来を拓いていくカギである。


吉田 就彦(よしだ なりひこ)
デジタルハリウッド大学大学院 教授
㈱ヒットコンテンツ研究所代表取締役社長。自ら「チェッカーズ」「だんご3兄弟」などのヒット作りに関わり、ネットベンチャー経営者を経て現職。「ヒット学」を提唱しヒットの研究を行っている。木の文化がこれからの日本の再生には必要との観点から、「一般社団法人木暮人倶楽部」の理事長にも就任。著書に「ヒット学~コンテンツ・ビジネスに学ぶ6つのヒット法則」、共著で「大ヒットの方程式~ソーシャルメディアのクチコミ効果を数式化する」などがある。

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