スぺキュラティヴ・デザインその後

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2020年11月号『アートで変える!』に記載された内容です。)

2015年に監修した、アンソニー・ダンとフィオナ・レイビー『スペキュラティヴ・デザイン注1』(原題は『Speculative Everything: Design, Fiction, and Social Dreaming』)は、英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)のデザイン・インタラクション学科で教鞭を執った二人の著者による、10年に渡るデザイン教育の足跡と呼ぶべきものである。ダンとレイビーは、その後米国ニューヨークのパーソンズ美術大学に移り、現在はそこで「Designed Realities Studio(デザインされた現実)」[1]の共同ディレクターを務めている。

スペキュラティヴ・デザインに関連して、書籍の帯にある「問題解決から、問題提起へ」のように、「デザインは問題解決、アートは問題提起」というステレオタイプの分類がなされることがある。しかし、これは正しくない。今日のデザインが共有すべき大きな前提は、現代の「重要な」社会問題は解決できない、ということにある。

地球温暖化、資源の枯渇、人種差別、格差社会などの問題を解決するための実行可能な解答は、まだだれも見い出していないし、そもそも解や解決という概念があるかどうかすら定かではない。この本の冒頭にあったように、今や「夢は希望に成り下がった」のである。

それにもかかわらず、デザイン界隈は、未だ能天気なほど肯定的で楽観的である。ダンとレイビーは「未来予測とは無駄な行為だ」という。未来を予測するという人のほとんどは、自分を含む特権的な少数派に都合の良い未来を、しかもそれが唯一の未来であるかのように語るだけだ。

未来予測がはずれても、だれもそのことに対して「責任を取りなさい」とはいわないから、好き勝手なことが言い放題のモラルハザードを起こしている。しかも(COVID-19のような)不都合な未来予測は、予測される未来にしないための予測だから、的中させてはならない予測という自己矛盾を抱えている。未来予測はすべからく商業的で政治的だ。

スペキュラティヴ・デザインでは、未来をこうした無駄な目的のためには使わない。未来の可能性をひとつの道具として用いることで、未来ではなく「現在」をより深く理解し、人々の望む(望まない)未来から逆算される現在について話し合う。

必要なのは、人間と現実の関係を作り直すことである。なぜなら、ダンとレイビーが現在運営しているスタジオ名のように、「現実こそがデザインされている(Designed Reality)」からだ。人間が何をデザインしているかではなく、人間自らがつくったものによっていかにデザインされているかに着目しなければならない。

カイロのドイツ大学応用科学芸術学部教授のアン=マリー・ウィルスは2006年に、「私たちが世界をデザインする一方で、世界は逆に私たちをデザインしている(We design our world, while our world acts back on us and designs us.)」[2]と語り、それは今では広く「存在論的デザイン注2(Ontrogical Design)」と呼ばれている。私たちの存在や現実は、もとからあるものではなく、人間によって構築されたものなのだ。

そうした、デザインされた現実から自由になり、解決不能な現在の問題と共に生きていくためには、今日「私たちがデザインしたもの」がデザインしていることに対して意識的になる必要がある。

例えば、私たちに日々大量の情報を提示するスマートフォンは、私たちの行動様式や身体状態を無意識の内にビックテック注3に提供するだけでなく、そこに送られてくるデータによって、自分自身のものごとの見方や考え方を閉じ込めてしまう拘束具だ。「デザインされた現実」スタジオでは、まずこうした特権的な少数派にとって望ましい社会的現実を形作っている、ポリティクスとテクノロジー(が融合されたもの)のリサーチから出発する。

ビックテックは常に「これしかない」未来を提供しようとしてきた。彼らが行っているのは、より多くの製品を販売し、なるべく短い周期でそれを購入=廃棄したくなるように仕向け、(データセンターのエネルギー効率は向上しているものの)さらに大量の計算によって人々を監視しながら広告によって欲望を拡大するという、非持続的な未来(反未来)のためのデザインである。そうした「現実」をデザインしている強い力に惑わされず、今日の現実をリデザインするためには、一体どうすればいいのだろうか。

スペキュラティヴ・デザインの冒頭でダンとレイビーは、私たちが通常思い浮かべる、商業主義のためのデザイン(肯定的デザイン)と、彼らが実践している、思索と議論のためのデザイン(批判的デザイン)の対比を示した。そんな彼らが今「デザインされた現実」スタジオで提唱しているのは、批判的デザインをさらにアップデートした「非現実のデザイン」、つまりデザインによる虚構の創造である(図1)。


私たちに必要なのは、いわゆる「デザイン」でも「アート」でもなく、リセット可能な条件なき想像=虚構の場である。そこは、どこにもない場としてのユートピアや、現実を肯定するディストピアではなく、「もし~だったら(what if)」あるいは「まるで~かのような(as if)」を実践している「ヘテロトピア(異在郷)」の場である。

ミシェル・フーコーが提示したヘテロトピア[3]は、デザインされた「いま・ここ」にある現実に異議を唱えるための、実在のカウンターサイト(反場所)である。この逸脱し、蓄積し、流動する別の場は、通常は相容れない複数の異質な空間が並置される反場所であるだけでなく、複数の時間が同時に流れるヘテロクロニー(異時間)の場でもある。ヘテロトピアやヘテロクロニーは、美術館や図書館、庭園から刑務所や精神科の病院、老人ホームや墓地まで、段差やくぼみに溢れたでこぼこの社会の中で、多様に遍在している。

人間と現実の関係を作り直すためには、現実と不可能の中間に位置するヘテロトピアとヘテロクロニーを、すでにある社会の中から発見するだけでなく、新たに作り出し、現実という概念そのものを拡張していく必要がある。デザインにせよ、アートにせよ、それらは人々を盲目にする未来予測を行ったり、人々を快適に麻痺(Comfortably Numb)させるためのものではない。

私たちのデザインされた(狭い)現実世界は、決して唯一のものではなく、無数の可能世界に囲まれている。だから私たちは、幾通りものヘテロトピアを描き、デザイン的実体によって現実をリデザインすることができる。今日の分断した格差社会は、現実と不可能の二元論を超えて、「ここではなく、今でもない」逸脱のヘテロトピアと社会的虚構=ソーシャルドリームを再び共有することができるのだろうか?



[1]Designed Realities Studio, https://www.designedrealities.org/
[2]Willis, Anne-Marie. “Ontological Designing—Laying the Ground.” Design Philosophy Papers, 2006.   https://www.academia.edu/888457/Ontological_designing.
[3]Of Other Spaces (1967), Heterotopias
  https://foucault.info/documents/heterotopia/foucault.heteroTopia.en/

注1 スペキュラティヴ・デザイン
製品や商品を開発するためのデザインではなく、人の心に変化を起こすためのデザイン。デザインするものを「プロップ(小道具)」と呼び、プロップの前で思索したり議論することで、人々の想像力を変化させ、そこから別の世界をつくりあげていくことを目指している。
アンソニー・ダン&フィオナ・レイビー『スペキュラティヴ・デザイン』久保田晃弘(監修),千葉敏生(翻訳)BNN新社(2015)

注2 存在論的デザイン
私たち自身は、私たちがデザインしたものによってデザインされている、つまり私たちの存在は、私たちがつくりあげたものによって規定されていると考えるデザイン。人が何をデザインするかではなく、人(の存在)が何によって、どのようにデザインされているかに着目する。
ものをつくらないものづくり #3 — 「ものにつくられるものづくり」という存在論的デザイン, Make: Blog, 2020.09.02, https://makezine.jp/blog/2020/09/make_without_making_03.html

注3 ビックテック
肯定的デザインを独占的に推進する、情報技術産業における支配的な企業。通称GAFA(Google, Apple, Facebook, Amazon)。



久保田  晃弘  (くぼた  あきひろ)
多摩美術大学情報デザイン学科メディア芸術コース 教授
アートアーカイヴセンター 所長
芸術衛星1号機の「ARTSAT1:INVADER」でARS ELECTRONICA 2015 HYBRID ART部門優秀賞をチーム受賞。「ARTSATプロジェクト」の成果で、第66回芸術選奨文部科学大臣賞(メディア芸術部門)を受賞。近著に『遙かなる他者のためのデザイン―久保田晃弘の思索と実装』(BNN新社/2017)、『メディアアート原論』(フィルムアート社/畠中実と共編著/2018)『ニュー・ダーク・エイジ』(NTT 出版 / 監訳 /2018 年)などがある。

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