「面子」と「秘すれば花」

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2020年1月号『美意識』に記載された内容です。)


日本は単一民族国家なので、その国民性が美意識を形成していると言えるが、アセアンはどの国も基本的に多民族国家。中華系、マレー系、インド系など様々な民族が入り混じって国が形成されているので、美意識はその民族ルーツによるところが大きい。

とはいえ、財界、政界は華僑ルーツであることも多く、華人の文化が色濃く反映されていることも間違いない。そんなアセアン華人と日本の美意識の違いは、ビジネスの行間でしばしばコンフリクトを生む。


華人の美意識の根幹、それは命よりも大切にしていると言われる“面子”である。この概念が、行動、人間関係といった人生の多くの側面を支配している。


実際よりも世間からの評価を重視するのが面子。中身よりも見栄え、目で見てわかる豪華さが何よりも大事なのだ。そして自分が如何にリッチであるか、を様々な場面で披露することは、まさに彼らにとっての美意識と言える。


「私の家はとても広くて迷うほど」、「私の父はとても金持ちだから」ということはごく普通の会話で多く耳にする。また、仕事の面では世間体に直結する“肩書”が大事で、仕事の中身に関わらず、何とかChairman、CEO、COOといった肩書をつけようとし、私も配下の役員陣との“肩書交渉”にはいつも悩まされている。


ケチと思われたら終わり、という意識がある一方、ビジネスの場面ではありとあらゆる手を使って、他人の利益より自分の利益、を追及してくるところが難しいところでもある。そこに面子は無いのか?とも思うのだが。


先日も、とある華僑系グループとのジョイントベンチャーを解散する交渉に臨んだが、当方が肩代わりする債務の返済保証を求める中で、相手は返済額の減額、返済期間を散々引き延ばす交渉をしかけてきたあと、保証証明の契約書へのサインを求めると、「こんなにリッチな私を信頼できないのか?」と言って嫌悪感を示した。「こんなにステイタスのある私が返す、と言っているのだから絶対に大丈夫だ」と真顔で言うのだ。


保証証明へのサインを求めらること自体、面子が潰れる、ということなのだろう。もっとも私に言わせれば、「そんなにリッチならこの場で一括返済してくださいよ」ということであり、その通り冗談交じりで伝えると、「それとこれとは別なのだ、わかるだろう?」としみじみと返してきた。


一方その後の会食では目を見張るばかりの豪勢な食事が用意され、相当値が張るであろうビンテージワインを蘊蓄の説明付きで振舞い、「私はリッチだから私にご馳走させてくれ」と言うあたり、日本人には本当に理解に苦しむのである。


さて日本には、“秘すれば花”という文化があり、知識にしても、豪華さにしても、ひけらかすのは美意識に反する。わかる人にはわかる、からである。それは“侘びさび”に象徴される、抑制の美、簡素の美、そして朽ちる中の美、にも共通する。茶の湯も極めていくと、どこまで詫びるか、で精神性の高まりを表現する。


また、裏地の文化、という言葉もあるほどで、表に見える部分はシンプルに簡素にしつつ、チラッと見える(あるいは人には見えなくても)裏地にこだわり、美意識の高さを表現する。このあたり、逆に華人にはまったくもって意味不明なのだが。


また、日本人にとって、自己宣伝、言い訳、自己の正当化、実行できないことをできると言う、といった行為は美意識に反する。見苦しい、からである。自己の正当性どうしのぶつかり合いから生まれる結果は、合意というよりも妥協、と考えられてしまう。


そんな美意識の違いは、ビジネスの場では苦労の源泉となってしまうことが多い。できもしないことは約束しない日本人と違い、華人やインド人は出来るかどうかわからないときは、基本的に、出来ると言ってくる。


非を素直に認めるのが心根の美しさと考える日本人に対して、華人は基本的に謝らない。うんざりするほどの言い訳を重ね、自分の正当性を主張して面子を守る。


したがって、いくら合意書を交わし、会議の度に議事録をとって確認しても、共通認識が出来ているかというと、そうでない場合が往々にしてあるのだ。


国や民族が違えば、時には正反対の美意識に遭遇する。何を美しいとするか、は違えど、いずれにしても生き方のプリンシプルであることは間違いない。日本の美意識が、多くの国から理解はされないけれど尊敬されるように、私も他民族の、特に今は仕事上切っても切れない華人の美意識を、理解はできないが何とか尊敬できるようになりたい、と思っている。




松風 里栄子(しょうふう りえこ)  
株式会社センシングアジア 代表取締役
博報堂コーポレートデザイン部部長、その後博報堂コンサルティング 執行役員、エグゼクティブマネジャーを経て、2014年、アジアへの海外進出支援を行う、センシングアジア創業。海外市場参入時の事業戦略・事業計画・マーケティング戦略と実行支援、コーポレートブランド戦略、CMO、マーケティング組織改革、M&A、ターンアラウンドにおけるブランド・事業戦略構築、新規事業開発で多くのコンサルティング実績を持つ。現在、シンガポール在住。

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