先日、東京・三軒茶屋にある中華レストランチェーンの求人の張り紙を見て、思わず足を止めてしまった。そこにはランチタイムのアルバイトの時給として、「1500円以上」という記載があったからだ。
もちろん人手不足で人件費が高騰しているのは重々承知しているが、知らぬ間に1500円というレベルまで達しているとは驚きだった。(念のため補足しておくと、同店のディナータイムの時給は1200円だった。学生に頼れず、時間的にも短いスポット的な働き方が求められる昼時は、実は求人の難易度が高いのだ。)
数年前から「人間は機械に仕事を奪われる」という煽りが、あらゆるメディアでたびたび繰り返されている。テクノロジーによって人間の労働が軽減されて生産性が大きくアップする世界は、ある種の理想ではある。
しかし、そこに至るまでにはまだまだ時間が必要なようで、少なくとも直近のビジネスシーンでは、みな口を揃えて「人がいない」と言い合っている。中でも、いつの間にか「ブラック」な業界の筆頭格とされてしまった外食産業は、求人にひときわ苦労しており、人手不足は経営を直撃し始めた。
私の身の回りでも、売上不振ではないのに働き手を確保することができず、やむなく店を閉めることにしたという話を耳にするケースが出てきている。
損益上は黒字なのに資金繰りが回らず倒産することを「黒字倒産」と言うが、外食産業の世界では「人繰り」がうまくいかない「人材ショート倒産」が起きつつあるというのは、もはやジョークではなくなっている。
こうした状況では、いくら鼻息荒く事業規模拡大を目指そうにも、それを一緒に叶えてくれる肝心の仲間がいないのだから、計画を見直さざるを得ない。需要面からではなく、そもそも供給面として拡大路線は極めて成立しにくくなっているわけだ。
かつてと異なる若手外食経営者
ただ、こうして外部環境が変わっただけではなく、外食企業の経営者のキャラクターも、以前とは変わってきたように見える。10年程さかのぼれば多くの若手起業家は「上場」「年商100億円」「300店舗達成」などを目標として掲げ、それを実現すべく奮闘していた。
そして「M&A」「フランチャイズやライセンス展開」「超低投資での出店」「オフバランス」など、急拡大のための施策を次々に実行していた。あえて悪く言うならば、彼らにとって大切なのはビジネスそのものであって、外食はあくまでツールにすぎなかったということなのかもしれない。
しかし、この数年、外食業界の中でそうした起業家を見かけるケースはぐんと減った。それは多くの人が国内で事業を大きく成長させるのは難しいと気づいたからという理由もあるが、それ以上に、そもそも最近の経営者は「単純な規模拡大を目指していない」ということに由来する。
例えば、コーヒーや日本酒、チーズに肉。あるいはイタリアやベトナム、メキシコの料理。その対象は何でも構わないが、自分が好きなモノや領域を見定め、その美味しさや魅力を人々に伝えていくことに意義を見いだすタイプの経営者が増えている。
ちなみに、最近ではイタリア料理ではなく「シチリア料理」、中華料理ではなく「雲南料理」など、大きな国単位ではなく、地域にフォーカスする飲食店が増えているのも、本当に好きなものが明快だからだろう。
彼らはその対象への愛を顧客に語りかけたり、生産者と密に繋がったり、従業員とのチームビルディングに励んだり、店のあるエリアの活性化に貢献しようとしたりする。
こうして「丁寧に」事業を構築しようとする姿勢が、急成長と相性が良いわけはない。必然的に目指す姿は「緩やかな成長」になり、あるいは必要以上に膨張するのではなく「規模は一定のところで打ち止め」という判断をしたりするようになる。
テクノロジーが外食に大きな影響を及ぼす
外部環境、若手経営者のキャラクターの変化。そしてもうひとつ業界を変える大きなファクターとなっているのはテクノロジーだ。
先日、ある人にこんな質問をされた。「いまどきの合コンで、一番いい感じなのって、どういうものかわかります?」 その人が言うには、それは「スペースマーケットとマイシェフの組み合わせ」とのことだった。
スペースマーケットとは、日本のシェアリングエコノミーを牽引するサービスのひとつだが、空いているスペースとそこを使いたい人をマッチングしてくれる。そしてマイシェフとは、予算やジャンルに応じて料理人が出張して、その場で料理をつくってくれるサービスだ。
これを組み合わせることで、例えば「キッチンとテラスのあるおしゃれなパーティルームで、イタリアンのコース料理を男女10人で楽しむ」というようなことが可能になる。果たしてこれが最先端の合コンかはさておき、いつもながらのレストランでのパーティプランよりも、非日常の楽しい体験ができることは容易に想像できるだろう。
例に挙げたケースは、レストランの利用シーンを他サービス(スペースマーケットとマイシェフの組み合わせ)が代替しているわけだが、この意味することは実は大きい。飲食店とは要素分解してみると、「飲食物」「サービス(接客)」「場(店舗)」という3つの要素を同時に提供していると言える。
この3要素は原則として「三位一体」として、これまで機能してきた。しかし、先程の例で言えば、場はスペースマーケットが、そして飲食物と一部のサービスはマイシェフが担っている。異なる事業者が連携すれば、飲食店を代替できてしまうわけだ。
最近、東京の中心部では「Uber Eats」というデリバリーサービスを見かけることが非常に増えた。出前やデリバリーは今に始まったものではないが、最近はUber Eatsと連携するレストランが増えているおかげで、自宅や職場で楽しめる料理のバラエティが格段に広がっている。
これも先程の3要素で捉えると、飲食物は店舗が用意するが、場はお客自身が決める。そして接客は不要で、モノを場に届ける配送の機能さえあれば良いというわけだ。
あるいは近頃はコンビニのイートインコーナーで食事をする人も多いが、そのシーンの多くは元々は飲食店がおさえていたはずだ。しかし、コンビニが飲食物と場を提供してくれたおかげで、サービスはなくとも十分に食事を楽しめるようになった。
「解体と再構築」、そして新しい価値観へ
こうしたケースを見ていくと、飲食店を取り巻く環境で何か起きているかが浮かび上がってくる。それは一言でいえば、飲食店の「解体と再構築」である。これまで不可分だった飲食物・サービス・場という3要素がまずは解体されつつある。
そして、デリバリー、コンビニ、ネット通販、レンタルスペース、ケータリングや出張料理サービスなど、様々なサービスやプレイヤーの登場によって、人々はその時々の「最適な食シーン」を飲食店に頼らずに自在に構築できるようになった。
その結果として、例えば「社員同士の懇親」が目的ならば、居酒屋の宴会プランを利用するのではなく、「手ぶらで行けるバーベキュー場」が選ばれるようになっているのだ。頭の固い居酒屋経営者は、まさか自店の利用シーンをバーベキューに取られているとは想像もしないだろう。けれども、これが実態なのだ。
こうして今や、それぞれの飲食店はその存在意義を問われるようになった。言うまでもなく飲食店のすべてがその価値を奪われるわけではない。「毎日でも通いたい、おいしい料理と温かい接客の定食屋」「記念日に特別な時間を過ごせる華やかなレストラン」、こうした店がなくなることはないはずだ。しかし、「どのような価値を提供しているのか?」という問いに答えられない飲食店は次第に淘汰されていくだろう。
ただし、ここでいう価値は決して難しいものではない。世の中の変化を見ていれば、自然といくつかのキーワードが浮かび上がってくるはずだ。それは「コミュニティ」「コミュニケーション」「サステナビリティ」「循環」「地域とのつながり」「生産者・生産地」「共感」「コラボレーション」「チーム」などなどだ。
子安 大輔 (こやす だいすけ)
株式会社カゲン 取締役
東京大学経済学部卒業後、㈱博報堂入社、マーケティングセクションにて食品、飲料、金融などの戦略立案に従事。2003年博報堂を退社し、飲食業界に転身。著作に「『お通し』はなぜ必ず出るのか」(新潮社)など。