社員の人生を大切にする メルカリ〜世界と戦い未来をつくる〜

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2021年9月号『子どもドリブン:未来に挑む企業の芽』に記載された内容です。)

本稿は、株式会社メルカリPeople Experience Manager望月達矢氏へのインタビューをもとに、株式会社メルカリ取締役President(会長)小泉文明氏の発言を加味して、作成しました。

 

いまや社会インフラともいえるほど広く老若男女に利用される(月間利用者数2千万人に迫る)フリマアプリを提供している株式会社メルカリは、2018年6月の上場から3年余りの若い企業ですが、その社員向けプログラムはすでに日本の上場企業の先端を走っています。

メルカリは日本で、「Go Boldに思いっきり働ける環境」(Go Boldは同社バリュー=価値観の一つ)をより充実させていくために人事制度「merci box(メルシーボックス)」を導入し、「産休・育休の支援(復職一時金の支給)」をはじめ、妊活の支援、病児保育費の支援、介護休業支援、社員の死亡保険加入などを整備しています。


さらに、2021年5月には「卵子凍結支援制度」、「0歳児保育支援制度」を試験導入し、併せて休暇制度「Sick Leave(シックリーブ)」(社員本人の病気・ケガを事由とした休暇を年10日間、有給休暇とは別に付与する制度)の対象範囲を社員本人だけでなくペット、パートナーも含めた家族にまで拡大しました。なぜメルカリは、ここまでやっているのでしょう?

 


多様な人材が活躍できるように


 

これらの施策について、「世界的に競争力のある組織」を目指し、多様な人材が活躍できる環境を創るため、とメルカリは説明しています。メルカリの日本での社員は1,700人ほどで、約40ヵ国以上からの社員が集まっています。また、メルカリ東京オフィスのエンジニアリング組織の約半数は外国籍のようです。インフォグラフィック(図1)のように、新たに海外からメルカリに挑戦してくれることを決意した社員に対しては手厚いサポートをしています。

 

図1:東京オフィスのエンジニアリング組織の約半数は外国籍


さらにメルカリは、多様な人にサービスを受け入れてもらうには、国籍に限らず組織の多様性が不可欠であると考え、多様な人が活躍して輝ける環境をつくり続けています。それゆえ、ダウンサイドリスクを会社がサポートすることで安心感を与え、思いっきり働ける環境を後押しして、誰でも活躍できるよう努めています。

ちなみに、メルカリの育休や祝い金などの施策は、「同性パートナーはもちろん事実婚も対象」としています。これは一例ですが、、このようにメルカリではDiversity & Inclusionを積極的に推し進めています。merci boxに代表される施策も、単なる女性活躍や海外人材活用にとどまらない、ワールドクラスの組織に発展するための、取り組みといえるでしょう。

 


選ばれる会社になるために



IT技術者不足はよく知られていますが、その獲得競争は熾烈です。日本に限らず、世界からトップ級の人材をリクルートするメルカリにとって、海外の他社でなく自社を選んでもらえる魅力が必要です。また、日本でも価値観が変わりつつあります。したがって、ベネフィットをはじめ、いかに多様な人が活躍できる環境にすることができるかが問われます。

「今までの日本社会は『会社が上で、個人は下』だったけれど、これからは会社と社員が横の関係。僕らが社員から選ばれなければいけなくなる。しかも競争相手はグーグルのような巨大企業なのです」とメルカリ取締役President(会長)小泉文明氏。

メルカリでは、働きたくても働けないといったダウンサイドのサポートとして、復職するためおよび復職後のケアも充実しています。会社に復帰して子が満1歳になるまで保育園やベビーシッター費用の補助があり、認可外保育園に入園した場合は認可保育園の保育料との差額、そして病児保育代(制限あり)を会社が負担します。

一方で、アップサイド(家賃補助など個人で使い方を選ぶようなもの)のサポートは原則行わず、給与やインセンティブといった報酬増で報いるようにしています。メルカリはどんな能力の社員がどんな状態で仕事に取り組むかで、得られるパフォーマンスは大きく変わると考えています。そこで大事になるのが会社への共感だといいます。その共感を高めるためにどんなEmployee Experience=社員体験を提供できるのか、向上させることができるのかが肝要です。

そして、ここに注力をしていくべく、2年ほど前に「People Experience Team」を立ち上げました(メルカリでは主従関係的に見えないようにEmployeeをPeopleに代えています)。

 


社員の人生を豊かにする



「ミッション達成のために社員は会社に集まっていますが、その達成の過程で働く人をないがしろにしてはいけないし、働く社員の豊かな人生の達成にも責任を持たなければならないと考えています。そして、その達成には社員本人だけでなく、社員にとって大切な存在をケアすることもとても重要であるという感覚を持っています」とメルカリPeople Experience Manager望月達矢氏は語ります。

したがって、社員の家族が病気のとき看護のためにシックリーブ(有休とは別に休暇を付与)もとれるようになっていますし、万が一のときのために全社員への死亡保障、その他では、例えば新型コロナ・ワクチンの職域接種では家族や大切な人(パートナー)も受け入れました。不妊治療、卵子凍結も社員の配偶者やパートナーが利用できます。

結婚しない、子供を持たない、など様々な人がいてよいと思っています。なので、誰もが人生の特定のタイミング等で直面する可能性があり、個人の負担で乗り切るには精神的にも経済的にも負担が大きいものはをケアしようということです。具体的にどういう施策を実施するか、望月氏は、人事チームの二つの努力をあげます。

○定期的にオープンドア(社員の声を聞いたり意見をもらう会)を開き、どんなダウンサイド(突然の病気やけが、出産や育児、介護などライフイベントで起こりうる、働けなくなるような問題)があるか理解する
○チームメンバーが外の情報をキャッチし、研究する

将来顕在化するダウンサイドは何かと一年くらいチームで考え、アップルやフェイスブックなどが不妊治療だけでなく卵子凍結を支援しているといった、シリコンバレー企業の福利厚生を調べたそうです。その上で、出産適齢期とキャリア形成がかぶることによる不安(ダウンサイド)を取り除きたいと考え、メルカリは卵子凍結支援を制度化しました(採卵、凍結保存などの卵子凍結に関する費用を会社が負担)。

これらの制度は働き方が多様化する社会において、社員がキャリア形成やライフプランを考える上で、より幅広い選択肢を提供し多様な人が活躍できる環境にすることを目的としています。

 


高い実践率の理由



もちろん制度化しても使われなければ意味はありません。各国の育休制度を比べると日本はトップクラスの充実度ですが、男性育休の取得率は1割強、そしてその7割が2週間未満とごく短期にとどまっています。

メルカリは、上のインフォグラフィック(図2)のように育休は男性も約90%が、しかも平均約2ヶ月としっかり取っています。そして育休後の復職率は100%。

 

図2:男性社員の育休取得率は約90%


merci boxで産休・育休関連が目立つのは、年齢も比較的若く介護などのダウンサイドより出産・育児などに直面する人が多いというのはあります。また、産後に身体が戻るまで時間かかる(日本では無痛分娩が主流でもないなどもあり、なおのこと)、働きたくても働けない、子供が生まれることで仕事に使える時間帯が限定されるなど、ダウンサイドが顕著な部分であるからです。

望月氏は語ります。「何十年というキャリアの中で2ヶ月はもちろん1年以上だとしても育休をとって会社を離れることは停滞にはならないのでぜひ取得してほしい。今まで通り仕事をしていたら気づかなかったような価値観を持って帰ってきてください、と伝えています」。男性が育休を取れない理由について、大きく三つを望月氏は指摘します。

○お金の問題・・・これはmerci box(制度)でカバー。
○休めない問題・・・育休は突然ではなくある程度取得時期は前から分かっているのに実践できないのは属人化解消・権限移譲の良い機会だと考え、業務を整理して自分でなくてもできるように「メカニズム化」しましょう、と働きかけ。
○浦島太郎問題・・・いつでも会社の状況がわかるように、コミュニケーションの接点やツールのアカウントを止めない(状況により、受け手が見ない選択をすればよい)。

そして、「小泉さんから、社長の俺が取れるから誰でも取れるぞ、と言われ、実際に私の第一子の時も、小泉さんから「育休は?」と声をかけられました」と望月氏。カルチャー醸成の旗振りをトップもやることで、正直実践率はぐんと上がります。いまは育休について、「いつからいつまでとるの?」と聞かれるのが社内の当たり前になっているそうです。

筆者が参加した小泉氏が登壇したイベントでは、男性が育休を取るために上司を説得する難しさや育休後にちゃんと職場復帰できるか不安を語る方々、さらには、そうした体験から、会社を辞めてしまった方もいました。男性が育休をできるだけ取らない、または、取得しても短くするようプレッシャーをかけられるという会社で働いている人もいました。

法的に権利とされている育休を取りにくい企業体質が当たり前のようになっているのは問題ですし、メルカリのような取り組みは競争上の優位性にもつながるのではないでしょうか。

 


共感を呼び、人を惹きつける



「こうした制度を利用した方の定着率は高く、感謝の声が多いです。」、そして、「merci boxを使ってない人も多いですが、認知度は高く、大きな不満はみられません。より多くの人のダウンサイドをカバーしてくれているので協力したいという声、背中を押してくれるコメント、会社を誇りに思うといった声も聞かれます」と望月氏は語ります。

このように多くの社員の共感を得ており、インナーブランディングやエンゲージメントへの貢献は大きいと思われます。また、メルカリでは社内のSlack(世界で最も普及している社内用ビジネスチャットツール)に自由に部活を起こせますが、その一つであるパパママのチャンネルには200人以上が集まり、保育園の見極めポイントや子どもの誕生日のプレゼントなど、質問や回答などとても活発です。

このように、コミュニケーションが一つの鍵になります。SNS当たり前の時代には、自発的につながる社内のコミュニケーションが、施策の効果と実践率を高め、社員体験やエンゲージメント、そして生産性や創造性に、プラスの影響をもたらすでしょう。

また、merci boxは採用面に効果がみられます。「多くの方に好感を持っていただいており、リクルーターは自信を持って候補者に接しています。ミッションと同等なくらい強く共感してくれる場合も少なくないです」と望月氏。これらのケアにより採用競争力が上がり、安定感のある大企業からメルカリへの転職でも家族からのストップもかかり難くなっているそうです。

一般的に、マーケティングやメディアにおいて、個人の位置付けが上がって主役になりつつありますが、企業と社員の関係も社員本位でアプローチすることがますます大切になっているのではないでしょうか。さらには、単なる人的資源としての社員の重視ではなく、社員の体験や人生を大切にしようという視点と姿勢がますます問われるようになるでしょう。

人生・家庭がうまくいけば仕事にも身が入る。それが評価され、さらに仕事が楽しくなる。よい職場と仲間だと感じれば、エンゲージメントや共感も上がる。といったよいサイクルをつくることができれば、さらに会社も発展することができるでしょう。

メルカリの「merci box(メルシーボックス)」制度 《クリックして拡大》

 

本荘 修二  (ほんじょう しゅうじ)
本荘事務所 代表/多摩大学大学院経営情報学研究科(MBA)客員教授。新事業を中心に、イノベーションやマーケティングなどの経営コンサルティングを手掛ける。日米の大企業、ベンチャー企業、投資会社などのアドバイザーや社外役員を務める。500 Startups、始動ネクストイノベーター、福岡県他のメンターを務め、起業家育成、 コミュニティづくりに取り組む。監訳書に「ザッポス伝説」「ザッポス伝説2.0」がある。

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