そこでの議論は大きく二種類あり、一つは長時間労働抑制や、出張等の移動削減といった「生産性向上」を目的としたもの、もう一つは、女性や外国人の登用、そしてそれを実現するため柔軟な働き方を認める在宅勤務やフレックス制導入といった「多様性向上」を目的としたものである。
しかし、生産性や多様性は、自社の業績を向上させるための手段であり目的ではない。業績向上のためには、従業員の「アウトプットの向上」の方がより重要となる。
つまり「アウトプットを向上する」という大きな目的を果たすために、その手段として生産性や多様性を向上させるのであり、それらを実現するためのベースとして働き方を変える必要があるのだ。
そもそも、生産性向上というとすぐに業務改善や残業削減といった、労働力削減により生産性を高めようとする議論になりがちだ。しかし、生産性向上は、同じ労働力でも生み出す価値の方を高めることによっても果たせるし、むしろ価値を高める努力をしたほうがアウトプット向上に繋がりやすい。
また、多様性についても、柔軟な働き方を認めることで人材確保することは実は目的ではない。多様性を高めることの本来の目的もアウトプットの向上のはずだ。
なぜなら、多様な価値観の人材を揃えることで、発想が広がり、議論が活発化し、化学反応が起こり、従来では思いつかなかった結論に創発的にたどり着ける可能性が高まるからである。
だから、働き方改革の本質とは、業績向上に貢献することであり、そのために個々人のアウトプットを最大化することであると私は考えている。
マーケティングは消費者主導へ
さて、働き方改革の本質に触れたところで、ここからは本誌のメイン読者であるマーケターの働き方に議論を移そう。企業が従業員に求めることが「アウトプットの最大化」だとすると、マーケターに求められるアウトプットとは何だろうか。
当然、業界や企業によって違いはあるが、一つに絞るとすれば「一人でも多くのお客さまに製品・サービスを購入いただくこと」に尽きるのではないかと思う。
マーケティングの潮流として、いいモノを作れば売れた「メーカー主導」の時代から、お客さまとの接点をもつ「リテール主導」に移ってきたと私は考えている。コンビニエンスストアの力は強く、アマゾンや楽天といったECも台頭しており、オンラインを含めたリテール側の力が強くなっている。
この要因の一つは、決済データを元に消費行動が把握できるためであり、消費者のニーズを行動ベースで抑えられるリテールが力を増しているのである。
私は、今後これが「消費者主導」へとより進化してゆくと考えている。消費者ニーズの把握が重要とすると、更に上流にある「消費者そのもの」の影響力は必然的に増していく。
何より、Twitter等のSNSの台頭により、企業側が発信する広告メッセージよりも、消費者自身が発信するメッセージのほうが数が圧倒的に多くなっている。そうした消費者に、自社製品について話題にしてもらえないと、製品の認知や理解が進まないことになる。
だとしたら、いいモノを作ることや、ニーズを満たすことよりも、「消費者に話題にしてもらえる製品・サービスやメッセージを届ける」ことによってこそ、アウトプットが最大化されるようになる。
マーケターに求められる人物像
では、マーケターがアウトプットを最大化するために、どういった人材が求められるのだろうか。まず第一に、強いアイデアを生み出せることである。
消費者が「周りに発信したくなる」という動機を抱くためには「伝えたら面白そう」と思ってもらえる強いフックが必要である。過去の焼き増しでは誰も発信してくれないし、面白くなければ発信してくれることはない。
ただし、必ずしも自分で生み出す必要はなく、むしろ、周囲のメンバーや、広告代理店等のパートナーを巻き込み、多様な考え方を引き出しながら、面白いアイデアを創り上げていける人材が求められるといえる。
第二に、消費者を理解することが欠かせない。消費者に買ってもらうだけでなくて、SNSで「広めてもらう」ためには、より深い消費者インサイトの理解が欠かせない。だとすると、データを分析しているだけではダメで、自ら購入したり体験したりして、消費者の感覚を肌で理解している必要がある。
自分がいち消費者として体験しないと「何ならシェアしたくなるか」というインサイトまでたどり着けないし、アイデアがたくさん生まれても「どのアイデアなら刺さるか」という判断ができない。
第三に、実行するスピードの早さである。新しいアイデアが流行るかどうか、調査しても得てして分からないものである。たとえば、ポケモンGOが出る前に「歩きながらボールを投げてモンスターを捕まえるゲームしたいですか?」と聞いてやりたがった人はいないだろうし、消費者間のバズにより左右されているので企業側は予測することが難しくなっている。
だとしたら、従来のように調査して分析して施策の成功確率を高めることに時間を使うよりも、不確実だけどまずやってみて、ダメだったらやり直して、というようにスピードを上げることの方が、これからは大事になるはずだ。
マーケティング組織に求められる働き方
上述のような人物像がこれからのマーケターに求められるとしたときに、それを果たすためにはどのような働き方が必要とされるのだろうか。
一点目については、多様な人材を自身の周りに揃えることだ。自分とは異なる価値観だったり、ライフスタイルだったり、考え方を持っている人材を集めたい。
そのために、女性も男性も、外国人も日本人も、働きやすい職場環境や人事・労務の制度を整備する必要があるだろう。また、アイデア出しをするための時間を生むために、事務作業や会議を削減するといった、業務効率を高めることも重要だ。
二点目の消費者理解のためには、まずオフィスから外に出ることだ。外に出て、消費者として購入経験や利用体験を重ね、消費者を目で見て、世のトレンドをタイムリーに肌で把握したい。
そのために、リモートワークだったり、社外からの社内データアクセスだったり、情報共有ツールだったり、といったものを揃えて柔軟な働き方ができる環境を整えたい。
最後の三点目は、業務プロセスや権限委譲の見直しが求められるだろう。意思決定するために何人もの承認が必要で時間を要したり、決めるためのデータ分析にばかり時間をとられてしまっていては、いつまでたってもスピードは上がらない。
ここについてはマネジメント層の意識から改革し、思い切った権限委譲を断行するといった姿勢が求められる。これまで見てきたように、働き方改革の本質は、業務効率化でも、働きやすい職場作りでもなく、アウトプットを最大化することである。
そして、アウトプットを最大化するために、必要な人材像を特定し、そうした人材を採用し育成するために、働き方を見直す必要があれば、変えていけばよいのだと思う。決して働き方改革そのものが目的にならないよう留意したい。
唐澤 俊輔 (からさわ しゅんすけ)
慶應義塾大学法学部卒業。グロービス経営大学院経営学修士(MBA)修了。
大学卒業後、日本マクドナルド株式会社に入社。28歳にして史上最年少で部長に抜擢される。経営再建中には社長室長やマーケティング部長の立場から、チェンジ・エージェントとして組織内部からの変革を推進。全社のV字回復を果たす。
2017年9月より株式会社メルカリへ。執行役員VP of People & Culture 兼 社長室長として、人事・労務・総務とそのための社内システム開発、および社長室を担当。人や組織の観点から急成長するメルカリの更なる拡大やグローバル化を推進している。