「働き方改革」への戸惑いと、新たなマーケティングチャンス

仕事は、自由の制約?
桜の美しいこの季節、各職場では新旧の空気が入り混じる。

退職者は、明日からの無限大の「自由」への不安を抱える一方で、新人は、これから何十年と続く組織の制約中での「不自由さ」を抱く。――あれだけ“嫌だ”と思っていた仕事がなくなる不安を覚えるのはどうしてだろうか。女性の妊娠時はなお更である。

時にかけがえのない子供と天秤にかけてしまうほど“頑張ってきた”仕事に対して複雑な気持ちに襲われる。我々は当たり前だと思っていたものがポッカリと無くなってしまうとき、改めてその価値を突きつけられる。多くの人にとって、仕事と人生は切り離せないものだ。


“ホワイトカラーの工場化”への懸念
昨今ワークライフバランスという言葉が盛んとなり、以前と比べようもない程労働環境は、より良い方向に向かおうとしている。一方で、その本質が十分に理解されず、時間管理ばかりが強調され、残業カットという通り一遍の解決策に、企業も働き手も戸惑いを隠せない。

残業カットとそのための分業と効率化…つまり、誰でも効率的に動く組織の仕組みを求められている。その仕組みの実現の暁には、早く帰れたり、休みがとれたりする時間の自由度が確保される安心感があるだろう。

しかし一抹の不安も感じるだろう。それは自分がいなくとも組織が動く実感。もっと想像を膨らませれば、まだ見ぬAI(人工知能)が到来し浸透した後の、労働市場における自分自身の付加価値に対する漠たる不安感である。

あくまで可能性の話であるが、時間効率化が行き過ぎると、血の通った労働者の個性や存在感を軽視した“ホワイトカラーの工場化”を目指すことになるかもしれない。

それは一見、効率的であるように感じられるが、そうでないことは、経営学において古くからメイヨーのホーソン実験で実証されている。研究の含意を要約すれば、人間は機械ではないので、物的環境もさることながら「社会的承認」や「人間関係」が生産性向上に大きく影響するという。

言われてみれば当たり前のことだと思うが、1920年代当時、それまでテイラーの「科学的管理」の正当性が信じられていたことと同じように、2018年現在の働き方改革の中でも、人間の感情や目に見えないコミュニティの連帯感を見失いがちだ。

最近のフェイスブック社の従業員調査においても、働き手が重視することは、地域・年齢問わず「仕事への内発的動機づけ」「一体感・帰属意識」「仕事の社会的意義」の3つであることがわかった。これらは目に見えないことから「心理的契約」とも呼ばれている1)。


これから求められるもの-セルフマネジメント力
このように、人の労働には目に見えない「心」や「他者とのつながり」の要素が付きまとい、それ故に繊細なマネジメントが求められる。しかし企業が従業員の心のヒダに寄り添うにも、限界がある。

また労働者側も、労働環境改善の風潮を逆手にとり組織に甘えすぎてしまっては、誰かの負担を他の誰かに転嫁するだけの構造に留まるため、結局は、社会全体の生産性向上には繋がらず真の働き方改革は促進されない。従ってこれからは、働き手の主体的なセルフマネジメント力も相応に求められてくることになるだろう。


仕事と遊びに境界はあるのか?
仕事のセルフマネジメントをするならば、出来れば「楽しく」働きたい。我々は「仕事はつらく」「遊びは楽しい」といった常識にとらわれがちであるが、時に、遊びと仕事との境界線さえも見えなくなってしまうほど、没入して仕事をこなした経験は誰しもあるだろう。

それが「好きな仕事」でなくともだ。例えば、大学生の教育の現場でさえもよくあることだ。プロジェクト型実践教育の場で最初は難しくて辛いと感じていた学生も、仕事になれ、仲間と課題をこなしながら、一つひとつ達成していくと、次第に手ごたえを感じ、「すごく楽しかった」と口々にいい始めるのだ。

これらの学生のコメントは、遊びと仕事との境界がないことを暗示するものである。チクセントミハイは、このような、ある活動の行為に人が没入しているとき「楽しい」と感じる感覚を「フロー(flow)」とよんだ。

そして、この感覚は遊びだけではなく仕事の領域にも生じうる、ということも明らかにしている2)。このフロー状態を促進させるためには、人が直面する課題とその課題を解決するための当人のスキルとがうまく釣り合っていることが重要である。

体が自然に動いて的確に反応するけれども、いちいち考えなくてもそうできることが「楽しい」という感覚で感じるからだ。一方、課題とスキルのレベルが釣り合っていないと、失敗や敗北への「不安」が生じる。

反対にあまりにも簡単に成功するものは、「退屈」が生じフローは達成されない。チクセントミハイの主張が正しければ、我々は安定した状態を「退屈」だと感じ始め、出来そうな範囲で刺激を求めて「フロー」に入る、「フロー」状態が行き過ぎると「不安」になり、再び安定した状態を求めるようになり「退屈」に戻るのだ3)。

このように「退屈」と「フローによる楽しさ」と「不安」の気持ちの繰り返しにより仕事にムラができてしまう。たとえ好きな仕事をしていたとしても、没入状態を維持することが難しいならば、マネジメントをすることは想像以上に難しいだろう。


自由な働き方への戸惑いとチャンス
人々の多様性が認められ、より人間らしく働くことを希求する中で、新しい雇用形態やサービスも生まれつつある。

例えばフリーの各専門分野の働き手が、在宅で業務請負ができるよう、コンピュータのクラウド化を活用し、業務の打ち合わせから納品までをネット上で完結するプラットフォームサービス4)や、出産や結婚を機に働き方を変える文系大卒女性をメインターゲットに絞りこみ、「総合職業務」というやりがいのある仕事を、「フリーランス」という形で、出勤日時や労働時間を自由に調整できる働き方を可能にしている人材紹介サービスなどがある5)。

ITの発達により遠隔業務も可能になり、しなやかな人間らしい働き方が可能になるインフラが整いつつあることは確かだ。やり甲斐もありながら、時間や場所の制約を受けない働き方が可能になりつつある中で、新たな課題は労務管理の問題であろう。

つまり、働き手は過度に人生の時間を制約されない「自由」を手にいれようとする一方で、今度は、自分の24時間を自己管理するという新しい課題に対峙する。その新たな課題の克服に向けて、“セルフマネジメントビジネス市場”というものが、勃興してくるかもしれない。
例えば、時間管理システムや呼び出し機能などの秘書業務はもちろん、業務監視機能や、パフォーマンス評価機能、さらには、フォローしてくれる上司や優しいメンター機能など、これまで組織が担ってきた、暗黙知も含めた労務管理機能である。

社会全体の生産性向上のために、従来は企業別に行ってきた労務管理の機能が社会全体に必要になるだろう。つまり、働き方改革により、広がる選択肢と時間や場所の制約を受けないという「自由」に我々はまだ十分に慣れてはいないのだ。そして、そこにこそ、新たなマーケティングチャンスがあることは言うまでもないだろう。

1)ロリー・ゴーラー,ジャネル・ゲイル,ブリン・ハリントン,アダム・グラント(2017.3.20)
「フェイスブックの調査でわかった、人が働くうえで重視する3つの動機」ハーバードビジネスレビュー.ORG翻訳マネジメント
 http://www.dhbr.net/articles/-/5275(2018.3.20確認)
2)ミハイ・チクセントミハイ . (1991). 『楽しむということ』 思索社
3)渡辺潤監修(2012)コミュニケーション・スタディーズ,世界思想社
4)例えば、クラウドワークス社 https://crowdworks.jp/ など(2018.3.20確認)
5)例えば、ワリス社 https://waris.co.jp/ など(2018.3.20確認)



本庄  加代子  (ほんじょう  かよこ)
コンサルティング会社で出産・育児をしながら女性管理職として就業。
現在子育てをしながら、博士課程に在籍しつつ大学で教鞭をとる。
東洋学園大学 現代経営学部 准教授、
日経ビジネススクール 講師・マーケティングコンサルタント
日本マーケティング学会 女性マーケティング研究会リーダー。
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