就労困難者の活躍を支える スタートアップ:NEXT HEROの挑戦

スタートアップ企業VALT JAPAN株式会社は、労働市場における重要な役割を果たし、就労困難者の新たな活躍機会を提供する取り組み「NEXT HERO」を展開している。この対談では、そのビジョン、ビジネスモデル、そして創業者の背景に迫った。

労働市場の不均衡を是正し、活躍機会を提供する

小野 私たちは2014年に設立されたスタートアップ企業で、現在は10期目に突入しました。私たちのビジョンは、「就労困難者の大活躍時代」を築くことです。これまで10年間、スタートアップとして活動してきました。

───なるほど、素晴らしいビジョンですね。具体的にはどのような活動を行っているのでしょうか。

小野 当社が目指しているのは、労働市場の構造変革です。現在、日本では労働力の減少が深刻な問題とされています。内閣府等、国の公開データによれば、20年後には約1,500万人の労働者が減少する予測です。さらにリクルートワークスでは、労働需要と労働供給のギャップが1,100万人。1,100万人の労働供給力が不足するというデータがあります。しかし、日本財団の調査では、障害者、難病患者、受刑者などを含んだ約1,500万人の就労困難者がいることが報告されています。すると、ここで不思議なことに気付くんです。一方では労働力が不足し、もう一方では、まだ働ける人がたくさんいる。これは労働市場の不均衡が起きているというふうに捉えることができますよね。われわれは、この労働市場の構造の不均衡を是正して、労働市場の構造変革にチャレンジしていきたいんです。

───ビジネスモデルはどのようになっていますか。

小野 課題を抱えている企業はたくさんいらっしゃいます。そうした企業から、われわれはアウトソーシングという手法を通じて、データ入力、物流、清掃、AIの教師データ作成など、400種類を超えるさまざまな仕事を受注しています。そして、これらの仕事を全国の就労困難な人々に再分配し、新しい活躍機会と賃金向上を生みだす。これが私たちのビジネスモデルです。

───就労困難な方々の能力や特性は異なりますよね。どのように対応しているのですか。

小野 確かに、ワーカーの能力や特性は多様です。私たちはその情報を収集し、彼らが活躍できる市場と企業の需要をマッチングしています。このデータに基づいて、7つの市場を選定し、営業活動を行っています。そして、このデータをもとに仕事を再分配し、新しい仕事と機会を提供しています。このモデルを「NEXT HERO」と名付けて、サービスを展開しています。

 

経験者の視点から見た就労問題と社会的アセットの最大活用

小野 私はもともと塩野義製薬のMR(医薬情報担当者)をしていました。精神疾患系と生活習慣病系の医薬品を担当していたんですが、同時に、摂食障害である過食症・拒食症を患っていました。この疾患は国内に20万人ほどの患者がおり、その9割は女性です。世界的にも大きな問題とされていて、モデルやファッション業界の人々がダイエットをして発症するなど、影響が大きいです。私は大学時代から社会人になるまで5年間、この疾患と闘っていました。

───ご自身が摂食障害を経験されたんですね。

小野 はい、自分自身が当事者でした。そんな中で、ある日、廃校になった小学校の教室を借りて、精神疾患の患者さんが集まる患者会が開かれていたので、私はそこに参加しました。当時、私は摂食障害という言葉を知らなかったため、自分が世界で唯一の症状を抱えていると思っていました。その患者会では、約30人の患者が集まり、症状や疾患、治療法などについて情報交換が行われていました。しかし、一人ひとりの状況や治療法は異なり、共通点はたった一つだけ。それは、仕事が上手くいっていないということでした。

 

 

 

───皆さん、仕事が上手くいかないことが共通の問題だったわけですね。

小野 その通りです。この問題は就労支援や福祉の分野では以前から議論されていましたが、当時の私にとっては驚きでした。精神疾患の医薬品を服用すれば症状は安定し、QOL(生活の質)が向上するというエビデンスを見ていたため、服薬後に仕事に戻り、再び症状が悪化するという負のサイクルが理解できず、この状況に驚きました。それと同時に、私は医薬品を開発する立場にはいないけれど、障害や難病を抱えた方々が仕事を通じて活躍する仕組みを作ることは、私の力でもできるかもしれない。
 また、体験者だからこそできることもあるのではと、人生を通じてこのテーマに取り組みたいと考えました。その結果、2014年8月に塩野義製薬を退職し、起業に至ったのです。

───ご自身の経験が大きな影響を与えたわけですね。

小野 起業する前には確かに悩みましたが、自分自身もその疾患を抱えていたことが、起業において大きな後押しとなりました。当時、NEXT HEROというサービスは存在しておらず、イメージとしては、ぼろぼろのいかだに旗を立て、就労困難者の就労問題に立ち向かって船出したという感じです。実際、無謀な冒険だったと思います。そして、約半年後にこのビジネスモデルが生まれました。当時は単純に、一つの思いで起業した感じですね。

───他の就労支援施設と比較して、御社のアプローチは独自のようですね。

小野 就労継続支援事業とは、通常の事業所に雇用されることが困難な障害者につき、就労の機会を提供するとともに、生産活動その他の活動の機会の提供を通じて、その知識及び能力の向上のために必要な訓練を行う事業のことをいいます。雇用契約を結び利用する「A型」と、雇用契約を結ばないで利用する「B型」の2種類があります。その中で、私たちは、企業と就労支援事業者の協力に焦点を当てています。
 具体的には、私たちは事業所を直接運営するのではなく、日本国内に存在する「就労継続支援事業所」と提携しています。この事業所は、障害のある人々が福祉支援を受けながら、企業や自治体から受注した仕事をする場所です。その数はローソンと同程度に多く、1.5万か所を超え、全国の47都道府県に存在しています。しかし、ほとんど知られていない現状があります。
 こういった事業所で行われる仕事には、データ入力、冊子のホチキス留め、封入作業などが含まれます。また、内職も一般的です。このような仕事を通じて、障害のある人々が収入を得るという仕組みです。しかし、その賃金が非常に低い点に疑問を抱きました。低賃金の問題は長年の懸念事項であり、解決されていない現実があるわけです。
 こうした背景から、私たちは新たに事業所を設立するのではなく、すでに存在する事業所の資産とリソースを活用し、そのパフォーマンスを最大化させることに焦点を当てています。一つひとつの事業所は個別に見れば小さいかもしれませんが、全国には1.5万もの事業所が存在し、働く人々の総数は50万人以上にも上ります。また、これらの事業所は合計で約20万㎡の床面積を持っており、物流などの活用が可能です。この資産を最大限に活用し、労働市場の構造を変える新たな可能性を模索しています。

 

社会の視点を変える、障害者雇用の新たな可能性

───日々の仕事において、高い志を持って奮闘されていると感じますが、それに対する世の中の理解や課題について、お考えを聞かせていただけますか。

小野 障害者雇用に関しては、1970年代からの歴史的な経緯があり、法定雇用率などの法制度が存在しています。これらは非常に重要な一歩で、障害者差別が当たり前だった時代からの進展です。しかし、現在はESG(環境、社会、ガバナンス)やSDGs(持続可能な開発目標)などの国際基準が注目され、持続可能な社会を構築するための新たなルールが整備されています。これは私たちにとって大きな機会であり、法定雇用率を守りつつも、よりインクルーシブな社会を築く時代だと感じています。
 一つの課題として挙げられるのは、長らく運用されてきた法制度を守りながらも、法定雇用率の達成をゴールとする企業が多いことです。しかし、法定雇用率は最低ラインに過ぎず、必要なのはそれを超えたインクルーシブな社会です。私たちは、障害や難病、受刑者、女性、高齢者など様々な就労困難な方々と協力し、より良い社会、サービス、商品を開発し、提供することを目指しています。実際、私たちの取引先には、その考え方に共感し、就労困難な方々をサプライチェーンに組み入れて新しい価値を生み出している企業があります。

───“就労困難”という言葉を考えると、誰がそれを定義づけているのか疑問に思います。本人たちは働きたいと願っており、多様な仕事が存在します。
 社会自体が「障害」という言葉ではなく、その人の特徴として受け止めるために、どのように社会の人々の考え方を変えるべきだと思いますか。

小野 “就労困難”という言葉の定義は、日本財団などで提供されていますが、その定義を超えて、社会全体が彼らを働き手として捉えるべきだと考えています。ある人の個性や特性を尊重し、協力して働くことが、深刻な社会問題の解決に寄与する大きな鍵だと思います。理解を深めるためには、座学や教育も大切ですが、最も効果的なのは実際に一緒に働くことです。外部との協力において、就労困難者と呼ばれる障害者、難病のある人々が選択肢に含まれていないのが現状です。
 しかし、一緒に働いてみることで、彼らへの見方が大きく変わります。私たちのサービスは成果を重視するものであり、誰がそれを提供するかは関係ありません。障害・難病のある方々と共に成果を出すことで、理解が進み、見方が変わる可能性があると思っています。

 

障害者雇用を評価する新しい指標

───最近、24時間テレビを見ました。その中で放映した芳根京子さんの『虹色のチョーク』は素晴らしい番組でしたね。知的障害者をテーマにしていたのですが、高い成果物が生まれていることに感銘を受けました。

小野 確かに品質の向上は欠かせませんが、これからの時代には構造的な変革も必要です。大企業もSDGsやIR(統合報告書)を通じて、持続可能な社会への貢献を模索しています。人的資本経営の開示も始まりました。企業はサプライチェーンにおける障害者雇用を含むインクルーシブな取り組みを評価スコアに組み込むべきです。
 経済活動は社会問題の解決に寄与する主体としての役割を果たすものであり、経済活動に就労困難者などを組み込むことで、社会問題も解決へと進展します。
 大企業はステークホルダーへの説明責任を果たす必要があり、株主への還元も大切です。しかし、現代のトレンドでは株主だけでなく、多くのステークホルダーに価値を提供することが求められています。投資家も社会問題の解決に積極的に投資しようとする動きがあり、インパクト投資も注目されています。
 このような国際的なトレンドが経済界を変え、社会問題の解決に貢献する企業が増加すれば、我が国日本は大きく変革されるでしょう。

───日本には1,500万人もの就労困難者がおり、これは日本の人口の十数パーセントに相当します。大きな市場が存在していますね。

小野 実際の労働人口では、5人に1人が就労困難者です。さらに、就労困難者を支える家族や関係者を考慮に入れると、合計で4,500万人以上にもなります。これは高齢者人口を超える規模です。障害者市場は非常に大きいのです。

───しかし、多くの人々が障害者雇用について無関心のように感じます。

小野 障害者雇用に関して、一部の大企業での取り組みは知られていますが、情報が不足しており、実際に障害者と一緒に働く機会は限られていました。しかし、これからが重要な時期だと思います。今後、企業ごとに異なる10年後の姿が描かれるでしょう。

───日本の企業は他の国に比べて遅れているのでしょうか。

小野 意見は分かれます。例えば、国連が日本の障害者雇用について勧告を行ったことがあります。その中で、精神疾患の患者が長期入院させられることや、企業と障害者の分断を助長する制度や仕組みなどへの指摘です。この点で、世界基準に適合する必要があるという意見もあります。当然こうした指摘に向き合いながらも、日本には独自のアプローチや戦略があると私は考えています。
 日本の障害者雇用業界には巨大なポテンシャルがあり、世界に輸出できる仕組みを構築できると思っています。

───確かに、日本の企業は多くの素晴らしい取り組みを行っていますが、それがあまり知られていないのはもったいないですね。

小野 大企業も含め、多くの企業がさまざまな取り組みを行っています。しかし、これらの取り組みがあまり浸透していないのが現状です。これらの成功事例が、もっと広まるといいのですが……。

───法に縛られながらも、障害者のためにできることを模索している人々がいます。法制度に関して、どのようなご意見がありますか。

小野 現行の法制度に何かが欠けているわけではありません。重要なのは、法制度をより効果的に活用する方法や新しいアプローチを見つけることです。私は法定協働率という新しい政策提言を行っており、法定雇用率だけでなく、取引においても障害者雇用を評価する指標を作ろうとしています。

───協働とは、障害者が協力して働くということですか。

小野 そうです。法定雇用率では直接雇用を対象としていますが、現代はさまざまな働き方が存在します。障害者雇用は、取引を通じても評価されるべきだと考えています。企業は、障害者と一緒に働くことで社会問題の解決に貢献できる機会を持つべきです。

───確かに、そのアプローチは多くの可能性を秘めているように思います。

小野 多くの障害者は、自分のスキルを発揮する機会が限られているため、一歩踏み出せていないだけだと考えています。
 現在、多くの企業が人手不足に悩んでおり、障害者に仕事をアウトソーシングすることで解決できる場面が増えています。一緒に仕事をすることで、障害者への理解や見方が変わります。法定雇用率の義務を負う企業が、障害者を戦力として協働する機会を底上げするべきです。
 私はこれをインクルーシブ雇用と考えています。法定雇用率を達成するだけでなく、その手前にある協働機会を増やすことが大切です。

 

多様性を尊重し、社会を変えるNEXT HEROのメッセージ

小野 大企業は社会を変える大きな力を持っています。私たちはスタートアップ企業ですが、大企業と協力し、就労困難者問題に取り組むことができるプラットフォームを提供します。大企業が行動しない限り、変化は難しいでしょう。
 法律が変わるのは時間がかかりますが、大企業の取り組みが増えれば、問題解決に大きな一歩となるはずです。

───企業は法人ですが、倫理観も持っています。ノブレスオブリージュ(恵まれた者はその恩恵に感謝し、責任を果たすべきだという考え方)も大切ですね。日本には1,500万人もの就労困難者がおり、彼らに仕事があれば日本は変わるでしょう。発注をしても法定雇用率にカウントされない問題も解決すべきですね。NEXT HEROの取り組みが法定雇用率にカウントされない理由は何ですか。

小野 現行の法定雇用率では、雇用契約が必要です。発注は契約ではないため、カウントされないのです。

───その考え方は本来おかしいと思います。

小野 そうですね。でも発注いただける企業が増えてきたことは、変化が起きている兆候だと考えています。私たちのミッションは、就労困難者が仕事を通じて活躍し、新しい社会インフラを作ることです。仕事は生きるために必要な手段の一つであり、仕事を通じて認められる機会は貴重ですよね。
 NEXT HEROは、「自分の人生、自分が主役だ」というメッセージがあるんです。これは一見、就労困難者向けのメッセージだと受け取られることが多いんですが、全てのステークホルダーに向けたメッセージであり、私たちのNEXT HEROに込めた意思でもあります。
 私たちがやってるこの構造変革は、企業側で働く方々も、自分にしかできない仕事にどんどんその時間が使えるような働き方にシフトしていくことにつながります。構造変革できれば、自分の時間が増え、自己実現は加速していくというわけです。誰もが「自分の人生、自分が主役だ」ということを本気で思えるような社会を一緒に作っていきたいという想いを届けたいですね。

───本日はありがとうございました。
(Interviewer:中島 聡 本誌編集委員)

 

小野 貴也(おの たかなり)
VALT JAPAN株式会社 代表取締役

大分県出身。製薬会社のMR従事中に、障害や難病のある方の活躍機会・賃金における社会問題に衝撃を受け、2014年に起業。障害や難病を抱える就労困難者に特化した仕事の受発注プラットフォーム「NEXT HERO」を運営し、約1,500万人の就労困難者がビジネスの市場で大活躍できる新たな仕組みづくりに取り組んでいる。著書に『社会を変えるスタートアップ〜「就労困難者ゼロ社会」の実現』(光文社新書)がある。
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