団地の商店街に生まれたシェア商店 「富士見台トンネル」

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2022年2月号『やってみた』に記載された内容です。)

2019年末、都心から電車で約40分ほどの東京都下にあるベッドタウン、国立市の富士見台団地の一角にキッチンを備えたシェア商店「富士見台トンネル」がオープンした。こちらの商店は、建築家の能作淳平氏一家によるファミリープロジェクトとして始まった。

立ち上げの契機は、都内にある輸入ワインショップで主戦力として働いてた妻・香奈さんが子育てと仕事の両立を考え、自宅近所の事務職へと転職を決めたこと。都心から子育てに適したベッドタウンに移り住むことや子供を育てることにより、これまでスキルを培ってきた職から離れざるをえなくなるのは社会にとっても大きな損失だと感じた淳平氏。

働き先がないなら作ればいいと考え、事務所兼シェアキッチン構想をスタートし、まずは淳平氏自身がコーヒーを入れて提供する、香奈さんが月一で開くワインバー、さらに、他にもお店をやってみたい人がいるのではと考え会員を募集した。

オープンから2年が経過した現在では、一旦新規会員募集を停止するほどの盛況ぶりである。シェア商店というが、実は店構えは誰でもウエルカムな雰囲気は少なく、かといって閉鎖的な空気もなく、いい意味で街から少し浮き上がっている印象を受ける。

それもそのはず、建築家である能作氏が意識し、あえて少しハードルを設け、それでも入店する方と運営する店主が共有できる価値観や感性のフィルターがあり、余計な軋轢や摩擦が起きにくい環境を作りやすくすると語る。

彼がめざすのは、ただの商店やシェアスペースではなく、寝に帰るだけになってしまっているベッドタウンに存在しにくい、町の中にある社交場的なもの、カフェとサードプレイスとサロンの中間、そういった存在だ。このフィルターは上手に機能しているのではないだろうか。

 


偏愛を共有する時代


 

富士見台トンネルでポップアップショップを展開するショップは、どこか少し癖がある。例えば、お味噌汁をメインとした食事を提供する味噌汁専門店「御御御(おみお)」や中華おこわを提供する「中華おこわ 福山」など。

団地の一角ではあるが、多くの人が利用しやすい幅広いメニューを提供するのではなく、興味がない人はスルーしてしまうような、あえて少し不便な商品を提供しているからだ。ここにも彼ならではの理由がある。それぞれの会員の方のこだわりを引き出すことを大事にしていて、本当にやりたいことだけに絞ることをアドバイスしているからだ。

これだけ便利な時代だからこそ、より多くのメニューを求めるならコンビニがあるし、サードプレイスならスターバックス的なカフェがあるから、そことは違うものを提案したほうがいいと彼は考える。

それぞれの偏愛を突き詰めて共有することで、その想いに共感するファンが生まれ、自分が一番好きなものを認めてもらったときの喜びと達成感は、初日が終わった店主の顔をみれば一目瞭然だという。そういった個々人が感じるやり甲斐が、いつしか町の賑わいにも繋がっていくだろう。

淳平氏の関わりが密接で、商店を初めて開くにあたり、ヒアリングし、ときにはネーミングやロゴ制作、写真撮影まで請け負っている。彼の手が加わり、屋号、看板、美しいビジュアルなどが整い、一気にプロ感が出る。人間とは不思議なもので、それまで自信がなかった人でも、お店らしい看板や屋号の下、カウンターの向こう側に立つことにより、一気にプロの顔に変わるという。

彼はそんな一歩を踏み出してみたいと行動を起こす人の背中を押してくれる熱心な応援団だ。今の形態に落ち着く前、彼自身が介在しなくても成立するビジネスとしてスケールすることも考えていたという。

しかし、それでは富士見台トンネルならではの良さが生まれないこと、会員の方から能作淳平がいるから価値があると言われたことを受け、時代の変化も捉えたうえでこの形を横展開してスケールすることを考えるよりも、コンパクトで人間らしい営み、彼だからこそのシェア商店の価値を考えるようになった。

 


ポジティブなシェアの時代



シェアという概念が変わってきたのではないか、そんな風に能作氏は捉えているという。これまでのシェアはあるものを分け合う、共有する、言い方を変えれば取り合うシェアだったが、新型コロナウイルスの流行以降、物を共有することへのハードルは少し高くなり、時代の変化も加速した。そこで生まれたのが持ち寄りスタイルのシェア。

それぞれができること、人的資源や環境を持ち寄ることから生まれる、ポジティブなスタイルのシェアの時代が到来しつつあるのではないかと語る。

スタートから2年を迎え、同商店に新たな嬉しい変化が起き始めている。まず、月一でワインバーを展開していた妻の香奈さんが酒店に転職する。これまでのキャリアと富士見台トンネルで開催していたワインバーで扱っていたナチュールワインの知識と経験を生かした転職で、次の酒店ではまだ扱っていないナチュールワインの仕入れ担当者としてさらなる挑戦をする。

キャリアを諦めることなく、小さくとも続けたことが形になった素晴らしい事例である。富士見台トンネル自体も2号店を計画中で、そちらはシェアキッチンではなく角打ちスタイルのシェアする酒屋のイメージだそうだ。

谷保にある町のレストランからオススメの1品を提供するスタイルにする予定で、持ち寄りスタイルのシェアの進化系といった印象を受ける。さらに、国立ワイナリーを作りたい、そんな夢もあるそうだ。

人の夢や妄想をサポートするだけでなく、自らの夢も言葉に出し、実現に近づけていく。富士見台トンネルのあり方と、能作一家の姿からは魅力的な未来の町と人のあり方のイメージが膨らむ。町への効果は既に現れ始めていて、同店があるという理由で「ニコノマニマニ」という雑貨店がショップをオープンするきっかけにもなったとのことだった。

ベッドタウンという特性もあり、都内に働きに出ている人がたくさん住んでいて、これまでは休みの日は国立で過ごしていたという夫婦や家族が谷保で過ごすことが増え、町のムードが変わってきた、そんな声も聞こえてくる。都内に働きに出て、住む町は寝に帰る場所。

そんな時代は終わり、町で仕事をして、子供と多くの時間を過ごす、そんなかつての商店街の良さを思い起こすような町が日本中に増えていく、そんな幸せな予感すらしてきた。

 


ハイパービレッジ



インターネットの登場以降、情報は瞬時に世界中に共有される時代になった。それぞれの小さな町を盛り上げることで、違う町の状況も互いに共有できるようになった。これからは、過剰なストレスをかけてスケールする大都市でもなく、潤沢な資源はあるが閉鎖的な村とも違う町を想像する。

大量のCO2を排出せずに、もう少し効率良く情報がいきとどき、人とお金が循環する豊かな社会の姿、ハイパービレッジの町の時代が来ると淳平氏は考える。確かにこんな町が日本中にできたら、日本の未来は明るい、そう信じられる。ぜひ富士見台トンネルに足を運んでみてほしい。彼らが作りだす町の未来は希望に溢れていると感じる。

 

図表 《クリックして拡大》

 
吉田 けえな  (よしだ けえな)
ファッション&ライフスタイル コーディネイター
PR会社や百貨店のコーディネーター、雑貨ブランドのディレクター兼バイヤーなどを経て渡米。ニューヨークを拠点に世界中で、見て、着て、食べた、リアルな視点を大事に、バイイングやリサーチを行う。現在は帰国し、商業施設のプランニングアドバイスやポップアップショップの企画立案、デザインイベントやカンファレンスの運営など多岐にわたり、活動中。

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