一方、CDやDVDなどの音楽ソフト市場は2291億円と前年比5%減。音楽市場全体の売上高は前年比2%減の2998億円となっている。日本ではいまだCDの占める割合が高いゆえに音楽市場全体では横ばいの推移が続いているが、すでにストリーミングの占める割合が大半となった海外各国ではここ数年でマーケット全体も大幅な伸びを記録してきた。
ストリーミングが主流になったことで、ヒット曲の生まれ方も変わってきた。AKB48を筆頭に様々な“特典商法”がパッケージ売上を押し上げていたのが2010年代の初頭から中盤にかけての動きだ。拙著『ヒットの崩壊』(2016年)にも書いたが、オリコンの発表するシングルCDランキングを見ても「世の中で流行っている曲」が何かわからない、つまりはヒットチャートが無効化されていたのがこの時期だった。
しかし今はストリーミングに徐々に重心が移ることでCDセールスチャート自体の影響力が落ち、かわりにストリーミングサービスが発表するランキングや、ビルボード・ジャパンが発表する複合型チャートの「Billboard Japan Hot 100」が存在感を増している。
長く聞かれ続ける「いい曲」へのシフト
ヒット曲の“基準”も変わってきた。かつてのCD時代は「ミリオンヒット」という言葉が象徴するように、100万枚というシングル売上枚数の数字がヒット曲の一つの基準となっていた。しかし、今は、あいみょん「マリーゴールド」やOfficial髭男dism「Pretender」、King Gnu「白日」などの楽曲が達成した「1億回」というストリーミング総再生回数の数字がその目安となっている。実際にドラマやCM、人々の話題の中でこれらの曲を耳にしたという人も多いだろう。あいみょんは2018年、Official髭男dismやKing Gnuは2019年の紅白歌合戦にも出場を果たしている。
こうした変化によって音楽シーン全体の風向きが変わってきたのが、2018年から今に至る1~2年の潮流だ。そのことは単にビジネス面での変化にとどまらず、音楽そのもののあり方にも影響を与えている。ポイントは、CDにしてもダウンロードにしても、これまでの音楽ビジネスは購入時に利益が発生し、その後はリスナーが何度再生しても売上が変わらない、つまり「一度買えば終わり」だったのに対し、ストリーミングは再生回数に応じた収益を上げ続ける構造になっているということ。
つまりアーティストやレーベルにとっては「長く聴かれ続ける」楽曲のほうが有利になる。話題性を狙い、奇をてらったものよりも、普遍的な魅力を持った「いい曲」の価値が増している。プロモーションにしても、これまでは発売日近辺にメディア露出を集中し認知度を高めるというのが一つの王道だったが、そうではなく、1年や2年以上をかけてロングスパンで聴かれ続け、売れ続けるための戦略が必要になってきている。
懐かしいけれど新しい「あいみょん」の魅力
こうした潮流に先鞭をつける存在となったのが、2018年8月にリリースされたあいみょんの「マリーゴールド」だった。この曲のオリコン週間CDシングルランキングは最高25位。パッケージとしてのセールスは芳しくないものだったが、楽曲はストリーミングサービスから徐々に広まり、ストリーミングチャートで20週連続1位を記録し注目を集める。2019年に入ってもロングヒットは続き、2019年の「Billboard Japan Hot 100」年間チャートでは米津玄師「Lemon」に続く2位となっている。
なぜ「マリーゴールド」はここまでヒットしたのだろうか。彼女自身、インタビューなどでもリリース前から「マリーゴールド」は自身にとっての“勝負曲”という位置づけだったと語っている。ただ、ドラマ主題歌やCMなどの大型タイアップがあったわけではないので、露出やプロモーションよりも、楽曲自体が持つ力、あいみょんのアーティストとしてのセンスと歌の魅力が大きく作用したのは間違いないだろう。
2016年にシングル「生きていたんだよな」でメジャーデビューした彼女。2017年にリリースした3rdシングル「君はロックを聴かない」と1stアルバム「青春のエキサイトメント」が高い評価を集め、ラジオでのパワープレイの獲得や「関ジャム 完全燃SHOW」などの音楽番組で紹介されるなど2018年初頭の時点で音楽ファンを中心にじわじわと支持を広めてきていたことも布石になったはずだ。
あいみょんは、インタビューなどで自身のルーツとして吉田拓郎や浜田省吾、尾崎豊、小沢健二、スピッツなどを挙げている。吉田拓郎の名前があがるのは20代なかばである彼女の世代から考えると意外にも思えるが、このあたりは音楽関係の仕事をしていた父親の影響も強いという。
弾き語りでのライブも得意にしていて、70年代のフォークやニュー・ミュージックに通じるセンスを持っている。その一方で、あいみょんの楽曲には現在進行系の海外のポップ・ミュージックのシーンを意識したサウンド・プロダクションのセンスも感じられる。このあたりはサウンドプロデュースを手掛ける田中ユウスケ(agehasprings)の手腕も大きいだろう。
おそらく、70年代当時に若者だった世代の人の中には「君はロックを聴かない」や「マリーゴールド」を聴いて、自分の青春時代に夢中になった音楽と通じる魅力を感じ取る人も多いのではないだろうか。それでいて、今の10代や20代にも「古臭い」と感じさせないサウンドセンスも併せ持っている。こうした「懐かしいけれど新しい」楽曲のポテンシャルがヒットの原動力になったのではないかと考えられる。
普遍性が重視される「ニュー・スタンダード」の時代に
実はOfficial髭男dismやKing Gnuも、こうした「懐かしさ」と「新しさ」を両立するタイプの音楽を志向しているバンドだ。Official髭男dismのフロントマンでメインソングライターの藤原聡は、もともとマイケル・ジャクソンやスティーヴィー・ワンダーなどをルーツに持ちつつ、aikoを敬愛しJ-POPも愛好してきたというルーツの持ち主。
その一方でサウンドにはチャンス・ザ・ラッパーやブラストラックスなど最新型の海外のブラック・ミュージックの影響が伺える。King Gnuは東京藝術大学出身の常田大希、井口理を筆頭に凄腕揃いのメンバーで、やはり海外のジャズやヒップホップの先鋭的なシーンに大きな刺激を受けている一方、常田は井上陽水や玉置浩二などからの影響も強いと語っている。
ストリーミングが主流となった音楽業界は、話題性やキャラクターのアイドル的な魅力よりも普遍的な曲の良さが重視される「ニュー・スタンダード」の時代に突入しつつある。松任谷由実やサザンオールスターズなどキャリアを重ねた大物が楽曲配信を解禁する動きもあり、過去のカタログの存在感も増している。
2020年に入り、コロナウィルスの感染拡大によってライブエンターテイメント業界は大きな打撃を受けている。各地でクラブやライブハウスなどが休業を余儀なくされ、経営の危機に瀕している。ツアーやフェスへの出演によって生計を立てていたミュージシャンやスタッフの中にも、仕事を失い、苦境に立たされている人も少なくない。
緊急事態宣言の発令を受けてCDショップは臨時休業を発表し、CDやDVDなどの発売延期も相次いでいる。握手会などの接触機会を提供することでパッケージの売上を立てていたアイドル商法も成立しなくなっている。「ステイ・ホーム」な状況が続くなか、音楽業界全体も大きな変化の時を迎えていると言えるだろう。
柴 那典 (しば とものり)
1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。ロッキング・オン社を経て独立、音楽やサブカルチャー分野を中心に幅広くインタビュー、記事執筆を手がける。主な執筆媒体は「AERA」「ナタリー」「CINRA」「MUSICA」「リアルサウンド」「ミュージック・マガジン」「婦人公論」など。日経MJにてコラム「柴那典の新音学」、雑誌「CONTINUE」にて「アニメ×ロック列伝」、BOOKBANGにて「平成ヒット曲史」、CINRAにてダイノジ大谷ノブ彦との対談「心のベストテン」連載中。著書に『ヒットの崩壊』(講談社)『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『渋谷音楽図鑑』(太田出版)がある。