【年齢は無理の構成要素ではない】「ことばの枠」を取り外せ!

「行うのが難しい」「困難だ」という意味で使う「無理」ということばは、もともと「道理に反すること。筋道の通らないこと」を言う。

辞書的には、無理の反対語は「道理」。「物事がそうあるべき筋道」「人が行うべき正しい道」という意味だ。しかし、我々は「無理」の反対語を、辞書に頼ろうと思っているわけではない。


例えば「無理」の反対語を「希望」と置く。「希望」は「望みが希なこと」。つまり、ほとんど望みがないことをいうものだ。だからこそ、実現に願いを望むこと、将来に寄せる期待を指すのだ。「無理、無理、できっこない」という理由は100でも言える。しかし、無理だからこそ、そこに筋道をつけていけば、それが道理になる。


例えば「無理」の反対語を「そだね~」と置く。ある企画を提案される。「無理だろ」という前に「そだね~」と一度呑み込んでみる。反射的に拒否するより、一旦受け止めて考えると新しい可能性も見えてくる。「そだね~。だったらこうすればいいなんじゃないかな」。そんな柔らかさが脳の情報処理に新しいバイパスを作ってくれる。


例えば「無理」の反対語を「笑う」と置く。困ったときに下を向いていては、その先の道が見えない。上を向いて遠くを見なくちゃ。口角をさげていては、ことばが出ない。上を向いて笑ってしまおう。笑えば息が漏れる。息が漏れればことばがフッと出てくる。困ったときにこそ笑っていく。楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しくなるのだ。できないから無理なのではなく、無理というからできなくなるだけなのだ。


年齢は無理の構成要素ではない
60歳のときに子どもを授かり、事業構想大学院大学に入った。イノベーターを養成する社会人大学院だ。イノベーターと言うには年を取り過ぎて「無理だろう」と思われたのかもしれない。面接で「私は必死ですから。何しろ生まれたばかりの子どもがいるので、あと20年は働き続けなくてはならない」と訴えた。後日、合格通知が届いた。


芸能人でも金持ちでもない普通のサラリーマンが、60歳で子どもを持つことは、世間では常識から外れた無謀な行為かもしれない。子どもの成長は「希望」であり、自らの老いとのリアルな競争は「無理」が先に立つ。しかし裏を返せば、これだけでもイノベーターの価値はあるだろうと勝手に思い込むことにしている。


アメリカの作家チャールズ・ブコウスキーは、50歳にして長編小説を世に出した。飲んだくれのギャンブラー。郵便局勤めの合間に小説を書いてはいたが、芽は出ずじまい。ところが彼の才能を信じたジョン・マーティンに見いだされ、生活を保障されて日の目を見た。


カーネル・サンダースは65歳の時に、フライドチキンのフランチャイズビジネスで再起した。伊能忠敬は50歳の時に隠居し、天文学を使って測量を始めた。腕を見込まれ、幕府から日本の測量を命じられたのが60歳過ぎ、測量を終えたときには71歳になっていたという。年齢は無理の構成要素ではない。


無理でも面白いことをやってみたい
何一つ、ストレートに成就したことがない。高校、大学受験失敗。大学を入り直したのが22歳。同級生はみんな就職が決まったころだ。卒業は26歳。年齢制限でマスコミ以外に選択肢はなかった。


記者になろうと思ったのに受かったのが校閲。3カ月後「辞める」と言うと、デスクたちから連日飲みに誘われ、流されるように35歳を迎えた。この歳まで転職試験を受けていたが、いつも最終面接で落とされた。「もう無理だ。人生半分終わったな」。しみじみ思った。


40歳。いよいよ人生の折り返し地点を意識する。しかし、どうしても定年=楽隠居というイメージがわかない。人生80年としても、定年後20年ある。「そだね~。20年あれば何かできるのではないの」。しかしそれが何なのか、答えは見つからなかった。


校閲という仕事は、記事を書くことはまずない。ところが、漢字や日本語について記事を書く仕事が少しずつ回ってきた。この分野については他の部署には、なかなか書けないニッチな市場だった。それでも多くの記者を前にして、自分が文章を書ける人間だとは思っていなかった。


大学院のマーケティングの授業で知り合った、デザイナーの浅川浩樹さんとコンサルの小嶋英貴さん。「何か面白いことをやりたい」と話していたところに、大和書房の斉藤俊太朗さんから出版のオファーが来た。斉藤さんは出版社に入って営業に配属、2年後、編集部に配属になったという。その時に原稿をどう手直ししていいかわからず、拙著『きっちり!恥ずかしくない!文章が書ける』(すばる舎)を手にしたのだという。


斉藤さんからの依頼は「文章を上手く書く方法」。これまで数冊、同様のテーマで出版していたので、これ以上同じテーマで書くのは「無理」だろうと思ったが、浅川さん、小嶋さんの知恵を借りれば、違う角度で文章技術の本を作れるのではないか、と直感した。「未来志向の文章本」。2016年暮れ、東京・赤羽橋の蕎麦屋で出版のコンセプトが決まった。


本の主人公は21歳の女子大生・浅嶋すず。すずは就活を目前に控え、エントリーシート(ES)の書き方がわからない。ESを書くことは、これまでの人生を振り返りそれを未来の姿からバックキャスティングすること、つまり未来のStory をこれまでのHistoryにつなげる作業でもある。リアルな学生生活を取材した。主人公は、俳優の広瀬すずからイメージした。


文章本だが、絵で見せたいと思った。内容は基本を押さえつつ未来を志向する。軽くてお洒落で、カフェで読んでも違和感がないものを目指した。わかりやすさを第一に4色刷り、イラストを多用した。出版することをゴールとせず、出版→コミック化→テレビドラマ化→映画化と展開できるようにと、構成を考えた。


2017年年明け早々にホテルに1週間籠もり、6万字の原稿を仕上げる。意外と書けるじゃないかと思ったら「笑い」が出てきた。それをデザナーに預けると、後はデザイン主流で作っていく。1週間で書いた原稿は、1カ月半ほど掛けて本の形に整えた。編集者、筆者、デザイナーの三者が常に編集会議を開いた。デザイナーは筆者に注文をつけ、筆者はデザインに口を挟む。この連携が何とも心地よく、仕事を滑らかにした。


無理の反対側
本のタイトルは『マジ文章書けなんだけど』(マジ文)。発売から1年で18刷、約8万部のヒットとなった。新聞・雑誌などのメディアに多く取り上げられ、オンライン学習サイトのSchooや早稲田大学エクステンションセンター、三菱UFJリサーチ&コンサルティングなどから、文章の書き方などの研修・講演依頼が増えるようになった。


定年後の20年。ようやく、ここにかけるものが見つかった。本の勢いに乗って、オフィシャルサイト「マジ文ラボ」を開設した。日本語に特化したバーティカルメディアであるとともに、ユーザーイノベーション・プラットフォームとして、これを育てていく。そして、ここを拠点に現在、「マジ文」の制作者とともに、子ども向けの文章学習本を書き進めている。


AIが急速に発達する時代。これからは思考力が人生を決める。22世紀を生きるであろう子ども達に、文章力を通じて観察眼を養い、驚きを経験し、そこから生まれる疑問・課題に対して向き合える力を身につけて欲しいと思う。そこに「無理」の反対側に広がる私の20年がある。




前田  安正  (まえだ  やすまさ)
マジ文ラボ主宰/作家/朝日新聞メディアプロダクション校閲事業部長
現在、朝日新聞に連載コラム「ことばのたまゆら」を掲載中。主な著書に『漢字んな話』『きっちり!恥ずかしくない!文章が書ける』『間違いやすい日本語』『マジ文章書けないんだけど』など多数。

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