想像から創造へ

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2022年1月号『わたし的マーケティング論』に記載された内容です。)

「相手の気持ちや、思いを想像し、笑顔や感動、驚きを創造すること」。それが、わたし的マーケティング論です。

 

大学、大学院の講義や、企業の研修でよく例えとしてお話することが、マンガ『ドラえもん』の、ドラえもんと、のび太君の話です。ドラえもんのストーリーは、誰もが知っており、学生からシニア層まで共通の話題として提供できるので、マーケティングに限らず、経営学全般の講義、講演等で大変重宝しています。

ここであらためて述べるまでもなく、毎回、ドラえもんは、のび太君の困りごとを感知、理解し、それに役立つ道具を四次元ポケットから出すわけですが、このストーリーの中には、マーケティングの要素と、技術開発の要素がどちらも含まれていると思っています。

つまり、ドラえもんは、のび太君がなぜ困っているのかという“Why”を感知、理解し、のび太君のために(“to Whom”)、問題解決に役立つ道具を提示しています。マーケティングに限らず、あらゆるビジネスにおいて最も重要なことは、この、“Why”(なぜか?)という「目的」と、「誰のために」という“to Whom”なのだと思います。このことが、マーケティングにおける、「相手の気持ちや、思いを想像すること」に繋がります。

 


無意識のうちに“What”、“How”に支配される社会


 

大学、大学院では、アントレプレナーシップの講義やビジネスプランの指導を、企業ではSDGsの講演や、新事業の企画、研修をしていますが、学生、社会人を問わず受講生の多くは、「何をやるのか」という“What”や、「どうやってやればいいのか」という“How”を暗に求めているように思えます。

モノやサービスなどが“What”に相当し、ビジネスモデルにフレームワーク、マーケティング手法や技術、そして他社の成功事例などが“How”に含まれます。考えてみれば、大学生は小学校、中学校、高等学校を通じ、知識や答えの解き方を主に学んで来ていますし、社会人も日頃から、「何を」、「どのように」ばかりを考えているわけですから、思考が“What”、“How”に寄ってしまうことは十分理解できます。

そもそも、社会が成熟していく中で、社会全体の仕組み((ステム)が整備され、ひとたびシステムが動き出せば、「なぜ、そのシステムが構築されたのか」という“Why”をいちいち考えることは、ほぼなくなります。

ひとたびシステムが動き出した後、原点にまで遡るような“Why”を考えることは、相当な労力と時間、そして何よりも覚悟が必要であり、 我々は敢えて“Why”まで遡らないようにするために、無意識のうちに “What”や“How”という手段、手法に逃げているような印象すら受けます。そもそも論として、余程のことがない限り、日頃“Why”を考えないようにすることが、システム構築の目的といえるのかも知れません。

 


既成事実化したSDGs



無意識のうちに “What”や“How”という手段、手法に逃げていることは、今、流行りのSDGs(持続可能な開発目標)においても同じことがいえるでしょう。SDGsは、2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載された、2030年までに持続可能で、よりよい世界を目指すことを目的とした国際目標です。

SDGsは、17のゴール・169のターゲットから構成されており、地球上の「誰一人取り残さない(leave no one behind)」ことを誓っていることは、SDGsバッジをつけている方々であれば、誰もがご存知かと思います。

「SDGsに対し、企業も積極的に取り組まなければならない」ということで、今、多くの企業でSDGsに取り組むために、「何をしたらよいのか」という“What”や、「どのように取り組むべきなのか」という“How”が議論されています。実際、企業の中期経営計画や決算発表等では、SDGsの17のゴールを用いた説明がされるようになっています。

「SDGsは国連で採択されたものであり、当然、企業も取り組まなければならない」ということを既成事実として捉えれば、企業は「そもそもなぜSDGsなのか?」という“Why”を考える必要はなくなります。その結果、“What”や“How”という手段、手法に労力や時間を割くことは必然となります。

SDGsに限らず、ひとたび大きな社会のシステムが構築され、動き出せば、自然とこうなりますし、そのためのシステムということもできます。SDGsに関しては、本稿の主題でないため、ここでの詳細な説明は割愛しますが、「SDGsは、2001年に国連で採択されたミレニアム開発目標(MDGs)の後継である」という事実を一つ知るだけでも、「なぜSDGsなのか」という“Why”や、「誰のために」という“to Whom”の核心に迫ることができると思います。

 


「コトづくり」と「モノづくり」の関係性



冒頭にお示しした、わたし的マーケティング論の「相手の気持ちや、思いを想像すること」は、代わり映えのしない言葉を使えば、「コトづくり」といえるでしょう。時代は今や、「モノからコトへ」ということですが、実際、世の中には便利なモノが溢れ、「年を追うごとに、欲しいモノを想像できなくなってきた」と語る大学生もいます。

他方、高度経済成長を体験してきた世代は、モノを通じて、経済成長や豊かさを実感してきました。それ故、「モノ」という“What”を起点にものごとを考えてしまいがちで、その戒めとして敢えて「コトづくり」と言っている印象すら受けます。

しかし、ソニーの設立趣旨書や、パナソニックの綱領などを読み返せば、創業者や当時の技術者は、「コトを想像し、モノをつくっていたこと」が理解できます。つまり「モノづくり」の原点には、「目的(“Why”)を明確に定め、消費者(“to whom”)の笑顔や感動、驚きを創造する」という「コトづくり」があったわけです。

 


マーケティングの機能的価値と、本質的価値



「コトづくり」と「モノづくり」の関係性の話は、冒頭のドラえもんの世界観に通じます。つまり、「コト(“Why”、“to Whom”)の想像なくして、モノ(“What”)は創造できない」ということです。このことをマーケティングに当てはめると、「コト」と「モノ」を繋ぐことがマーケティングの機能的価値といえるでしょう。

そして、「コト」と「モノ」を単に繋げるだけではなく、そこに夢や希望をのせ、「相手の気持ちや、思いを想像し、笑顔や感動、驚きを創造すること」が、マーケティングの本質的価値なのだと思います。

 


見山 謙一郎(みやま けんいちろう)
株式会社フィールド・デザイン・ネットワークス 代表取締役 / 専修大学経営学部 特任教授
「社会課題×経営学」の視点から、国内外で企業の活動を支援。海外では、特にバングラデシュとの縁が深く、現地財界とのネットワークをベースに、これまで多くの日本企業の進出支援を行っている。環境省・中央環境審議会(循環型社会部会)委員や総務省等の中央省庁や地方自治体の各種委員を兼務。専門は、技術戦略論、国際ビジネス(途上国ビジネス)、アントレプレナーシップ、SDGs。

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