アート思考型マーケターのススメ

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2020年12月号『アートで変える!』に記載された内容です。)


2種類のマーケター


 

マーケターには2種類のタイプがいる。1つは、データを鮮やかに駆使して生活者の求める最新のニーズを把握し、客観的データによって周りを説得し、PDCAサイクルを回しながら市場ニーズに対応していくタイプ。もう1つは、既存の概念に違和感を感じ、新しい価値観を持った商品やサービスを市場へと投げかけ、これまでにないライフスタイルを時間をかけて創造していくタイプ。

これらを仮に、前者を「データ思考型マーケター」と呼び、後者を「アート思考型マーケター」と呼ぶとすると、ビッグデータ時代を迎え、「データ思考型マーケター」が重宝がられる一方で、先が見えない時代に、これまでなかった価値を持つプロダクトやサービスを生む「アート思考型マーケター」の存在もより重要性が増すと考えられる。

筆者は、マーケティングの現場と接する機会が多いが、過度なデータ主義や形式的な合意形成が蔓延しており、なかなか自分を表現できないジレンマを抱えたマーケターと出会うことが多い。そうしたことからも「アート思考型マーケター」への機運が高まっていくことが予想される。

 


アート思考とは何か?



では、「アート思考」とは何であろうか?この言葉は近年注目を浴びているが、様々な文脈で語られており、まだ確立した定義は存在しない。そこで、我々美術回路においては、アート思考を「アーティストの思考回路」と捉え、「常に前提を疑い(問題提起力)、見えないモノを思い描き(想像力)、その実現に向かって自律的に実践し(実現力)、長い時間をかけた世の中との対話(対話力)によって、これまでにない独自の世界を再設計していくこと」と定義している。(図1:アート思考の定義)


アート思考型マーケターとは?



では、アート思考をマーケターの思考回路に落とし込むと、(図2:アート思考型マーケター)のようになると考えられる。


① 問題提起力

長い間、その業界で仕事をしていると、なんとなく共有している前提や暗黙のルールが存在する。そうした既成概念に囚われていると、これまでの改良版か成功事例の模倣しか生まれない。そこで、一度その前提を取り払い、「そもそも、これでいいか?」と目の前にある現象をよく観察する。内面から生まれてきた疑問は、次の段階においては「◯◯とは何か?」という新たな問いを生み出していく。

もう1つは自分自身を見つめ直す。そのためには、自分がやりたかったことや、今の自分のモヤモヤした気持ちを明らかにしていく。自分自身の人生経験の中で感動したことや刺激を受けた体験は何だったのか?それはなぜ感動したのかについても言葉にする。そうすることで、自分自身が本当にワクワクすることを再発見していく。

② 想像力

想像力とは、これまで見たことのなかった世界をいかに具現化するのか?その能力を指す。問題意識をもとに生まれたプロダクトやサービスがあるシーンとはどんな世界なのか?それを自分なりに表現してみる。そのためには、別に絵がうまい必要はない。文章でもいいし、写真のコラージュでもいいし、持ち合わせたスキルで表現していく。

そしてそれらは、自分自身の内面から出ている表現なのか?ワクワクする世界なのか?イメージが広がっていくのか?ということを大切にする。アート作品を発表するような気持ちで表現してみることで自分の殻を破っていく。

③ 実現力

想像力を駆使して新しい世界が見えてきたら、次はその実現に向けて行動していく。そのためには、自分自身や所属組織の持つリソースを棚卸しする必要がある。ソフトもハードも含めてどういった資産があるのか?資金をどう調達するのか?このプロジェクトにかける仕事の配分をどうするのかについて検討する。

そして、まずは限られたリソースで実行に移してみる。しかし初めての仕事を生み出すことは大変難しく、これが最初の壁となる。最初のプロジェクトはプロトタイプと捉えながら、試行錯誤を通じて得た学びと問題点をきちんと把握し、その足りないスキルや資源を補充ながら推進していく。

 いくつか成果が見えてくると、そこで大事になることがプロジェクトを「継続させること」である。失敗を教訓にしながら、常に新しいアイディアを組み込み、プロジェクトをアップデートしていく。何年か継続していくうちに、競争相手が模倣したり、革新的なプロダクトやサービスが生まれるかもしれない。そうした動きにも敏感になりながらも、うまく取り入れつつ、想像した世界を信じて、自らのプロジェクトを革新し続けていく。

④ 対話力

前提を疑うような発想で生まれたプロジェクトには何らかの反応が生まれる。それは生活者や業界や社内から生まれ、いい反応もあれば、反発も生まれるだろう。それは予想通りの反応である場合もあるし、予想外の新しい気づきをもたらしてくれるものかもしれない。良質なアートに解釈の余地があるように、様々な反応をプロジェクトにうまく取り入れていくことでさらに良いものにしていく。


このように、アート思考型マーケターは、4つの思考回路を回転させ、常に新たな問いを生み出し、目の前に立ちはだかる様々な壁をひとつひとつ乗り越え、これまでなかった世界を再設計していくのである。

誌面の制約上詳しくは述べられないが、既存のファッションの美の定義を壊し続けてきたコムデギャルソンのデザイナーであり経営者である川久保玲氏の服作りや、「スープのある一日」というスープのある新しい世界(ライフスタイル)を思い描き、これまでにないフードチェーンSoup Stock Tokyoを実現化したスマイルズの遠山正道氏の事業作りなど、こうした事例は従来のマーケティング理論では分析できない何かを持ち合わせており、まさにアート思考による解釈が必要になると思われる。今後のマーケティング研究において、こうした事例研究の積み重ねも必要になってくるだろう。

 


アート思考を身につけるために



さて、我々マーケターはどのようにしてアート思考を身につけるのか?それは、美術館に頻繁に通ったり、専門書を読んでアートに関する知識を得ることではない。美術回路では、全くアートの知識のない様々な業種のビジネスパーソンを対象に、アート思考を養うプログラム「ヴィジョン・スケッチ」を実施している。我々はこうした体験を重ねてアート思考を内在化することが有効であると考えている。
(図3:「ヴィジョン・スケッチ」プログラムの構成 /参考文献: 電通美術回路編(2019)『アート・イン・ビジネス-ビジネスに効くアートの力-』(有斐閣))

 当プログラムは大きく3回のステップで構成されている。

第1回目は美術批評家とともに、美術史における重要な作品を一緒に観察していくことで、アーティストがどのように世界を再設計していったのか?その思考回路に迫っていく。

第2回目は、参加者自身がこれまで影響を受けた文化的表現物を取り上げ、なぜそれが影響を与えたのかについてのエピソードをもとに、美術批評家やアーティストの解釈を交えながら、本人が気が付かなかった内面の問題意識を掘り下げていく。

第3回目は、自分のつくりたい世界を、絵や写真や映像など自分にあった手段で表現し発表する。その作品を通じて、美術批評家やアーティストと本人が対話することで、まだ可視化されていない新しい価値観やヴィジョンを共に見いだしていく。

3回のプログラムを通じて、参加者はアート作品の見方を体験し、自分自身のモヤモヤを言語化し、本当に自分がやってみたいことを再発見するきっかけを得られる。こうしたプログラムにマーケターが参加することで、アーティストの思考回路を身につけ、新しい世界(ヴィジョン)やライフスタイルを描いていくきっかけがもたらされると考えられる。

マーケターとは本来、新しい市場をつくろうとする想像力の中にこそDNAがあるのではないだろうか?データ中心主義や形式主義が蔓延する中、今日の「アート思考」への関心の高まりが、「マーケティングとは何か?」を問い直すきっかけになることを期待したい。

「アート・イン・ビジネス −ビジネスに効くアートの力−」有斐閣
「アート・イン・ビジネス」に関する歴史から、最新事例紹介、定量調査による効果検証、現代アートに関する基礎知識、実践法に至るまで、「アート・イン・ビジネス」のエッセンスが、この1冊のなかに凝縮されている初めてのスタンダードブック

若林 宏保 (わかばやし ひろやす)
株式会社電通 クリエーティブ・ディレクター
電通 美術回路 https://bijutsukairo.com/
アート思考をビジネスに活用するプロジェクト「美術回路」を推進。アート以外にも、地域活性化や都市のブランディングに関するプロジェクトも多く手掛けている。主な著作に、『アート・イン・ビジネス-ビジネスに効くアートの力-』電通 美術回路編(2019年 有斐閣)、『プレイス・ブランディング-地域から場所のブランディングへ』電通abic project編(2018年 有斐閣)がある。現在、日本マーケティング協会と共催でアート思考を活用したプログラム「ヴィジョン・スケッチ」を実施中。また2021年3月にはPHP研究所よりアート思考に関する通信教育教材を出版予定。
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