従来型の大企業ができない「ベンチャー的マーケティング」

「制約」といえば、ベンチャー企業ほど制約だらけなものもない。

信用も金も人材も無い無い尽くしだ。しかし、それをバネに、経営資源豊富な大企業をしのぐようなマーケティングを見せた例は少なくない。ベンチャーというとゲリラ・マーケティング(ジェイ・コンラッド・レビンソンの書籍が有名)という言葉を連想する人も少なくないだろう。

もちろん卓越したゲリラ・マーケティングは成果を上げるものがあるが、さらにその枠を超えたベンチャー的なマーケティングもみられる。これらをよく理解すると、刺激やヒントと共に、自社がとらわれている強みの罠に気づくことができるだろう。では、いくつか例をあげてみよう。

1. 一点集中、話題性をねらう

かつて新興のパソコン・メーカーとして急成長した米コンパック・コンピューターが日本に参入したときのこと。当時のパソコン日本市場でシェア一位は98シリーズを擁するNECだった。

ある日のこと、NECの本社のそば、JR田町駅の様子が一変した。コンパックが駅ジャックを敢行したのだ。田町駅のありとあらゆる広告がコンパック一色で埋め尽くされた。

これは当時は珍しかった。それも、王者NECの目の前でだ。メディアは格好のネタとしてテレビから夕刊フジまで騒ぎ立て、コンパックという面白いパソコンの会社があるぞ、と広く知れ渡ることになった。格別の広告効果が得られた作戦だ。

日本でのトップ・ブランドが市場を席巻しているという厳しい状況を逆手にとって、型破りなチャレンジャーとしてメディアの注目を惹きつけたコンパック。ゲリラ・マーケティングの成功例だ。保守的な大企業ではなしえない戦法であり、クレイジーなアイデアを躊躇なく実行する組織があってこその成果だ。


2. 縛りを飛び越える

ほぼ広告ゼロで、口コミのみでユーザーを増やすというのはベンチャーではよくある話だが、分かりやすい例にリア・ディゾンがあげられる。

米国で注目もされていなかった女性タレントのリア・ディゾンは、自身のサイトで写真等コンテンツを公開した。当時は日米ともに芸能人の写真をオープンソースのように自由に使わせることは極めて困難というか、禁じていた。

ほどなく、日本のネットユーザーが反応して騒がれはじめ、来日の運びとなった。「どうせすぐに帰される」と思い、200ドルしか持ってこなかったが、人気はヒートアップし、来日翌年のNHK紅白歌合戦にまで出場した。

日本に縁のない無名のタレントが、芸能プロが頑張ってもかなわないような”ブレイク”をしたのは、ルール・ブレーカー的なアプローチからだった。


3. 驚くほど徹底し、口コミを喚起

米国で靴のネット通販でトップのザッポスは、ワオ!と驚く顧客サービスを社是とした。例えば、夜中にピザが食べたいという顧客の電話に、顧客の近くで遅くまで営業している宅配ピザ屋を調べて教えたという。

また、結婚式にはきたいと顧客が求めた靴が製造中止で在庫が無いとき、他社の店舗を探しまわってその靴を見つけ、顧客に提供したという。さらに、電話対応の時間は無制限であり、1人の顧客に対して8時間半も対応したこともあるという。

ザッポスでは、こうしたワオ!と驚く例がいくつもあり、それに感動した顧客がソーシャルメディアに書込み、それを見た人が「こんなのあり得ない!」「ザッポスすごいぜ!」と反応し拡散するという、いわばワオ!がワム(WOM=Word Of Mouse)を生む循環ができている。
こうしてザッポスは強力なファンをつくり、突出したブランドを築いたのだ。普通の大企業はここまでできるだろうか?社員がここまでやるだろうか?


4. 突き抜けた話題=コトの提示

サイボウズは、刺激をくれる会社だ。消費材でなく企業向けのソフトウェアなのに、ボウズマンというロボット的キャラクターを使ったキャンペーンは話題を呼んだ。この背景には、マーコム重視の創業社長の高須賀宣氏の戦略があった。

また、最近の話でまだ結果を言うには早いが、「働くママたちによりそうことを」という驚くような(共働きのママの苦労を描いた)テレビCMで話題を呼んだ。「感涙した」「一言言いたい!」などソーシャルメディア上で騒ぎとなった。それもソフトウェアの会社がこのメッセージとは想定外だ。

炎上マーケティングと言う向きもあるが、総務省の省職員のワークライフバランスを推進するプロジェクトチーム会合で本気で取り組む気がないのかと一喝するなど青野慶久社長の行動はマスメディアで報じられ、印象をポジティブなものに導いている。単なるテレビCMをはるかに超えた話題とメッセージの訴求がなされたのではなかろうか。


ベンチャー的マーケティングを実現するには?
これらの例に共通しているのは、発信されたものの受け手が大きな力となっていることだ。無い無い尽くしのベンチャーでも、これなら戦える。

しかし、同様なことを普通の大企業が再現するのはかなり難しい。社内ではこういった枠をはみ出した大胆なアイデアもないことはないだろうが、どうせ無理だとあきらめたり、提案しても稟議を突破できないのが実情だ。

すると平凡無難な手法に埋もれることとなり、高い投資効果は得られはしない。経済性だけでなく、社内のイノベーションやクリエイティビティへの機運を低く抑えてしまう問題もある。

もっと言うと、こうした決断は、外部依存度の高い企業、つまり代理店やコンサルタントに丸投げする傾向のある広告主では、なしえない。あくまで自分ゴトとしてリスクをとって取り組む主体性の高い企業であることが不可欠だ。

つまり、ベンチャー的マーケティングには、起業家精神あふれる企業文化や組織のあり方が鍵になると言えよう。



本荘  修二  (ほんじょう  しゅうじ)
本荘事務所 代表
多摩大学大学院(MBA)客員教授

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