Discover

特集記事

Image
マーケティングホライズン2023年2号

価値を再発見する ~アートを通じて  見つめなおす、熱海の魅力~

昭和を代表する観光地だった熱海は、首都圏から近く、昭和レトロブームの後押しもあり、今や人気観光スポットになっている。一方で、居住者が少ない典型的な観光地のため、パンデミックによる影響も非常に大きかった。まさに渦中の2021年、PROJECT ...

Image
マーケティングホライズン2023年2号

映画館はコミュニケーションの場になった。~逆風だからこそ飛翔したい、ミニシアター「Stranger」の挑戦~

映画を観に行くことは、いつだって特別な体験である。でも、それを提供する映画館は時代に合わせてアップデートしているだろうか?パンデミックはその勢いが収まっても、確実に人々の生活スタイルを変化させた。配信サービスの充実もあり、鑑賞スタイルは多様化している。老舗ミニシアター閉館の報せも聞こえてくるなど映画館業界への逆風は強まるばかりだ。

...

マーケティングホライズン2023年2号

半径1メートルの世界に目を向ける

新型コロナウイルス感染症の症状の一つに嗅覚障害があった。匂いを嗅ぐという行為は、嗅覚が敏感な人や匂いフェチな人を除き、普段、あまりに何気なく行っているため意識する機会は少ない。

だが、いざ失われると食べ物の匂いがわからなくなったり、火が燃えている匂いがわからなかったりと、危険を察知する能力が失われる不安を感じたと聞いた。嗅覚機能が人より鈍い私は、マスクをした生活が当たり前になったことで外で匂いを意識する機会が前よりも減った。一方、精油やルームスプレー、香水など、いわゆる香りものを使ったリフレッシュはこれまでよりも頻繁に行うようになった。匂いを感じることが少なくなったからこそ、無意識に香りを求めたのかもしれない。嗅覚はその他の感覚器官、視聴覚情報などとは違い、大脳新皮質を経由せずに大脳辺縁系に唯一、ダイレクトに届く感覚器官で、感情に直接作用する効果があると言われているので、これまでとは違う日常に不安を覚えて本能が求めたのかもしれない。

実は日本はヨーロッパやアメリカに比べ、香水の市場が非常に小さく売上高ベースで欧州の約10分の1の300〜500億円規模で、化粧品の売上全体からみるとわずか2〜3%程度といわれている。香水砂漠と表現されるほど、広告やマーケティング予算をかけても結果が出ないマーケットと長年言われ続けてきた。はっきりした原因や理由はわかっていないが、日本の香りの楽しみ方や嗜み方は、香を着物に炊きしめたり、匂い袋を忍ばせるなど、古来からほのかな香りを美徳としてきた文化を背景とした嗜好と、頻繁に風呂に入れなかったために発展してきたとも言われるヨーロッパを中心として好まれる強い香り、持続時間も長い香水との相性が合わなかったのかもしれない。日本ではここ20年ほどの間に香りがついた柔軟剤の市場は急拡大し、積極的に新商品が開発されてきたことからもわかるように、香り自体が嫌いなわけではなさそうで、アロマテラピーなどの需要も年々高まり、ブランドや取り扱うショップも増えている状況である。

強い香り、印象づける香りを象徴するのが、2020年に大流行した瑛太の曲『香水』の歌詞である。「ドルチェ&ガッバーナのその香水のせいだよ」という一説があったように、いわゆるラグジュアリーブランドの香りは、他者にはっきりわかるほど香りが強く、持続時間も長いのがこれまでの傾向であった。そのため、どちらかというとこれまでは、自分のために香水をつけるというよりも他者にアピールするための香りが主流であり、雑誌などのメディアでも、モテ香水といった特集が組まれていた。香水の流行も明確にあり、カルバンクラインのCK one、ジバンシーのウルトラマリン、イブサンローランのベビードールなど、名前を聞けばその時代を思い出す人も多いのではないだろうか。

最近は、世界的に新しい流れがでてきていて、ニッチフレグランスと呼ばれる小規模生産でハイクオリティなブランドに注目が集まり、これらは日本市場でも反応がではじめている。ニッチフレグランスとは、作り手の強いこだわりがあらわれた、比較的新しいブランドをさし、これらのブランドは、全体に生産量が少ないことからも、他者とかぶる可能性が少なくオリジナリティを出せる。そんなニッチフレグランスに着目して、世界12か国から約40ブランド、600種類を超える香りをセレクトしているNOSE SHOP(ノーズショップ)は、2017年8月に新宿・ニュウマンでスタートし、現在は全国で10店舗を展開している。ショップを訪れると男女問わず、様々なお客様で賑わっており、同店の一部では、1回900円ほどでミニ香水が入ったガチャガチャである、香水ガチャ®︎などの仕掛けも提供し、ニッチフレグランスへのハードルを下げる試みも積極的に導入している。

2021年、LVMH (モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン)グループが、アルコールを使わない水性香水を展開するOfficine Universelle Buly(オフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリー)を買収し話題になった。同ブランドは、コロナ禍の2020年も成長を続け、前年売上の3倍を記録していた。水性香水は1メートル圏内でフワッと香るといわれるほどさりげない香りで、いわゆるラグジュアリーブランドの強い香りと持続時間の長さが特徴のものとは用途が異なる。自分の気分を上げるためにつけるパーソナルな印象のある香りを展開するブランドをLVMHが買収したということからも時代の変化が垣間見える。

マスク生活が当たり前になり、他者の香りが昔ほど気にならなくなったことや、さらに、人に会わずに家に籠る期間があったことで、外向きに向いていたマインドが自分自身に向き、自分のためにつける香り、なりたい自分のために香水を選び、より自分らしい香りを求める人が増えた今、さらに同ブランドの香水に注目が集まっている。

実はこの自分へのベクトルの変化は、ファッションの流行にも起きていて、今後、他の分野にも広がっていくだろう。他者にアピールするための香りやファッションから自分の気持ちを上げるためや、なりたいセルフイメージに近づくための香りやファッションへと購買行動が変化しつつある。これまで、人に見られる映えを意識しているといわれていたインスタグラムは、見せるというよりも個人的な日記のような使い方に変化してきているともいわれる。外への矢印が内側への矢印に向かった先に、住む場所、教育、食べる物、泊まる場所、購入するものなどはますます変化していくだろう。今までより少し人の目が気にならなくなった時、あなたがお金をかけるものは、どういったものだろうか。自分自身にベクトルを向けた先に欲するものを見つめることで、次のヒット商品が見えてくるのではないだろうか。

 

吉田 けえな(よしだ けえな)

デザインファシリテイター
PR 会社や百貨店のコーディネーター、雑貨ブランドのディレクター兼バイヤーなどを経て渡米。NYを拠点に世界中で、見て、着て、食べた、リアルな視点を大事に、バイイングやリサーチを行う。現在は帰国し、情報収集能力を活かし、商業施設のプランニングアドバイスやポップアップショップの企画立案、デザインイベントやカンファレンスの運営、内装プランニング、パーソナルスタイリングなど多岐にわたり、活動中。

映画館はコミュニケーションの場になった。~逆風だからこそ飛翔したい、ミニシアター「Stranger」の挑戦~

Previous article

マーケティングホライズン2023年2号

Next article