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映画館はコミュニケーションの場になった。~逆風だからこそ飛翔したい、ミニシアター「Stranger」の挑戦~

映画を観に行くことは、いつだって特別な体験である。でも、それを提供する映画館は時代に合わせてアップデートしているだろうか?パンデミックはその勢いが収まっても、確実に人々の生活スタイルを変化させた。配信サービスの充実もあり、鑑賞スタイルは多様化している。老舗ミニシアター閉館の報せも聞こえてくるなど映画館業界への逆風は強まるばかりだ。

そんな中、ミニシアター「Stranger」は、2022年9月に東京の墨田区菊川の地にオープンした。逆風吹き荒れる中「新しいスタイルの映画館」を標榜し、映画を「知る」「観る」「語り合う」「論じる」、そして「映画で繋がる」というコンセプトのもとに立ち上がったのだ。そして、オープンと同時にジャン=リュック・ゴダールの特集上映が組まれたが、その直前にゴダールが91歳で逝去するという波乱の幕開けとなり、そのことも開館と相まって話題を呼んだ。

それから約3か月近く経った今(2022年12月取材時)、同館はどのような状況にあるのだろうか。そのコンセプトは、どこまで映画ファンの心に響いたのだろうか。そして同館の存在で、映画業界はどう変わっていくのだろうか。Strangerのチーフ・ディレクターである岡村さんに、改めて同館を立ち上げた経緯から、オープン後の手応えと現状などについていろいろ伺った。

 

なぜ、今ミニシアターなのか。

 

───岡村さんは映画美学校を受講後、映画館や配給会社でのアルバイト、撮影現場の制作部スタッフなどを経てデザイン事務所を設立され、一般企業のブランディングなども手掛けるようになり、複数の会社を経営するまでに業務を拡大されてましたが、そこから一見関係なさそうな映画館をオープンされました。ぜひこの経緯を教えてください。


岡村 僕は、2011年にブランディングデザイン会社「アート&サイエンス」を創業し、これまでブランドのデザインコンサルティングをやってきました。それで、ブランディングデザインの領域では昨今、DtoC(ダイレクト・トゥ・コンシューマー)というムーブメント、要するに「製販一体」というビジネスのトレンドがあったんですが、そこに自分たちも興味を持ったのがきっかけです。やがて、自分たちでも何か事業を形として実際に手掛けたいという思いを持つようになり、創業から10年を超えたところで映画館開業のプロジェクトをスタートさせたわけです。


───なぜ映画館を選んだのでしょうか。


岡村 どんな事業を手掛けようかと考えたとき、実は僕は20代の頃に少し映画業界にいたことがありまして、今でも映画が好きなことから、そういえば映画館はまだあまりブランディングされていないんじゃないかと思い、映画館のオープンを考えたのです。


───それが現在のStrangerのコンセプトにどのように結びついたのでしょうか。


岡村 コロナ禍によって仕事の選択と集中を模索していた2021年11月、たまたま入ったミニシアターから刺激を受けたのが経緯です。コロナ禍で出歩く機会も減って、近所の行きつけのお店に通ううちに、店員や常連さんと交わす会話に心地よさを感じていたところ、そんな雰囲気を持った映画館を作ってみたいと思うようになったのです。
それまでの既存の映画館をやっている方々は、やはり立地と上映設備と入場料、そして作品を中心に考えるんですよね。スタッフとお客さまのコミュニケーションとか映画館のブランド化という考えはあまり念頭にないわけです。なので、内心僕は、コミュニケーション重視の映画館が作れたら少なくとも新しいスタイルの映画館ができるなと、変に確信したところがあって。そこに本当にニーズがあるのか・・・、不安要素でもありましたけど(笑)。ただ、僕は確信があったのですよね。


───確かに映画館でコミュニケーションをとるってあまりイメージが沸かないですね。斬新だと思います。


岡村 そうですよね。映画館で映画を観るという体験は、まず家で、何が上映されているかを調べて、そして映画館に行って映画を観て、帰りがけに1人でカフェに寄って家に帰る。下手するとこの間、一言も誰とも口をきくこともない。映画館での映画鑑賞体験って何かすごく孤独な感じだと思ったんです(笑)。


───確かに孤独だ(笑)

 

「ミュージアム型」ではない「ギャラリー型」の映画館をめざす

岡村 現在の顧客と接するビジネスは、顧客とのタッチポイントをとても重要視しています。それこそアップルストアでもブルーボトルコーヒーなどでも、お客さまとスタッフがまるで同じモノを愛しているファンや仲間のような共通意識を持っています。それこそ「いらっしゃいませ」じゃなくて「こんにちは」と言って、アップルの新製品とか、コーヒーについてちょっと会話を交わしながら商品を買ったり、説明を受けていたり。まるで友だちのような感覚でリッチな体験をして帰っていくという、こういう何気ないコミュニケーションのあり方が新しいホスピタリティとして出てきていると思います。

なのに映画館はあくまで非日常的な劇場・空間というとらえ方で、ホテルと同じように支配人と呼ばれる人がいて、制服を着たスタッフが両手を前で組んで、恭しく「いらっしゃいませ」「誠にありがとうございます」「かしこまりました」と、そういう世界です。映画館はコミュニケーションがとりずらい。逆にそれができれば、映画館での映画鑑賞体験がさらにもっともっと豊かなものになると思ったんです。

Strangerという場で意識しているのは、オープンでフレンドリーな雰囲気。だからスタッフには、「ちょっと目が合ったお客さまには、『映画、いかがでした?』とか『お近くにお住まいですか?』とか、積極的に話しかけるようにしよう」と言っています。アパレルとか飲食の世界では、もはやそれが当たり前じゃないですか。

映画好きとか、その映画館の場所が好きという人たち同士で無意識的につながり合うというようなことができたりとか、単に映画を見に行くためだけの映画館じゃなくて、そこの映画館で過ごすという体験、そこに価値を感じられるような、その映画館で映画を観るという鑑賞体験をブランド化するというような、何かそういう方向性でコンセプト化して映画館を作れば、ネット配信やサブスクリプションが当たり前の時代の中に、リアルだからこその何か新しい価値観を打ち出せるんじゃないかなと思ったのです。


───言われてみると、今までそういう映画館がなかったのが不思議な感じがします。岡村さんは映画館立ち上げの際に「ミュージアム型」ではない「ギャラリー型」の映画館をめざすともおっしゃっていましたね。


岡村 おとなしく作品を鑑賞する「ミュージアム型」ではなく、スタッフと作品について意見を交わしあったり、情報交換をしあったりできる「ギャラリー型」の場所にしたい。従来の映画館の基本となっている、お客さんを大きな数字としてとらえて「マス」なコミュニケーションを打っていくスタイルではなく、日常の何気ないコミュニケーションを重要視する、それを僕は「スモールギャザリング」と呼んでいるのですが、そんなコミュニケーションができる映画館にしたい。映画館のスタッフから「今日の映画はいかがでしたか?」などと声を掛けられることって、あまりないですよね。映画という同じ趣味を持つ他のお客さまやスタッフとは、仲間意識を持ってフレンドリーにコミュニケーションできるポテンシャルがあるはずなのに。
こういう考えに至るきっかけがコロナ禍であったし、それこそコロナがなかったら、映画館をやろうとは思わなかったかもしれないです。

 

いろいろな縁があって今がある

 

───そういう経緯があったわけですね。ところで、Strangerのオープンに墨田区菊川の地を選んだのだのはなぜでしょうか。また、Strangerという映画館名の由来は何でしょうか。


岡村 最初は全然別の場所を探していたのですが、地代の高さや設置基準に合った物件が見つからず、近年若者が集まりつつあった江東の清澄白河に目を向けると、遠からぬ墨田区菊川に廃業したパチンコ店が見つかったのです。天井の高さや広さなど、条件にぴったり。ちょっと歩けば東京都現代美術館もあって、文化的雰囲気と無縁でもない。この際だから新しい場所で、インディペンデントの価値観を持たせて、わざわざそこに足を運んでくれるような映画館にしようと決めました。2022年の6月には物件を契約し、知り合った映画関係者の紹介で、閉館した山形県鶴岡市の「鶴岡まちなかキネマ」のスピーカーと新潟県十日町市の「十日町シネマパラダイス」の座席を譲り受けました。改修工事を完了して9月16日に開館に至ったわけです。


───着想からこけら落としまで1年弱でオープンと相当にフットワークが軽いですね。また、開館の特別上映はゴダールと決めていたのですか。


岡村 もちろんです。18歳の時に『気狂いピエロ』を見て鮮烈な印象を受けて、僕の人生は映画に関わっていくことだ、と心に決めたんです。そこからはゴダールの映画を見続けて、さらにゴダールが影響を受けたマルグリット・デュラスやジョルジュ・シムノンらの小説も読みあさり、映画で使われている音楽を聴きあさりました。60年代の作品は時々上映しているけれど、80~90年代のゴダール作品は動画配信サービスでもなかなか観られない。音響設計も実験的で、映画館で観るのにふさわしいですよね。

また、Strangerという映画館名は、クリント・イーストウッド監督『荒野のストレンジャー』などから着想を得たのですが、僕自身、映画業界ではストレンジャー(よそ者)。だからこそ見える道筋や課題を大切にして、ストレンジだなと思われても、力強く取り組んでいきたいという想いがそこにあります。


───Strangerは、全部自己資本で開館されたのですか。


岡村 クラウドファンディングにもお世話になりました。おかげさまで、これは非常に注目をしていただきました。その理由はデザインにこだわった映画館だということを強くアピールしたということ、それに対して支持してくださる方がたくさんいたこと。あとはエリア的に東京の東側でミニシアターを作るというのが実はレアケースなので、そこもとても注目されたというのがあると思います。本当にありがたいです。


───オープンされてからの手応えはいかがですか。


岡村 実際に立ち上げてみたら、今やネット予約してQRコードをかざして入場するというような仕組みなので、これもまた下手をすると、映画館に来てからピッと入場して映画を観て帰るまで、全く接点を持たないで帰ろうと思ったらできてしまうんですよね。だけど、それだとめざす体験にならないので、お客さまがいらっしゃったときから帰るときまで、それこそ、ご来館されたとき、映画館から出られるとき、映画館にちょっと留まって何かチラシとかをご覧になっているときとかにあえて、お声掛けするようにしています。これをきっかけにお客さまと会話が弾んだりするばかりでなく、映画を観に来るだけではなくて、我々とコミュニケーションするということを目的に来館くださる方もたくさんいらっしゃいます。やはり一定のニーズはあったなと感じています。

 

Strangerがめざす5つの体験

 

岡村 Strangerでは、「映画を知る」「映画を観る」「映画を論じる」「映画を語り合う」「映画で繋がる」という5つの体験を一連の映画鑑賞体験として提供する新しいスタイルをめざしています。来店したら「いらっしゃいませ」ではなくて「こんにちは」。アップルストアやスターバックスのように、ブランドのファン同士が製品について語り合う、いわゆる丁寧な接客とは別のホスピタリティがあります。こうしたコミュニケーションをめざしていけば、厳しい業界ではあるのですが、いつかブレイクスルーを起こせるのではないかと思います。

また、「映画を語る」、「映画で繋がる」というところでは、コミュニケーションをとるためのカフェ併設というコンセプトも功を奏しました。映画を見終わったあと、少しカウンターに留まってコーヒーを飲みながらスタッフと一緒に映画のおしゃべりをしたりとか、そこで初めて会ったお客さま同士が盛り上がって映画の話をしているという光景を見かけるので、先ほどのニーズに対する実感は改めて確認できました。なので、それをどれだけ僕らが環境としてさらに盛り上げていけるのかというのがポイントだと思っています。


───今後もイベントとかも含めてお客さま同士が話す場とかは考えていらっしゃったりするんですか。


岡村 まさにお客さま同士のコミュニティというか、それをいかにオーガナイズしていくかというのが僕らの大事な役割の1つかなと思っています。

カフェのエリアを利用して、みんなで映画についてディスカッションできたりとか、そういう企画、イベントをオーガナイズしていきたいし、やっていかないといけないなと思っていますね。今はまだ、ちょっと引きで見ると、しゃれた空間の新しい小さな映画館という感じなので、今後はいかにソフト面を充実させていくかというのが、これから取り組むべき重要なポイントだなと思っています。

カフェも併設されたロビーはコミュニケーションの場でもある
49 席ながら、本格的な音響映写装置と快適な座席を備える


───確かに、自由に議論ができる場というのは、周りを見てもあまりないですね。これがSNS上ですと顔が見えない分、意見がかみ合わないとすぐ炎上したりします。やはり対面だからこそ節度をもって建設的に議論がいい方向に進むということもある。すぐその場で解決策は生まれないにしても、議論する場があることでみんなが何らかの問題に対して向き合ったり、考えていくことで文化力が育まれて、さらには世の中が良くなっていくということもあり得ますからね。


岡村 リアルな場で、かつ、その場において心理的安全が確保された上で議論する。顔が見える距離感でというのは、そうですよね、すごく大事なことだし、もしかしたらそういう役割を担っていくような場こそが残っていくのかもしれないな。

既存の映画館、ミニシアターには30~40年の歴史があるだけあって、すでに公共の場に近い感覚があると思うんです。プライベート感覚のあるリラックスできる空間ではないというか、フレッシュな場所ではなくなっているように思うし。何となくすごく居心地が良くて気持ちがいいから行きたいなという場所じゃないと思うんですよね。映画を観るから行くということで。実際行って、映画館のスタッフに「今日の映画、どうでしたか」とか、「そのお洋服すてきですね」とか、言われたことってたぶんほとんどの人はないと思うんですね。場合によってはちょっと何かものを尋ねたりとか、パンフレットを買ったりするときでさえ、少し遠慮がちに話し掛けないと、忙しいスタッフの邪魔をしちゃうんじゃないかと、かえってお客さんの方が気を遣ってしまう。僕たちがめざしているのはそうじゃなくて、それこそ街の古着屋さんとか、レコード屋さんとか古本屋さんとか、カフェとかと同じように、その空間が好きだから、そしてその空間にいること自体が気持ち良くて、そこにいていいんだと思わせてくれる。そういう空間であることが大事かなと思ってます。


───Strangerにはコアな映画ファンが集まりそうですが、映画にあまり詳しくない方やStrangerに初めて来館した人でも楽しめますか。


岡村 わかります、その心配(笑)。ミニシアターって、映画に詳しい方たちが常連になっていて、ライトな映画ファンが気軽に来られないような、ある種、殺伐とした空気があると思うのですが、だからこそ、そこを変えていきたいと思っています。さまざまなお客さまと幅広くコミュニケーションを取ることをめざしているので、気兼ねなく遊びに来てほしいですね。


───Strangerの誕生により今後期待する効果や、周りにこんな影響を与えられたらという展望はありますか。


岡村 映画館を手掛けてみて分かるんですが、映画館の運営はものすごく大変なんです。既存の映画館、特にミニシアターを継続運営しているというだけで本当にリスペクトを感じます。でも大変だからこそ、日々の業務に追われてなかなか新しいチャレンジにまで手が回らない。僕たちは新参者だからこそその役割を担いたい。いろいろとチャレンジしてその成果や反省を既存の映画館業界にもフィードバックしていきたいですね。今、映画業界自体が試行錯誤中だと思うんです。作品の選定から、情報の発信の仕方まで、いろいろな要素が考えられると思うのですが、僕たちが最も重要視しているのは、お客さまとのコミュニケーションの仕方。仲間意識を持ったお客さまとスタッフが、映画を軸にして一緒に成長していく場としての映画館。新しいスタイルとしてこれがいい成功事例になれば、業界全体を底で支えられるのではと思っています。とはいえ、経営的な面を考えるとあまり悠長なことも言っていられない(笑)。頑張ります!


───本日はありがとうございました。


都営新宿線の菊川駅からほど近い場所にある「Stranger」。映画を観たり語ったりするのはもちろん、お客さま同士のコミュニケーションの場としても価値ある存在だ。
今こそ、外に出て好きな映画について語り合ってみよう!

 

岡村 忠征(おかむら ただまさ)

映画館Stranger チーフ・ディレクター、アート&サイエンス株式会社 代表取締役
1976年生まれ。映画美学校修了後、映画・ドラマの制作業務に従事。劇場映画や局制作TVドラマなどに携わる。グラフィックデザイナーに転身後、編集プロダクションにてエディトリアルデザインを担当。その後、光学検査機器メーカー企画部に在籍しブランディングプロジェクトを推進。会社案内制作、Webサイト制作、新製品VI計画、展示会プランニングなどを手掛ける。コーポレートメディア専門のクリエイティブ・プロダクションでクリエイティブ・ディレクター、企画アカウント事業部部長、取締役などの要職を歴任。2011年アート&サイエンス株式会社を設立。

 

(Interviewer:吉田 けえな 本誌編集委員)

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