マーケティングホライズン2022年6号

東南アジア発プラットフォーマーを理解する

 

蛯原 健(えびはら たけし)

リブライトパートナーズ株式会社 代表パートナー
アジア地域に特化した独立系ベンチャーキャピタル、リブライトパートナーズを2008年に創業し、シンガポールとインド・バンガロールおよび東京の3拠点体制で運営。 
日本証券アナリスト協会 認定アナリスト(CMA)。

マーケティングの基盤構築やデータマーケティング業務をアセアン、中華圏で推進体制を統括。2022年より現職。

 

シンガポールを拠点に、東南アジア、インド中心に数多くのスタートアップへの投資をされているベンチャーキャピタリスト蛯原健さんに、東南アジアにおけるプラットフォーマーの特徴についてお話を伺いました。

─── 早速ですが、蛯原さんが注目されている東南アジア発プラットフォーマー企業を教えていただけますか。

蛯原 我々は投資もしているので、ポジショントークが入ってしまうところもありますが、基本的には頭1つ、2つ抜けているメガプレーヤーが育っています。これらのメガプレーヤーに関しては生活レベルでずいぶん浸透しています。まずトップにいるのがSea limitedという会社のShopee(ショッピー)というeコマースプラットフォームと、それからGarena(ガリーナ)というゲームのプラットフォーム。ゲームプラットフォームについて言えば、ユーザー以外にはそれほど知られていないと思いますが、逆に言えばユーザーからは非常に強い支持があります。次にくるのが、Grabです。先日米国でSPAC上場しました。次に、この4月にインドネシア証券取引所に上場したばかりのGoTo(ゴートゥー)は、Gojek(ゴジェック)とTokopedia(トコペディア)が合併した会社です。初値で時価総額3兆円は超えたと思います(初日終値の時価総額は1ルピア=約0.0087円で約3兆9,324億円)。そして、私どもも投資をしているインドネシアのBukalapak(ブカラパック)。こちらも昨年上場して、上場直後の時価総額は1兆円を超えています。

この4社が、メインストリーム第1世代。いわゆるメガスタートアップ化したところとして誰もが知っているような企業かと思います。

その次にくる第2世代は、大きく花開いている分野がいくつかあり、1つはフィンテック、レンディング。貸し借りのプラットフォーム的な要素もあります。次に、バーティカルサプライチェーンです。例えば農業のプラットフォーム。農作物のサプライチェーンのプラットフォームです。他には、医療に特化したプラットフォームなどもあります。第2世代的スタートアップの中では専門のバーティカルプラットフォームというのが立ち上がってきており、まもなくユニコーンになる状況です。

まとめると、第1世代のeコマースやライドシェアを中心としたプラットフォーム。第2世代は、1つはフィンテック、もう1つは産業バーティカルごとのサプライチェーンやeコマース(B to Bを含む)というような状況になっていると思います。

─── 第1世代でeコマースとライドシェアの領域がここまで大きくなったということに東南アジア特有の理由はあるのでしょうか

蛯原 これは内部、外部、マクロ、ミクロ、それぞれ要因がありますが、一番大きなマクロ要因で言うと、まず市場全体がグロース市場であるということです。中間層が勃興して、経済成長率が高く、従って比較的インフレ傾向のあるグロース市場であるということです。購買性向が高い中間消費者市場が勃興している国はインベスターにとっては好ましい市場ですからお金が集まりやすい。特に、中間層の消費者市場向けの産業にお金が集まりやすい傾向があります。これは新興国すべてに共通する傾向です。中国もインドもブラジルも新興国で経済成長期にあるところは中間層が育って購買性向が高く、消費者市場が上がるので、コンシューマー向けの産業が伸びます。従って、いわゆるユニコーンというのは、ほとんどがコンシューマー向けです。東南アジアはまさにこうしたマクロ要因のあるエリアといえます。

そのコンシューマー産業でビジネスプロセスがデジタルに載っているのがeコマース、そしてペイメント。大体どの国でもeコマース、ペイメントがまず第1弾として立ち上がります。

第2弾として、米国で生まれたライドシェアというのが突如として勃興したんですけれども、やはり市内交通というのは大きな消費者市場で、そこが伸びてきたということです。また社会環境的にいうと、いわゆる「リープフロッグ」という言葉がとてもよく使われています。直訳すると「蛙跳び」ということですが、ビジネスや社会のインフラが乏しい国では、先進国がたどってきたプロセスを一段飛ばしするということです。インドネシアですとバスがぎゅうぎゅう詰めで、とても混んでいるのですが、その代わり片道20円程度と安い。その中で大学を出て初任給を取ったので、これからタクシーに乗ろうという段階になると、タクシーを飛び越えてライドシェアのGojekにいくようになります。または近くに、おいしくて洒落たイタリアレストランができる前に、Uber Eats的なものでデリバリー利用するようになる、クレジットカードを持つ前に電子ウォレットで十分だということもあります。または銀行口座を一生持たないで、携帯番号イコール口座番号というような人がフィリピンやインドネシアではこれからマジョリティになってくる。あらゆるものが発展段階を一段飛ばししていくというのがリープフロッグなのですが、先進国に比べて社会や経済のインフラが整っていない分、デジタルが早く発展するという側面もあります。マクロ視点ではこの2つが大きいです。

─── 第1世代プラットフォーマーは既にメガスタートアップ・スーパーアプリになってきているというお話でした。今後の成長ストーリーについては共通の傾向はありますか。

蛯原 これは、新興アジアならではという話と、地域に限らずスタートアップがメガスタートアップ化していく道程の中で大体共通していることの2つがありますが、まず後者からいきますと、基本的にはロールアップです。これはアメリカでも日本でも、中国でも、どこでも起きています。つまり、同業他社同士が、買収、合併を繰り返し、過当競争をなくしていき、最終的には2つ程度のプレーヤーに収斂していくということです。例えばライドシェア業界で実際に起きてきたことなのですが、Uberは、Uber東南アジアがGrabに買収される形、株式交換買収される形でGrabの一部になりました。同じことを中国ではDiDiと一緒にやっています。こうしたことがさまざまな企業間で起きています。

また、業際間のロールアップというものもあります。これはターゲットが同じで違うビジネスを行っている企業同士が合併するということで、今回のGojekとTokopediaが合併したのはまさにこの業際間ロールアップに入ります。この合併にはいろいろな理由がありますが、スーパーアプリ的なものをめざしていく中で、eコマースとライドシェアが1つのアプリの中にあってもいいということで業際同士がくっついたロールアップです。こうした動きがSaaSの中でもしばしば起きています。ロールアップを重ね効率化してROIを上げて、成長させていくということです。

もう1つ、新興アジアならではの成長領域として、地方市場が挙げられます。ルーラルビジネスというのは新興国においては非常に広大なビジネスフロンティアです。OECDがいわゆる都市化率というものを2~3年に1回ぐらい発表していますが、シンガポールなどの特殊な国を除くと、東南アジアの国の都市化率は大体半分前後です。その国の人口当たりで田舎に住んでいる人と都市に住んでいる人の割合が半々であるということです。インドでいうと人口の3分の2は田舎に住んでいます。ですので、地方への浸透をどう図っていき、そこの顧客当たり単価をどう上げるかということにみな腐心をしています。今後の成長については地方市場への拡張を考えているスタートアップはかなり多い印象です。

─── 地方市場をビジネスフロンティアとして取りにいくとき、地方向けサービスを従来のものと少しサービスを変えていく動きはあるのでしょうか。

蛯原 わかりやすい例でいうとBukalapakは 1級都市から2級都市、3級都市へと地方市場を広げていく際に、エージェント組織をつくって対応しています。2級、3級都市のパパママショップ、雑貨屋さんにBukalapakエージェントになってもらい、そのエージェントがスマホを持っていれば、その商圏内の村人たちはそのスマホを通してeコマースをエンジョイできます。パパママショップに商品が届いたら、そのショップの店員が、「届いたよ」とお客さんのフィーチャーフォン(いわゆるガラケー)にメールしてあげて、歩いて取りに来る。Bukalapakはそういったことをしてくれるエージェントを400万店ほど組織しています。また、Grabも同様のことをしている会社を買収して、同じように田舎を押さえています。やり方はいろいろ工夫している中で、専用の物流事業者を買収したりしています。3級都市になると、おむつや粉ミルクなど、そもそもモノ自体がなかなか手に入らないということなのでeコマースのニーズが高い面もあります。

─── 今紹介されたアジアのプラットフォーマーと、アメリカ的なプラットフォーマーとで思想的な違いはありますか。

蛯原 そもそも1社ずつそれぞれ違うと思いますので、なかなか括りにくいとは思うのですが、プラットフォーマーである前に基本的にはサービス産業を営む企業、メーカーではなくサービス業であるということです。サービス業である以上は、やはり土地に根差すものであるというのは変わらないと思います。インドネシアならインドネシアならではの、インドネシアに根差した会社という意識が非常に強いです。同時に、ユーザーのパーセプションもある程度あるのだと思います。やはり新興国では非常に愛国心のある人が多い。おらが国の企業を応援するような意識は結構あります。ですので国にもよりますが、ユーザーインターフェースやサービスのクオリティなどについてサービス産業であるからにはローカルに根差すということを意識しないといけないというところはあると思います。

─── 蛯原さんは一方でインドのスタートアップにも投資されています。インドのスタートアップと東南アジアのスタートアップで違いは感じられますか。

蛯原 まず圧倒的に規模が違います。インドは東南アジアで人口が最多のインドネシアと比べても5~6倍の人口を抱え、経済規模も同様に大きいです。従って、スタートアップ・エコシステムの規模も圧倒的に大きい。そもそもインドは米中に次ぐ世界第3位のスタートアップ大国です。もう1つの大きな違いは、テクノロジー立国であるということです。インドはテクノロジー人材が世界で最も輩出されている国の1つで、インド発のSaaS企業やセキュリティ企業、サーバーサイドのテクノロジー企業などが多く存在します。東南アジアでテクノロジー立国を掲げる国はシンガポール以外にはほとんどないことを考えますと、かなり違うといえます。

─── そういう中で生まれてくるプラットフォーマーも変わってくるのでしょうか。

蛯原 大きく分けて、先にあげたサービス産業でドメスティックな市場で消費されるサービス産業と、グローバルなプロダクトやソフトウエアというのは大きく議論を分けたほうがいいと思います。グローバルの、例えばSaaSなどテクノロジー系の会社は、インド人による会社、インド発の企業が多いです。世界のSaaS企業の10%はインド系の企業だといわれています。メディアにはシリコンバレー企業のように書かれ、本人たちもあえてシリコンバレーに居を構え、デラウェアに会社を登記しているので、シリコンバレー発に見える会社も実際はインドで生まれた会社というケースが多くあります。だんだんとアメリカの企業へと衣替えしていくのですが、そういうケースも含めて非常に多いです。
一方で、ドメスティックサービスについても、市場規模が頭1つ大きい、かつコロナ期を除くと大体7~8%でGDPが成長している。こんな国はほとんどありませんので、規模の違いと強さというのが特徴だと思います。

─── 東南アジアではEC、ライドシェア、ペイメントなどが第1世代という話がありました。インド発として、これ以外の領域で注目している企業があれば、教えていただけますか。

蛯原 やはりエデュテックは1つ挙げるべき領域です。インドの未上場スタートアップの一番大きな会社はByju's(バイジューズ)というエデュテック会社です。これはインドの、かつ世界の最大の未上場のエデュテック会社になってきました。

これはさまざまな理由があるのですが、社会的背景としては『坂の上の雲』的といいますか、家計に占める教育費の割合が驚くほど高いということがあります。なぜかというと、今日より明日、来年、10年後は絶対良くなるんだという考えがあって、勉強していい大学へ入って、いい会社へ行けば絶対暮らしが良くなるとみな思っている。逆もしかりだと思いますので、親はみな教育費にお金をかけます。こうした背景から、エデュテックが流行しているということと、少子高齢化とは逆に、人口ピラミッドが下に広がっているので、当然ターゲット人口も多くなるということがあります。

─── エデュテック領域における具体的サービスはどのようなものでしょうか。

蛯原 基本的にはオンライン塾またはオンライン家庭教師です。もちろん教科は、英語、算数、コーディングなど、さまざま用意されています。また、この会社も同じようにロールアップして、アメリカのエデュテックスタートアップを次々と買収しています。もう1つの側面はアービトラージ(Arbitrage=相場の価格差を利用して利益を得ること)です。世界でも上位の英語話者人口がいるのがインドです。テクノロジー人材がいて、高学歴高技能で、英語が話せる人材が比較的低コストで提供できる。その一方、低コストで高品質な先生を求めている世界中の富裕層からアッパーミドルぐらいの人たちのご子息ニーズがある。それが成り立つのがインドということです。

─── 個別の会社についてお伺いします。Sea Limitedを注目のプラットフォーマーとして挙げていただきましたが、どのような理由でしょうか。

蛯原 まず、単純に業績が一番ということです。頭1つ抜けています。
特にGarenaは圧倒的なゲームの覇者ですね。東南アジアのゲームプラットフォームの文字通り覇者です。二番手はほとんど見えないぐらいの覇者です。その理由は、いろいろあるのですが、以前はTencent(テンセント)が3分の1の株式を持っていまして、Tencentから支援を受けて「League of Legends」というロールプレイングゲームのインド、東南アジアにおける独占配信権を得まして、そこからモバイルのハイエンドなゲームを圧倒的に独占して提供しているということですね。eスポーツでも圧倒的な存在感がありますので、ゲームに関していうと敵なしという状況です。
比較的一人当たりGDPが高い東南アジアの中でも、シンガポール、マレーシア、タイでユーザーが多いのですが、ベトナムやインドネシアなどでもユーザーが増えてきています。スマホと4Gの普及率上昇とともに各国でかなり浸透しています。
この会社はGreater Sea(大東南アジア)という造語を作ってIR資料などに書いています。Greaterとは何かというと、一部東アジア商圏を含んで展開しているということです。若干賭けの要素が入っているものもありますし、公序良俗、女性の描き方などについてはインドネシアのようなムスリム系の国はかなり厳しいので、細かい注意点をクリアしながら幅広く展開しているということです。

─── Bukalapak社の成長ストーリーについて教えていただけますか。どういう点が成長において重要だったのでしょうか。

蛯原 まず外部的なマクロ環境というのが大前提としてありました。その上で、当然競争相手はいるので、企業として優秀で競争優位性がある必要があります。競争優位性についてはいくつかありますが、第一にTokopediaにしろ、Bukalapakにしろ、Gojekにしろ、ローカルのファウンダーだということです。外国から急に来て、理屈とお金だけでやっても不思議となかなかうまくいかない、ということが多いです。とはいえ、資金調達は大事で、資金調達戦略というのもスタートアップにとって勝ち抜く1つの条件ですので、Bukalapakの場合、現地のコングロマリット、シンガポールのソブリンファンドのGICなどに応援してもらえたというのは大きいです。その後、アリペイのアントフィナンシャルやマイクロソフト等に支援してもらうわけですが、そういう資金調達を絶え間なく成功させてきたのも非常に大きな要因です。

ビジネス的には大きく分けると2つ、地方のフロンティアを拡大していくと同時にARPPUを上げていくことが1つ。
もう1つは、中堅銀行を買収するなど業際拡大をこの会社もやっています。ファイナンスサービスラインナップを広げていき、Bukalapak経済圏的なものをつくっていくというのは当然の流れとしてあります。そのような業際拡大はひたすら続けていくと思います。ジオグラフィックと業際ホリゾンタルの両方の拡大になります。

─── 今後こうしたスタートアップがデータエコノミー時代にどういう役割を果たしていくのでしょうか。

蛯原 これからデータプラットフォームの役割が増えていくというのは当然だと思います。例えばeコマースの購買履歴や、ライドシェアの利用履歴、逆にドライバーの勤務履歴。これに応じたレンディングとか信用枠の創造ということは各社相当頑張っています。

また今やっているのはeコマースの購買性向データを使って、自社のプライベートブランドをつくっていくことに使うということです。第三者開放というのはこれからだと思いますが、当然今後はあり得ると思います。
コマースだけではなく、東南アジアでもインドでも同様に、モバイルアプリでお医者さんにかかるというのがありますが、これもデータを使って、例えばマイクロ保険を売っていくということをやりますし、Grabと中国平安(ピンアン)テクノロジーが提携してユーザーデータを活用していこうという発表も既になされています。ですので、コマース以外にもトランザクショナルなコンシューマーデータを蓄積して転用していく動きはかなり活発化している状況です。

─── 日本企業はアジアのプラットフォーマーとどのように付き合っていくのが良いのでしょうか。

蛯原 まず大きくは、アジアでビジネスをつくりたいのか、アジアから出てくる何かを日本ないしは別のリージョンでの事業に役立てたいのかということで違うと思います。インバウンド、アウトバウンドと言いますが、どちらなのかが大事です。

両方ともやるべきだと思いますが、有限なビジネスリソースの中で企業がどちらを望まれるかというと、東南アジアの場合は圧倒的にアウトバウンドです。東南アジアでビジネスをつくりたいという会社が多いので、我々がお勧めしているのは、それであるならばデリバリーパートナーを探しましょうということです。つまり、日本企業の持たれているものはほとんどの場合、東南アジア現地のものよりも優れていることが多いです。だからといって、それをそのまま売ろうとすると、それは失敗の歴史なのです。なぜかというと、オーバースペックで値段が合わないなどということがありますが、もう1つ統計を取ると、販売網が弱いということがあります。それでビジネスがなかなかうまくいっていない。結局はローカルでものを売ろうと思うとローカルの人が売るのが一番いいわけで、そのためにスタートアップと組めばいい。あるいは現地のプラットフォーマーを活用するのがいいという提案を常にしています。

確かにこの技術はもう我が社にあるよということもあるのですが、現地に最適化されたスペックで、現地でモノを売ろうと思ったらスタートアップがいいですよということはよくあります。そういう現地適合性も含めてローカルのパートナー、デリバリーパートナーと組みましょうということです。新しいモノやサービスの場合、既存のインフラがあるとは限らないので、そうなると新しい販路を自らつくろうとしているスタートアップと組んでいくということはかなり重要ではないかと思います。

─── 本日はありがとうございました。

(Interviewer:帆刈 吾郎 本誌編集委員)

 

帆刈 吾郎
株式会社博報堂 第二ブランドトランスフォーメーション局 局長
1995年に博報堂入社、以来マーケティング職に従事。
2013年タイバンコクに駐在、生活総合研究所アセアンを設立。2020年日本に帰任し現職。

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