“決して断らない”福祉で、地域共生社会を創造する 〜埼玉県鴻巣市福祉課の奮闘〜

強固なチームワークで業務施行にあたる福祉課職員の皆さん 強固なチームワークで業務施行にあたる福祉課職員の皆さん

「断らない相談支援体制づくり」への取り組み

───本誌の今回のテーマは、ウェルビーイング、誰一人取り残さないということです。どんな人でも人生はその人だけの、その人が主人公のものです。
 鴻巣市福祉課では、市民の皆さまに寄り添い、誰一人取り残さないように奮闘なさっているとお聞きしております。その奮闘の実態をお聞かせいただけますか。

服部 当市では、令和4年度より社会福祉法の改正により「重層的支援体制整備事業」を開始し福祉課内にその専任担当である地域共生担当を置きました。
 行政の福祉部門の相談窓口には、日々様々な相談が寄せられます。その中には、制度・サービスだけでは解決できないもの、そもそも制度・サービスの対象にならないもの、介護や障がいなど複数の課題を抱えていて複数の担当課での対応が必要なもの、問題が複雑に絡み合っているものもあります。例えば、障がいがあり障害者手帳を持っていらっしゃる方や、生活保護を受給していらっしゃる方はそれぞれ、サービスにつながったり支援を受けていらっしゃいますが、障がいの程度や医療機関へつながっていないなどの理由から障害者手帳を保持できていない、医療機関受診への支援が必要だが支援者がいない、生活保護の要件には該当しないが、生活することが困難で孤立している方など、制度と制度の狭間にいらっしゃる方に対する具体的な支援策がありませんでした。
 重層的支援体制整備事業の役割のひとつは、こうした事象を解消したり緩和することです。重層的支援体制整備事業により「断らない相談支援体制」を構築し、複雑化・複合化した課題を抱える方を、どんな方も誰一人として取り残すことのないように、終結まで伴走支援をし、また生活の拠点である地域にて孤独孤立にならないよう「居場所づくり」などを行います。
 地域共生担当では、「安心・安全に暮らせるまち   こうのす」をスローガンに掲げ、日々、市民の支援に駆け回っております。数字ベースでお話しますと、重層的支援体制整備事業を開始する前では、福祉課の中で生活保護や生活困窮を除いた、高齢者対応の件数は月に平均80件、多いときで100件程でしたが、令和4年度に地域共生担当ができて以降は、高齢者だけでなく様々な年齢や立場の方の対応が年間に1,300件以上になりました。
 件数的にはさほどとお感じになると思いますが、内容は複雑化・複合化した案件を取り扱うことになって、その結果、職員は時に24時間体制になってしまっています。昼間の開庁時間だけでなく、休日夜間対応や、閉庁間際になってから対応したケースを支援につなげるとなると、どうしても退庁は夜中に近い時間になってしまうのです。
 そのような事情で、どうしても職員のマンパワー不足、職員の負担が大きくなってきており、行政だけで解決しようとすることは困難になってまいります。そのため、重層的支援体制の中では「多機関協働」が求められております。さまざまな支援機関と協働しながら支援をさせていただくことが多くなってきて、例えば、警察、消防はもちろん、民間の相談支援機関、地域包括支援センターや介護老人福祉施設などとの関係性を築き、可能な支援策を増やすとともに、職員の負担軽減にもつながることにもなりました。

《解説》 重層的支援体制整備事業と多機関協働事業
重層的支援体制整備事業とは、市町村における既存の相談支援等の取り組みを活かしつつ、地域住民の複雑化・複合化した支援ニーズに対応する包括的な支援体制を構築しようとする事業。その中核的役割を果たすのが多機関協働事業であり、既存の相談支援機関の連携の円滑化を進めるなど市町村における包括的な支援体制の構築を支援する事業。

福祉で、できること・できないこと

───「福祉」という言葉をさまざまな辞書で引きますと、“寄り添う”などいろいろな概念がありますけれども、福祉というものはどういうものだとお感じになりますか。

服部 個人的にも、福祉課長としても常日頃、市民の支援をしながら感じているのは、支援にあたる職員も全員が専門職ではないということです。行政マンではありますが、福祉課だからといって社会福祉士や臨床心理士、保健師といった専門職だけでは組織されないのが現実です。
 まずは、「行政の職員である」という心構えは職員にも言い聞かせておりますが、私自身が上司より、「公務員も接客業」ということを若い頃から指導されてきました。例えば、市民の方が窓口に来られても、まず挨拶は基本です。
 また、丁寧に傾聴させていただく上で、お客さまが立ったままお話をしていたらまずお座りになっていただき、決してお座りになっているお客さまに対して職員が立ったまま上から目線で対応しない、など窓口対応に対して細かくアドバイスなどしております。
 さらに、福祉課は最後のセーフティネットを司る生活保護の担当所管でもありますので、行政職員であることの次に、福祉畑で働く職員であるという心構えについても大切だと感じております。他課にはない精神的な負担や苦痛がありますし、支援策が法の定めに従って明確に答えが出ない場合もあります。
 また、安否確認や虐待対応などの際には、緊急性の判断という点も他部署とは違う点です。生命に影響があるのかないのか、命に危険がある場合は何を置いても真っ先に命を優先し、支援にあたらなければならないことになります。このように、「行政でできること」、「福祉課でしかできないこと」を考えながら、できることとできないこと、その方を救えることと救えないことを常日頃から意識し仕事をしております。
 今申し上げました、救えることと救えないことという、まさにそこが、断らない相談支援体制の要であるとも思っています。例えば、ご本人の生命・財産、安心・安全などを守るための権利擁護に関することは行政としての支援策しかできない場合もあり、他では困難であると思っています。虐待などの案件では、そのための強い権限、たとえば加害者から保護したりといった権限を行使する場合もあり、それが可能になります。
 一方で、入院の手続き、施設入所の手続き、民民の契約について、行政職員が保証人になることはできません。その方を救うため、支援してさしあげたくてもできません。金銭や物品を職員が個人的に支援することもできません。家族問題についても、それが虐待につながることであれば支援、介入し、その結果の判断により、保護することができますが、日常的な夫婦喧嘩、兄弟喧嘩であれば、家庭内の問題として判断させていただき、行政は深く介入はしません。
 そんな日々の中、福祉制度で全部救えるわけではない、どこまでが行政の役割、福祉制度なのかと常に「葛藤している」という言葉が一番的確かもしれません。支援の際に入り過ぎない、過度の感情移入をしないという部分でも、なんらかの葛藤を職員一人ひとりが持っていると思います。
 私もアウトリーチ(支援機関が直接、手を差し伸べ支援を届ける取り組み)をしていて一度だけ不覚にも支援をしている最中に、感情移入しすぎて、号泣したことがありました。行政マンとして、福祉課職員として感情をあらわにして支援をするというのはプロとしてはあってはならないと反省しております。

 

福祉における「葛藤」

───今、「葛藤」という言葉が出てきましたけれども、その葛藤をどのように自制、コントロールされているのでしょう。

服部 普段の仕事の上で一番意識するのは、複雑化・複合化した課題を抱えた方に対し福祉制度で救えるのかどうか、その方を支援する中で何をすれば課題が解決するのかという点を最初に判断することです。判断には「葛藤」します。
 支援方針として、その方の解決には何が一番の解決策になるのかという判断を最初に間違えてしまうと、何年経っても問題が解決しないことになります。例えば、過去の事例ですが高齢のご夫婦間で虐待があったときに、職員が判断を間違えてしまい、高齢のご夫婦がどうやったら寄り添って添い遂げられるかと捉え、いろいろな介護のサービスを入れていました。しかし、虐待なので、どんなに介護サービスを入れても解決せず、結果、ご夫婦を引き離すことしか虐待の解決策はありませんでした。命を守ることを何よりも優先しなければならなかった支援方針を、誤ってしまい幸い大きな事故にはなりませんでしたが解決までに時間を要することになってしまったケースでした。
 また、介入をする上で、行政だけではできない部分の支援の手を差し伸べてくれたのが所管警察署の生活安全課でした。市役所の職員で通らないところも警察官だとすんなり通るシーンもあり、協働ができることによってとても支援がしやすくなりました。現在は所管警察署も消防本部も、多機関で協働することの重要さを理解していただいており、市役所だけではできない部分に対し、協力していただいております。
 支援する際の課題として、いつも私たちが悩んでいるのが、相談があってもご本人に資力がない場合や支援者がいない場合です。生活に困窮されている方のご支援をする際は、生活保護の制度を検討しますが、生活保護の基準にまで至らない方ですと、どうしても介護老人福祉施設や民間施設、サービスなどが使えない場合があります。最後のセーフティネットと言われている生活保護にもつながらない方の支援が、行政だけでは困難であることは今もって解消することができません。その場合は社会福祉協議会などの生活資金の貸し付け制度などを利用することもあります。
 また、家族だからこそ支援を拒否するシーンを目の当たりにします。高齢者独居の方がいらっしゃって、その方の息子さん、娘さんに連絡しても引き取りを拒否されました。過去にさまざまな事情があったわけです。一方で、昔から良好な関係性が築けていれば、何十年会っていない叔父さんでも、いとこさんや甥っ子さんが最期の看取りまで面倒を見てくださった例もありました。

チームビルディングの重要性

───さまざまな形、いろいろな連携の中で日々の業務を進められているわけですが、一つのチームとして取り組まれている印象です。そのチームワーク力を支えるものは何なのでしょう。

服部 これは手前味噌になるかもしれませんが、先日、県の生活保護の担当課長から、「県内の市町村を指導監査で回ったときに、訪問した先が生活保護担当課なので何となく暗い、重い、疲弊をしている印象のところが多かったが、鴻巣市さんだけは福祉課らしからぬ、明るくて、元気がよくて、職員が意気揚々としていた」とお褒めの連絡がありました。その後、課内の雰囲気づくりやチームビルディングについて、講師の依頼もいただき、たいへん恐縮いたしたところです。
 私は、特に課長としてチームビルディングを意識して仕事をしたことはないんです。ただ、私も何十年と行政の中にいますと、人間関係に恵まれた課では大きな仕事を成し遂げることもできましたし、そういう部署では仕事に追われても、まったく仕事が辛くないんです。逆に、人間関係が微妙だと、毎日、つまらないし、仕事の進捗が芳しくないんですね。なので、職員には「家族よりも長く一緒にいるんだから、人間関係が一番だよ、人間関係を構築しようね」ということは常日頃から言っています。
 そんなこともあり私の仕事としては管理職の役目として、課の中の空気づくりかなと思っております。私の席と職員の席は少し距離があるんですが、自席から職員を呼ぶと偉そうですよね。なので、私はすぐ職員の席に行ってしまうんです。また、市民の方にお会いすることができる現場が大好きなので、職員と現場に一緒に行くこともあります。その支援の際の職員の暑い、寒い、蚊に刺されてかゆい、飲み物が飲めない、お昼が食べられない、そういうことも一緒に経験し、現場を理解することが重要というスタンスでおります。小さいことかもしれませんが、上司として理解していること、実際に一緒にやってくれるということを、若い職員たちは見てくれているんだろうなと感じます。課長が一緒にやってくれるんだ、動いてくれるんだといった部分で、上下関係も距離感がなくなりチーム力も上がってくるんだろうなと思います。
 あとは、私も中間管理職という立場なので、組織力が求められるといった点は重要と感じております。私の上司である部長、副部長の理解があってこそです。「課長に任せるよ、課長が困ったときには自分たちが救うよ」という大きな後ろ盾がないと、チームを率いること、結果としてチーム力というのはできてこないだろう、それが組織力なんだろうと思っています。


(インタビューにも同席いただいた新井さん)

“一人にしない”気配り

───ある意味で、同じ目線の中で話をする。それと同時に、職員を“一人にしない”ということでしょうか。

服部 そうですね。私も息子、娘と変わらないような年の職員と一緒に仕事をしているので、一種家族のような意識になってしまうんですね。一人で仕事をしている職員がいると気になりますね。何を考えているのかがわからないのはやはり気になりますし。私も一人でいられないタイプなので、どうしても混ざりたくなる。あとは、課内ではよく会話をします。「ミーティングをしなさい」「支援方針はどう立ててるの?」「皆で相談をしなさい」「報告をしなさい」というのは常に言っていますので、福祉課は黙って自分だけで黙々と仕事をする部署ではないんです。
 福祉課の職員は「現場の勘」「感覚」で仕事をするのが半分、あとは間違いのないように制度をきちんとそのケースごとに当てはめて仕事ができるように、法の根拠を見つけるために、よく勉強しております。「どうやったらこの方に対して何の制度が使えるのか」「どこから支援をするためのお金が出るのか」「生活保護は無理だけど困っているよね、じゃ、どうしようか」といったところは、本当に職員はよく相談しながら勉強しております。そういった点もチーム力をつくっているんだろうなと感じます。一人で勉強してもできないんですよね。

───たいへん責任が重い、非常にやりがいのあるお仕事と感じました。お話の中で過酷な場面に遭遇することが多々あるとのことですが、職員に対するメンタルケアの面での取り組みはありますか。

服部 幸い、私をここまで導いてくださった先輩たちを追いかけて今の立場にいるんですが、あまり一人にはならないでこれたのかなと感じます。先輩方は悩んだときには悩みを聞いてくださいましたし、あとは叱られることもありました。仕事をしている点では、時には、部下を注意しなければならないこともあります。立場的にも、間違っていれば間違っていると言わなきゃならないこともあるんです。ただ、間違ってしまったことをそのまま本人に抱えさせず、一緒にフォローもしなくてはいけません。そういった点では、知識を習得することなどの努力するのと同じように、叱り方というんでしょうか、一人ひとりの職員に合った注意、教え方、対応の仕方というのがあるように思っています。
 個々に職員も個性があり性格も違うので、福祉課向きじゃないなと思っても、達成感を味合わせたり、支援をした方から「ありがとう」と言っていただくシーンを経験させたり、そういう経験を与えることは重要と意識しています。

断らない福祉をさらに深化させて

───お役所というのは紋切り型だと思っていましたが、本日のお話を伺いしますと、困っている方が少しでも幸せになるためにどうにか何らかの手はないかと懸命に当たられている。

服部 断らない相談支援体制を構築するという制度ができて以来、どこまでが“断らない”なんだろうと逆に心配するくらい、今の当市の福祉課は“断る”ということはしておりません。もちろん、私たち福祉課だけでやっているわけではありません。極端に言うと、重層的支援体制整備事業が始まってから、“断る”ということができずにいます。支援する行先となる施設が見つかるまで、施設に対し電話をして深夜まで空いている施設を探しますし、支援者がいなければ職員も出動します。
 そのような懸命の取り組みが、これからの地域共生社会につながっていくのだろうと思います。もちろん、行政だけではできません。昔の親代わりの近所のおじちゃん、おばちゃんといった関係性や、きめ細かな関係性が築けていた地域環境を手本に、これからは地域づくり、参加支援、居場所づくりなど、そういう地域共生の視点で行政が地域を支援していく。単に個人の支援だけではなく、地域の方々の支援をしながら地域共生社会をつくっていく礎になるんだろうと思っています。

───断らない=誰一人として取り残したくないという思い、すばらしいと思います。本日はありがとうございました。

Interviewer:中島 聡 本誌編集委員
公益社団法人 日本アドバタイザーズ協会 専務理事

 

服部 和代(はっとり かずよ)
鴻巣市健康福祉部参事 兼 福祉課長

市職員として約30年、行政一般事務職で奉職。老人医療、高齢者医療(現行後期高齢者医療制度)、乳幼児医療(現行こども医療費助成制度)、住民記録業務、戸籍業務などを経て、平成16年度より情報政策課。情報システム部門にて11年余り市町村合併でのデータ統合業務、システム整備、庁内インフラ整備、情報セキュリティ、特定個人情報対策、マイナンバー制度立ち上げなどを行う。国保年金課、収税対策課を経験し、令和2年度より福祉課。
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