このページを印刷

等身大の高齢期キャリアを描く

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2021年10・11月号合併号『時間FACTFULNESS』に記載された内容です。)


終わらないキャリア


 

令和3年4月1日、「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」の一部改正法が施行され、65歳から70歳までを対象にした高年齢者就業確保措置を講ずることが企業の努力義務とされた。

人生100年時代と叫ばれる現代において、人々の就業期間は年々長くなっている。そうした中、働く人はこの法改正をどう受けとめているか。当事者にとってみれば、企業が70歳までの雇用を確保してくれるわけだから、経済的な意味でも助かると考えている人も少なくないとみられる。一方で、これまで多くの人は60歳定年を一つの目標として働いてきたのである。こうした人々にとって、キャリアの終わりが逃げていくことへの衝撃は大きい。

70歳ならまだしも、将来は75歳、80歳とさらに伸びていくのか。終わらないキャリア。企業も、働く人たちも迫りくる現実への動揺を隠すことはできない。本稿では、定年後の等身大のキャリアを描く。そして、現代の定年後の働く人たちの現実の姿から、人生100年時代の定年後のキャリアをどう構築していけばよいのかを探る。

 


非正規雇用が第一の選択肢
第二は雇い人なしの自営業


 

まず、雇用形態の動向を調べてみよう。正規雇用者の比率をみると、55歳時点の比率は56.0%であるが、60歳時点では38.5%、65歳になると20.0%まで下がってしまう。多くの人が定年を境に正規の職を追われていることがわかる。

図表1 年齢別の働き方(2019年時点)


正規雇用が減少する代わりに増えるのは、パート・アルバイトをはじめとする非正規雇用である。これが定年後の働き方の第一の選択肢だ。パート・アルバイト、契約社員、嘱託などその他の割合がそれぞれ60代前半から後半にかけて高まっている様子が明確にうかがえる。

そして、実は、正規の職を離れた人が選択する働き方として浮上する有力な第二の選択肢は自営業主(雇い人なし)である。自営というと起業を想起しがちだが、シルバー人材センターに登録して、自身の生活を優先しながらすきま時間で業務の委託を受ける働き方や、不動産管理やライターなどいわゆるフリーランス的な働き方も多い。年金収入を得ながら、こうした働き方で生計を補助しているのである。

現役時代は大半の人が正社員として働く。定年を境に多くの人が正規の職を追われることになる。そして、その後は、非正規、会社役員、雇い人あり自営業、雇い人なし自営業などの働き方が行われているのだ。

 


事務職、専門職から現業職へ



次に、職種に焦点を合わせることで、定年後の仕事の中身をさらに検証していこう。年齢階層別に職種の構成をとったものが図表2である。

図表2 年齢階層別の職種構成(2019年時点)

ここからわかることは、25歳から59歳の年齢階層にあっては、職種の構成は全体として大きく変化しないということである。販売などのサービス職従事者が事務職に移るといった個別の職種移動は随所に行われているのだろうが、大きな塊として一方からもう一方に移るといった傾向はあまり生じておらず、全体として安定している。

高齢期には仕事の内容も激変する。60歳以降の職種の変化を捉えたとき、第一の潮流としてみえてくるのは、事務職や専門職の減少である。55~59歳の事務職の就業者全体に占める割合は20.7%だが、60~64歳で16.1%、65~69歳で11.1%、70~74歳で9.1%まで下がる。専門的・技術的職業も同様にその比率が下がっていく。

そして、その代わりに増えるのが、現業職であるサービス職業、保安職業、輸送・機械運転、建設・採掘、運搬・清掃・包装等、農林漁業などである。高齢期のキャリアを貫く第二の潮流は、これら非熟練の仕事が大きく増えることなのだ。

 


熱意をもって仕事に取り組み
生き生きと働く高齢者



こうした現状の中、高齢者が現在の仕事にどのように向き合っているのか。実はデータから事実を追えば、生き生きと仕事をしている高齢者の姿が浮き彫りになるのである(図表3)。

図表3 仕事の性質(年齢別)


20~50歳においては、「仕事に熱心に取り組んでいた」人の割合は半数に満たないが、50代半ばではその割合が半数を超え、70歳のおよそ4人に3人が仕事に熱心に取り組んでいたと答えているのである。

逆に、定年前の人はこのような働き方はできていない。たとえば、50歳で生き生きと働けている人は27.8%しかいないなど、仕事に前向きに取り組めている人は少数派である。そして、定年前の仕事のこうした現状があるからこそ、やりがいのない仕事をいつまで続けなくてはならないのかという不安を多くの人は抱くのである。

定年後の仕事はとても魅力的なものなのだ。ところが、多くの人はそれに気づかない。人々は定年後の仕事について、所属企業のステータスやそこでの役職、職業の地位、報酬などの外形的な側面だけに着目し、それを「とるに足らない仕事」であると見なしてしまうのが実情なのである。

 


定年後の新しいキャリアが始まる



これまで大切にしていた仕事の外形的な価値が失われるにもかかわらず、定年後の仕事に人々はなぜこれほどまでに熱中し夢中になるのだろうか。年齢を経るごとに、仕事に対する価値観がどのように変わっていくのか。各因子得点の推移を年齢別に表したのが図表4である。

図表4 価値観の因子得点の合計


ほとんどの価値観について、落ち込みの谷が最も深いのが50代前半である。この年齢になるとこれまで価値の源泉であった「高い収入や栄誉」の因子得点もマイナスとなり、仕事に対してほとんど価値を感じなくなってしまう。定年が迫り、役職定年を迎える頃、何を生きがいにすればいいのか、目標を見失う人も少なくない。そうした現実がデータからうかがえる。

仕事に関して最も思い悩むのが50代前半だとすれば、仕事に新しい価値を見出す転機もその年代となる。50代前半を底とし、「高い収入や栄誉」を除いたすべての価値観が、70代後半に向けて価値を増していく様子がみてとれる。仕事に何を求めるかという観点でみたときに、50代は大きな転機になる年齢なのである。

定年後の幸せな働き方と深い関係にあるのが、「高い収入や栄誉」を目指す価値観である。若いころに自身や家族のために働いていた人が、人の役に立ちたいと言って仕事をするようになる。自身の地位や収入を上げるための競争に明け暮れていた人が、仕事を通じて体を動かすことが楽しいのだと言うようになる。

定年を前にして、多くの人は組織内でどこまで昇進していくかという一世一代のゲームを降りる。そして、それを終えた後、仕事を心から楽しめる定年後の新しいキャリアが始まるのである。

 


身近な仕事に意義
定年後の仕事を心から楽しむ



こうしたなか、定年後のキャリアの基礎は、いまある仕事に新たな価値を見出すことにある。それを知ったうえで、さらに大きな成功を収めようと挑戦してみるのもいいし、仕事から距離を置こうと考えるのもいい。

定年後のキャリアにおけるポイントは、世間体や社会通念に惑わされず、いま目の前にある仕事に意義を見出すことである。避けるべきは、「こんな仕事ならば働く意味はない」と思う諦観である。このような諦観を抱いて職業人生を終える人は、実は、現代においても少なくない。

少子高齢化が進行する日本において、定年後も男女ともに働ける限り働くことが経済の要請である。そして、無理なく続けられる仕事があるからこそ、人々の高齢期の生活は豊かになる。心のどこかに仕事があるという生き方をしている人々は、自身の人生を豊かで実りあると実感しているのである。

 -------------------------------------------------
〈出典〉
図表1:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」より著者作成
注:中央3年移動平均により算出している

図表2:総務省「国勢調査」より著者作成
注:中央3年移動平均により算出している

図表3:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」
注:中央3年移動平均により算出している。2019年時点の数値。
注2:それぞれの質問に対して、「あてはまる」「どちらかというとあてはまる」を選んだ人の割合を表している

図表4:出典:リクルートワークス研究所「シニアの就労実態調査」より著者作成
---------------------------------------------------

坂本 貴志  (さかもと たかし)
リクルートワークス研究所 研究員 / アナリスト
一橋大学国際公共政策大学院公共経済専攻修了後、厚生労働省入省。社会保障制度の企画立案業務などに従事した後、内閣府にて官庁エコノミストとして「月例経済報告」の作成や「経済財政白書」の執筆に取り組む。三菱総合研究所にて海外経済担当のエコノミストを務めた後、2017年10月よりリクルートワークス研究所に参画。

このアイテムを評価
(0 件の投票)
コメントするにはログインしてください。

関連アイテム