SNSの住人になるということ

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2020年8月号『DX : 先行する生活者、日本企業は追いつけるのか』に記載された内容です。)

スマートフォンの普及によりここ5年くらいの間にTwitterやInstagramなどのSNSが生活者、特に20代、30代の女性にとって空気のような普通の存在になってきました。商品やサービスの情報の入手先もTVや新聞ではなくSNS上の「声」に頼る人が増えているようです。リアルな生活圏と並行してSNS上にもう一つの生活圏が出現したと言ってもいいでしょう。いま日本企業が遅れていると騒がれているDX(デジタルトランスフォーメーション)はとっくに生活者たちの間で進行してきています。

コロナ禍によりその動きは加速しています。外出できないというやむを得ない事情に迫られて特に首都圏ではZoomやTeamsなどのオンライン会議システムの経験者が急増し、私たちの調査では大半がコロナ禍が落ち着いても使い続けたいと答えています。


企業のDXと生活者のDX



そもそもDXとは。いろいろな規定の仕方があるようですが、「デジタル・テクノロジーを使って、経営や事業の在り方を変革する/生活や働き方を変革する」
https://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/1901/08/news007.html

あたりが一番的を得ているように思われます。DXは企業だけのものではなく生活者のものでもあるという認識が大事なような気がします。この号では、生活者のDXがかなりの程度まで進んできているのに対してその人たちの生活を支えている多くの日本の消費財企業が旧態依然とした生産・流通・マーケティング体制のままでいる状況を問題視し、生活者行動の現状を紹介するとともにそのギャップに果敢に挑戦している企業・組織の声をお届けします。

以下では、生活者のDXの中心にあるSNSとの付き合い方に特に注目し、多くのわが国の消費財ビッグネームがそのSNS生活圏に入り込めていないこと、そしてその原因が単にデジタル技術導入の遅れではなく、生活者との関係をどうとらえるかという根本的姿勢の問題にあることを論じようと思います。


今の生活者の消費スタイルを探る



まず注目したいのは、ほとんどマス広告をしないのにSNS生活圏に入り込んで着実にファンを増やしているブランドが現れている事実です。そこでは2つのDXの両輪がシンクロしていい循環が生まれています。この号でインタビューした森美術館とワークマンをはじめウタマロ石けんや激落ちくん、IKEAなどです。ブランドと生活者の関係が新しいフェーズに入ったことを実感させられます。

これらのブランドがなぜ、どのような経緯でSNSの世界で人気者なのか。丸の内ブランドフォーラムが東大、阪大の研究室の協力で実施しているブランド生態調査(最新版はBS2020)という新しいツールがこの辺りのことを考えるヒントを与えてくれます。このBS2020という調査は2019年から毎年行われる首都圏4000人、関西圏3000人を対象とした調査で、その独自の強みは次の2点です。

1.好感を持つブランドとその理由を「自由回答で」聞いている
2.好感を持つブランドとその理由を「衣・食・住・メディアなど複数の領域を横断して」聞いている


その結果得られたデータは次のようなかたちになっています。以下は一人の回答者の答えの一部です。(注意:これは得られたデータの体裁を例示したもので、その内容は回答者により多岐にわたっているため以下については「ほんの一例」程度にお考え下さい)


【36歳 女性 既婚 首都圏在住 専業主婦 世帯年収700万円】

ショッピング先

伊勢丹 最先端の物が見られる。キラキラしている。買わなくても楽しい

クルマ・交通

自転車 (理由なし)

住まい

アンティーク家具 新品と違って価値が下がらない

生活雑貨

洗濯マグちゃん 自然由来だから地球に優しい
美容・健康 オールインワン化粧品 使ってみてすごく便利だったから。子育て中忙しくても一つ塗れば終わり
情報・メディア Instagram 最近始めたけど、意外と役に立つ情報がたくさん



7000人分のこのようなデータがあると、異なる領域を横断してどのブランドとどのブランドが同じような生活者に支持される傾向が強いかが分かります。

例えば、生活雑貨領域の「ウタマロ石けん」愛用者は、カルビー(食)、バルミューダ(家電)、Francfranc(住まい)などを好み、「朝日新聞」愛読者は、ブリヂストン(交通)、SEIKO(ファッション)、ライオン(生活雑貨)などを好む傾向が強いという結果が得られています。


Twitter・Instagram愛好者の好感度が高いブランドは?



知らず知らずのうちにブランドのグループ化が起こっていると言っていいでしょう。私たちはこのグループのことを「ブランド生態系」と呼んでいます。SNS愛好者はどのような生態系を形成しているのでしょうか。まず情報・メディアの領域で好感を持つブランドとしてTwitterとInstagramの名前を挙げた回答者を掘り下げてみます。これらの回答者の性・年齢分布は以下のとおりで、30代以下、特にInstagramでは女性が圧倒しているのが分かります。(図1-1)(図1-2)

 

図1-1:Twitter愛好者の性・年齢分布

図1-2:Instagram愛好者の性・年齢分布


これらの人たちは他の領域でどのようなブランドを好んでいるかを見たのが以下です。右側の数字は、Instagramの「12.2」を例にとると、Twitter愛好者の中でのInstagram愛好者の比率は全体でのInstagram愛好者比率に比べて「12.2倍」高いことを表しています。愛好者比率が全体と比べてどのくらい濃いかという数字になっているのです。



【Twitter愛好者の挙げた好感を持つブランド】

1位:Instagram

12.2

2位:LINE

5.7

3位:激落ちくん

4.7

4位:YouTube

4.4
5位:GU 3.7
6位:LIXIL 3.3
7位:ウタマロ石けん 3.1
8位:ニトリ 3.1
9位:阪急電鉄 3.0
10位:マツダ 3.0

 

【Instagram愛好者の挙げた好感を持つブランド】

1位:Twitter

12.2

2位:LINE

6.6

3位:東京メトロ

5.1

4位:アリエール

4.0
5位:無印良品(住) 3.6
6位:GU 3.5
7位:ウタマロ石けん 3.5
8位:阪急電鉄 3.3
9位:クイックル 3.1
10位:IKEA 3.1


これらの中に、お茶の間のTVCMと大手スーパー・大手コンビニの棚割りで日本の消費財市場をリードしてきた誰でも知っているビッグネームの企業がほとんどないのは驚きです。辛うじてアリエール(P&G)とクイックル(花王)という商品レベルのブランドが入っていますが、新しい動きが始まっていることを実感させられます。


DXというよりMX(メンタルモデルの変革)



下の図はある著名な消費財ブランド(上述のビッグネームの一つ)の名前を「好感を持っている」と挙げた人の性年齢分布です(図2)。

 

図2:ある著名ブランド愛好者の性・年齢分布



高齢化がかなり進んでいるのが分かります。このブランドがテレビなどのマス広告だけに依存して生きてきた結果かと思います。20代、30代の人の心をつかみ切れていないのです。このまま進むとあと10年もすると支持者が誰もいないブランドになるかもしれません。

そのようなブランドにとって一番手っ取り早い、でも一番やりにくい施策はSNSの世界で愛される住人になることです。世間ではDX(デジタルの変革)が遅れていると言います。デジタルも重要ですが、もっと本質的に重要なのはMX、すなわちメンタルモデルの変革です。それは次のように表すことができるかもしれません。

《マス生態系》

《SNS生態系》

伝える

語り合う

上から目線

同じ目線

会社名

会社名×個人名、生身の人間、肉声
機能・価格 裏に込められた思い+機能・価格
働きかける 寄り添う

 

片平 秀貴(かたひら ほたか)
丸の内ブランドフォーラム 代表  
2001年、「丸の内」ブランド再構築のお手伝いがきっかけで丸の内ブランドフォーラム(MBF)創設。「社会に笑顔の火種をつくる」の信念のもと、同志とブランド育成の勉強と実践を続けている。2010年から本誌編集委員長。趣味は仕事とラグビー、併せて2019年に東京21世紀管弦楽団創設

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