『賞』が生みだす力:小山薫堂氏に聞く

放送作家として数々の名番組を手がけてきた小山薫堂氏。現在は有名ホテルの顧問や企業・地方のプロジェクトアドバイザーなど、フィールドを広げて活躍している。求められるのはユニークで斬新なアイデア。その尽きることのないアイデアで、ユニークかつ人に喜ばれるための「賞」のあり方にのついてヒントをいただいた。

ヒットの源泉は感情移入

 

─── 今月号の本誌の特集テーマは『賞』です。『賞』とは、人が人やモノを褒める仕組みだと思います。「~大賞」を取ったり「~ランキング」で1、2位になるととたんにみなに注目されます。それが商品の場合には、急に人気が高まって売上が上がることもよく起こります。このように、『賞』とは褒めることによってその人やモノの本来の価値を増幅させる仕組みともいえると思います。 
  小山さんは、これまで「料理の鉄人」※1、「Red U-35(RYORININ's EMERGING DREAM)」 ※2(以下「RED」)、「今年の一皿」※3(以下、「一皿」)など「選抜して褒めたたえる」かたちのヒット企画を次々とプロデュースされてきました。今日はその裏にあるお考え、成功の秘訣、このような仕掛けの功罪などについてお話をお聞きしたいです。
 まずは、その流れの第1弾となった「料理の鉄人」がどのように始まったかお話いただけますか。

小山 特に『賞』を意識して番組をつくってきたわけではありません。確かに人が人やモノを褒めることによって、新たな価値が生まれたり、何かのうねりが生まれたりということはありますね。「料理の鉄人」のときは賞というよりはとにかく魅力ある番組を作りたいと考えていました。
 「料理の鉄人」のきっかけは新しい料理番組をつくってほしいという依頼でした。私にとって料理番組ははじめてでした。当時の料理番組は、3分間クッキングなど、いわゆるレシピものが主流でした。そこで前例主義ではなく、何か別の切り口で番組をつくりたいと考えました。そこで思いついたのがスポーツです。ボクシングやF1などのスポーツ中継風につくってみては面白いのではないか。またそこに実況を入れることで、誰も観たことがない料理番組になるのではないかと考えたのです。
 魅力あるスポーツ番組にはスターは欠かせません。以前は石川遼や宮里藍がゴルフ人気を盛り上げましたが、最近では大坂なおみが登場して女子テニスの人気が一気に上がりました。一人のスターが登場することで視聴者はみな観たくなるのです。このことから、名も知らない料理人2人がただ戦うスタイルでは面白くないと考えました。そこで、“鉄人”という特別な存在を置こうと決めて、鉄人に挑戦者が挑んでくるスタイルにしたのです。

─── 斬新なアイデアですね。その企画は、割りとスムーズに決まったのですか。

小山 スムーズではなかったですね。まず鉄人とは何かから考えはじめました。その当時料理界には知名度のある料理人はいたものの宮里藍のように皆がよく名前を知っていて納得するスターはいなかったのでこれはつくるしかないかと。料理界の各分野のトップ近くにいる方々にお声をおかけして出ていただきその人の素晴らしさを何度も番組内で伝え続けました。そうやって、その人を本当の難攻不落の「鉄人」にしていったのです。

テレビがもつ力


─── なるほど、テレビは、プロモーションする上でやはり強い力ですね。

小山 そうだと思います。テレビは、無名の人でも一夜にしてスターにさせることができるメディアだと思います。これは私の考えですが、スターは古代ローマ帝国でいう銅像と似ていると思います。時の権力者が自分の町に自分の銅像を建てます。銅像を建てると、町の人は毎日見ます。そうすると町の人はその人が実際にどうだったかは別にして「この人は素晴らしい人に違いない」と思います。そして銅像しか見ていない人が実際に会ったときに、「あ!この人だ!」というリアクションになるのです。テレビも同じで画面の中でしか見たことない人を実際に見たら、「あ、この人だ!」となりますよね。
 メディアの価値のつくり方は、どれだけ見慣れさせるかです。スポットライトの当て方で、その人の価値があるかどうかがわかります。

─── 視聴者が見慣れることで、陳さん、石鍋さん、道場さんが料理の鉄人として権威になってきたということですね。

小山 そうですね。本当に実力を持っている人たちがテレビに出ることによって、さらに磨かれていったと思います。挑戦者も力のある人でないと面白い勝負にはなりませんが、その人選はやや手を抜いたときもあって出る人によってはコテンパンに負けることもありました。でも、テレビに出たことでそれを看板にしながら商売をなさる方もいましたね。つまり、料理界は露出が最大の宣伝であり、それによって食べたことがない人でもおいしそうだな!と思うのです。メディアでお店を特集すると、その店の価値は上がります。
 この番組が注目されたことで今までスポットがあたっていなかった料理人という職業がきちんと社会で認知されるようになったのはこの番組の功績だと自負しています。ただ、このようなかたちでメディア先導で料理人にスポットライトを当て続けると、日本の料理界をダメにしてしまうのではないかという危機感も感じていました。

─── テレビというメディアの怖さですね。

小山 そうです。日本の料理界が本当に輝き続けるためにはどうしたらいいかをぼんやり考え始めたんです。メディアがスターをつくるのではなく、メディアがスポットライトを当てる人を先にこちらできちんと決めてしまわなくてはいけないというところに行き着きました。そこで、REDの企画に至ったのです。REDとは、力のある先人たちが、若い後輩の中から次にバトンを渡したほうが良いと思う人、あるいはこの人に注目すればきっと彼は良い料理人になるだろうという人を見出し、表彰し、社会の注目を集めその人を本物にしていく仕組みです。

─── REDの初回の反応はどうでしたか。

小山 どれだけ応募があるかわからないので、最初は不安でいっぱいでした。しかし、結果たくさんの応募が集まりました。やはり、審査員のクオリティだと思います。その人たちに褒められたいからこそ、腕の良い若手の料理人が挑戦してくる。それに刺激を受けた人が、自分も挑戦してみようという良い流れが生まれました。
 REDに関しては、テレビで報道されたからといって、すごいという感じには正直なりませんでした。BSフジだったので、見る人の数も多くなく、取材にくる人もあまりいませんでした。どこかの放送局のコンテンツになってしまうと、他のところが中々取材しにくいのです。
 ただ業界の注目が集まりだしたら、話は変わります。「M-1グランプリ」※4はテレビ朝日の番組ですが、優勝したらニュースになります。そしてREDも去年初めて他局のテレビ朝日で15分くらいの特集を組んでいただけました。大会そのものに力がついてきたら、メディアの壁をも超えられるのです。

─── 「一皿」はまだ今年末で4年なのに多くのメディアが採り上げています。

小山 「一皿」の場合は、メディアがニュースにしたくなるようなコンテストにしたかったので、一つの局と組むのではなく逆にメディアの担当者を巻き込むスタイルに変えました。ある程度候補を絞ったところでメディアの方々に候補をさらにスクリーニングしてもらうのです。このことによってそれぞれのメディアがこの企画に注目し、結果を報道したくなるというわけです。

話題の俎上にのせるポイント


─── メディアで話題になることは一貫して大事なポイントだと思います。話題になるためには、小山さんは何が大切だと思いますか。

小山 話題になるかどうかを握っているのは意外なことに記事を書く個人であったり、ネタをひろう個人だと思います。ZIP(日本テレビ朝の情報番組)で取り上げられるネタは決して上の人間が今こういう時代だからこういうのをやりましょうではなく、下の人間が「こういうのが面白いからやりませんか?」となってそれが通ります。個人の思い付きだったり趣味だったり、共感が大きく膨らんでいくので、いかにネタをひろう人たちに嫌悪感を与えないかです。あまりにも筋書き通りだったり明らかな仕掛けが透けて見えると、かえって嫌悪感が生まれます。

───例えば、嫌悪感を与えてしまうこととは、どんなことでしょうか。

小山 「一皿」で最初の方は私自身挨拶をしていました。ところが毎回私が挨拶をしないほうがよいと思いました。なぜなら、毎回しているとあいつがまた何か仕掛けているのか、と関係者は思います。他のメディアの共感が少なくなるから、あくまでも中立的にやっていることを見せたいのです。だから仕掛け感や誰かのたくらみを見せない、微妙なさじ加減が大切です。
 「一皿」にしても、「RED」にしても、話題の食材や素晴らしいシェフがスポットライトを浴びて、料理業界にとっても幸せだし、本人にとっても幸せです。
 「一皿」を企画したときに、「今年の漢字」は毎年話題になるのに、「今年の料理」というのはなぜないのか? 料理界でも、同じことをやれば、日本の料理界全体が活性化するのではと思いました。根が貧乏性でいつも「もったいない」と思っています。「これがあったらいいのになぜないんだ。もったいない」と。そういうことを常に考えています。

─── 小山さんは最近「食のパーマネントコレクション」についてもお考えになっているとお聞きしています。

小山 和食界の重鎮と言われている村田さん(「菊の井」の主人)にお話を伺ったとき、「そもそも食のミュージアムって絶対成立するのに、どうしてないのか?」と言われました。中途半端に展覧会じゃなくてミュージアムとして建物も含めてです。「食も文化だ!」ということで、人にフォーカスするのが共感を呼びやすい。展示物としてつくりやすいです。誰々さんがつくった料理をパーマネントコレクションにすることから、それをつくった人を殿堂入りにしているということに発展させられます。

─── 小山さんにとって、楽しい仕事と楽しくない仕事の違いは何でしょうか。

小山 やはり社会やクライアントが喜んでもらえているかどうかです。REDで料理人の履歴書の中に、「子どもの頃に、料理の鉄人を観て料理人になろうと思った」と書いてあるものもありました。そのときに改めて、番組をつくって良かったと思いました。
 また、個人的な話になりますが、SUGALABO※5の須賀さんは月に1回お店を何日間か休んで日本中の食材探しの旅をされています。わずか3年間で須賀さんは500人の生産者に会われたそうです。先日、私がアメリカンエキスプレスの上級会員向けのダイニングイベントで、SUGALABOオブザイヤーというのをやりました。須賀さんが渡り歩いた500人の生産者の中でも特に素晴らしい方をノミニー(候補者)として11名呼びました。
 アカデミー賞スタイルでノミニーの方が挨拶したあとに、その人の食材を使った料理がでてきて、次はこのかたです! みたいな感じで11皿だしました。そして最後に11人の中から優勝を決めました。優勝者は、卵の生産者の女性でした。その賞をもらったときに彼女は泣きだしたのです。最初はなぜこんなに泣くのかと私は思いました。聞くと、彼女はOLをやっていたのですが、お父さんが体調が悪くなって、お父さんを喜ばせたいために、大好きな究極の卵をつくろうと思い、土佐ジロー ※6という養鶏場を始めました。お父さんを喜ばせた思いではじめたものが、東京の店で認められて本当にうれしいです!と言われました。このことから、私は、「賞」というのはマスではなくても、心ある人が心ある人を褒めたたえれば、絶対何らかの価値が生まれてくると思います。

小山さんについて


─── 素晴らしいお話ですね。最後に、今まで、褒める仕組みをおつくりになって、ここだけは欠かせないポイントがあるとすれば、それは何でしょうか。賞が継続する・みんなのためになる・みんなが目指す・みんなが幸せになる欠かせないポイントとは何でしょうか。

小山 やはり清い資金を提供してくれるエンジェルだと思います。お金を生むために「賞」があったら、絶対おかしくなります。その賞に共感したり、その賞を支える人が必要です。ノーベル賞※7は遺産を元にやってこれられているようです。これから日本の高齢化社会で遺産相続ができなくなると思います。それがどこかに寄付先として、賞を管理する国の組織があって、それが農業・芸術・経済に国が振り分ければ社会の仕組みとして成り立てばよいと思います。これやると儲かるから「賞」をつくるという考えは絶対に良くないですね。

─── 最後に、小山さんとは何者ですか。

小山 哲学のない天使です。「何がしたいんだよ?」と周りによく言われます(笑)。

(語り手:小山 薫堂 /  聞き手:片平 秀貴)


※1 「料理の鉄人」:1993年10月10日から1999年 9月24日までフジテレビで放送されていた料理をテーマとしたバラエティ番組。
※2 「RED U-35」:夢と野望を抱く、新しい世代の、新しい価値観の料理人(クリエイター)を発掘し、世の中に後 押ししていくため、これまでの料理コンテストとはまったく異なる視点で、日本の食業界の総力を挙げて開催している料理人コンペティション。
 https://www.redu35.jp/
※3 「今年の一皿」:優れた日本の食文化を人々の共通の
 遺産として記録に残し、保護・継承するためにその年の世相を反映し象徴する食を「今年の一皿」として毎年発表している。https://gri.gnavi.co.jp/
※4 「M-1グランプリ」:吉本興業が主催する漫才のコンクールである。通称「M-1」。2001年から2010年 までと2015年から、毎年12月(2010年までは下旬、2015年からは上旬)に開催されている。
※5 「SUGALABO」:シェフ須賀洋介氏のお店。SUGALABOでは、日本の素晴らしい食材・食器などを シェアし、プレゼンテーションするために、夜間に限りラボラトリーをオープンしている。
 http://sugalabo.com/
※6 「土佐ジロー」:http://tosajiro.com/jiro.html
※7 遺産の90%(現在の価値で207億円相当)を元に ノーベル財団が設立されました。これまで、その資金を運 用することでノーベル賞の資金を生み出した。



小山 薫堂
株式会社オレンジ・アンド・パートナーズ 代表取締役社長
1964年熊本県生まれ。日本大学芸術学部放送学科在籍中より放送作家として活動、「11PM」にてデビュー。
「カノッサの屈辱」「料理の鉄人」など数多くの名番組も手掛けている。映画脚本を手掛けた「おくりびと」は、第81回米アカデミー賞外国語部門賞、第60回読売文学賞戯曲・シナリオ部門賞などを受賞。著書に『考えないヒント』『いのちのかぞえかた』『人生食堂100軒』など。熊本県のPRキャラクター「くまモン」の生みの親でもある。

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