なぜラガーマン同士は初対面でも仲良くなるのか? :「ラグビー愛」至上主義の不思議

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2019年1月号『スポーツ2019 2020』に記載された内容です。)


私は30数年「スポーツといえばラグビー」という人生を送ってきました。

中高で陸上、大学と社会人で29歳までアメフト、そして永年の念願かなって29歳で初めてラグビーの仲間に入ることができました。その経緯は下で述べますが、中学から(最近では小学生から)ラグビー一筋という本物の方が多い中で29歳からというのはまさにラガーマンの超末席、「元なんちゃってラガーマン」と言っていいかもしれません。


そんなお前がラグビーについていっぱしのことを語るな、とお叱りを受けるかもしれませんが、ラグビーワールドカップの年のお正月に免じておゆるしください。またかなり偏った内容なので、ラグビーに全く関心がない方には退屈な記事かもしれません。そんなときはスルーしてください。


さて、タイトルのとおりラグビーをやっていて今まで国内外でずいぶん楽しい思いをしてきました。結構な期間普通にお付き合いをしていてふっとどちらからともなく「ひょっとしてラグビーをやっていましたか」という話になることがあります。


その瞬間、突然握手の手が伸びて何十年の親友であるかのように親しさが何倍にもなるのです。フランスの名門大学の教授、オランダの家電メーカーの役員、大手に買収された日本の家電メーカーの広報部長などなど、枚挙に暇がありません。


これはたぶん野球でもサッカーでも柔道でも起こらない特異な現象だと思うのです。なぜなんだろう。いつもぼんやり考えてはいましたがこのお題をいただいたのをいい機会に思いをめぐらせてみました。


なぜ? 3つの仮説
3つ仮説を立てましたが、最初の二つは尤もな反論に堪えられそうにありません。最初の仮説は、「プレーヤー人口の少ないマイナーなスポーツだから」というものです。


ただこれは他にも多くのマイナースポーツがあり、そこでも同様なことが起こっているかを考えるとどうもあやしいですね。2つ目の仮説は体つきと性格です。ラガーマンは、ポジションにもよりますが大柄で堅肥りな感じの人が多いです。私を含めて、大男総身に知恵が・・・というと言いすぎかもしれませんが、熊さんのような「頭の切れより性格」みたいな人が集まっているのではないか、というものです。


この第2の仮説もアメフトの反例を挙げられるとすぐに崩れます。アメフトも9年間2つのチームでプレーしました(一つは1976-77年に社会人日本リーグを制した名門)。体つきは似ていますが、少数の例外を除いてラグビーで出会うようなほのぼのとした好人物は少なかったですし、まれにアメフトをやっていたという話になっても握手の手が伸びてくることはほとんどありませんでした。


3番目の仮説は結構自信があります。それはラグビーが生まれた英国のラグビー文化に関係するもので、具体的には「巧拙、強弱に関係なくラグビーを愛するもの皆兄弟」という文化が裏で影響しているのでは、というものです。


私が29歳という高齢になってラグビーを始められたのもそれが英国で、その文化によっていたからこそだったと思います。大変古い話で恐縮ですが、私は1977年から3年間英国中西部のウォーリック大学で研究員をしていました。息子の小学校の友達の父親が地元のラグビークラブの会長でそのご縁でその方のクラブに加入しアメフトから憧れのラグビーに転向することができたのです。


英国のラグビー文化
そのクラブは「オールド・ウォーリッキアンズ Old Warwickians (OW)」といって、地元のWarwick SchoolというパブリックスクールのOBチームで、芝生のグラウンドを4面持ち、ウォーリックの街のど真ん中一等地にクラブハウスを持つ(日本から見ると)とてつもなく贅沢な組織でした。余談ですが、2015年のワールドカップのときに日本代表が南ア戦勝利のあと練習場でお世話になった学校です。


そこで丸々2シーズンプレーすることになるのですが、その2年間は日本の運動部に慣れた私には驚きの連続で、実に快適で刺激的な学びがありました。英国の地方の一クラブの体験ですから過度に一般化するのは危険ですが、ここで学んだことと「なぜラガーマンは・・・?」という現象とつながるところが多いような気がしてなりません。数多い証拠の中から2つだけご紹介します。


まず、ラグビー愛がすべての出発点になっているところです。一見敷居が高いように思えるクラブへの入会ですがメンバーの紹介なら至って簡単で、会長氏が「今日からホタカ カタヒラがわれわれの仲間だ。ラグビーを学びたいと言っている。よろしく」と言ってくれて後は事務連絡用の住所を幹事に教えただけでした。


アジアのはずれから来たラグビーをしたことのない変な外人を笑顔はないものの(基本的に英国の男性に笑顔はない)非常に心地よく迎えてくれました。練習でも試合でも慣れない私を適切に指導し、まぐれでうまく行ったときにはみなが心底褒めてくれたのです。東洋から来たラグビーに憧れる変人は「ラグビー愛あり」と判定されたのだと思います。


1軍と4軍
なぜお荷物になりかねない全くの初心者を気持ちよく受け入れられるのか。その秘密は「4軍制度」にあったのです。OWのいた地域リーグの各クラブでは1軍のほかに4軍まであって、毎週1軍は1軍と4軍は4軍と当たります。


1軍だけが重要なのではなく、1軍から4軍まで扱いは全く同等です。違うのはただラグビーの技能だけで、更衣室もグラウンドも同レベルのものが提供されるのです。もちろん私は最初4軍でプレーしましたが、みな「4軍の正選手」で胸を張っていました。


1軍だけが「まともな選手」であとは補欠扱いで下を向いている日本とのあまりの違いに愕然としました。地元の地方紙でも試合結果は1軍から4軍まで同列に報道されていたのです。


第二の証拠は、試合が終わったらランクの違うメンバーたちも仲良く語り合うという事実です。通常、1と3がホーム(自分のクラブ)で試合なら2と4がアウェイで、4軍は2軍の試合の隣のピッチで試合をします。圧巻なのはその後です。


2軍と4軍の敵味方4チームが仲良く入り乱れてビールを飲みまくるのです(ラガーマンはビールしか飲みません)。試合では技能がものを言って厳しく1,2,3,4と分けられますが、試合が終わると皆同じ「人間」に戻ります。1軍だけは別格だろうと思ったらそんなことはありません。私が3軍に昇格して1軍と一緒に飲んでも同じでした。


猛獣と好青年
ラグビーの上手い下手は明確に区別しますが、それが人間の格を決めることは決してありません。日本の運動部では、いや会社でも、1軍とそれ以外、上司と部下、役員と社員は、仕事上の区別であって人間の格の違いではないはずです。


ピッチでは猛獣のように暴れて、終わると一人の好青年に戻る。これがラグビーの醍醐味だと知りました。ピッチの外では上手い下手は関係ない、ラグビーが好きなら皆仲良くしよう、というのが身に染み付いているんですね。


ごく少数ですが、日本の会社でも同じような考え方で動いている素敵な集団があります。以前、本田技研工業の社長だった吉野浩行氏が「社長というのは役職上の区別に過ぎない。ホンダ人に上下はない」という趣旨のことを話されていたのを思い出しました。


この文化は自然と日本のラグビー界にも浸透して、とても気分のいいラグビー経験者に出会うことは多いです。でも残念ながらまだ1軍とそれ以外が完全にフラットにラグビーを楽しむかたちにはなっていませんし、見聞の域は出ませんが、日本ラグビー協会の空気があまりここで言う「ラグビー的」ではないというのは気になるところです。


また、他のスポーツでは理事長が24時間「理事長づら」していたり、監督が選手を虫けらのように扱う例が頻繁に報道されていて情けないかぎりです。


今年2019年は世界中からトップ中のトップのラガーマンたちが集まります。彼らは間違いなくピッチでは別格の猛獣です。その現場をリアルにまたはテレビで見ながら、そこを離れたらどんな優しい好青年に戻るのかを想像してみるのも一興でしょう。


またワールドカップの試合の合間に、この猛獣たちがジャージーを脱いで日本各地で子どもたちと交歓するイベントが数多く企画されていると聞きました。このワールドカップをきっかけに日本中でラグビーを志すちびっ子が増え、10年後、20年後に「猛獣×好青年」の男女が北から南まで溢れるといいですね。




片平 秀貴(かたひら ほたか)丸の内ブランドフォーラム 代表
2001年、「丸の内」ブランド再構築のお手伝いがきっかけで丸の内ブランドフォーラム(MBF)創設。「社会に笑顔の循環をつくる」の信念のもと、同志とブランド育成の勉強と実践を続けている。2010年から本誌編集委員長。趣味は仕事とラグビー

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