30年緩やかに成長を続ける 「ハートランドビール」

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2018年5月号『緩やかな成長』に記載された内容です。)

知る人ぞ知るビール「ハートランド」
キリンビールには130年を越えるロングセラーブランド「キリンラガービール」がありますが、発売32年を迎える「ハートランドビール」がそれに次ぐロングセラー商品であることは、あまり知られていないかもしれません。

そして、この「ハートランドビール」は発売時からリニューアルも広告もせず、知る人ぞ知るビールとしての口コミにより20年以上連続で成長し続けてきた、驚異のブランドでもあります。


「ハートランドビール」は1986年10月に、東京都港区六本木にある洋館を改装してオープンしたビアホール「ハートランド」のハウスビールとして、500mlびんで販売されたのが始まりです。少し首の長いエメラルドグリーンのボトルには「KIRIN」の文字も、聖獣「麒麟」の絵柄もありません。


その代わりに、大地にどっしりと根を伸ばす1本の大樹のエンボスが施されています。そのため、一見ではキリンビール社が製造・販売している商品とはわからないのではないでしょうか。


キリンの冠のつかない新しいビールの開発は、当時の時代背景から、その後現在にも通ずる消費者の価値観の転換を予測したものでした。開発当時の1980年代は、それまでの「大量生産」「普及」の時代から、溢れる情報・商品の中から個人が自分なりの価値基準で選ぶ「多種品少量生産」「選択」の時代への転換を迎えていました。


開発者は、それまでの価値観が一気に崩壊し、お客様も物質的な充足を求めることより、新しい生活スタイルや自分らしさを追求していく時代に変化していくだろうと予測しました。


一方で、お客様にとってのビールのイメージは「ビールは何を飲んでも変わらない」という画一的なものになっていることを捉え、キリンを冠するブランドではない、新たな楽しさを提供するビールとして、『素(そ・もと)-モノ本来の価値の発見』というコンセプトのもと、誕生しました。


ハートランドが予見した新しい時代
『素(そ・もと)-モノ本来の価値の発見』のコンセプトは、時代に対するメッセージでもありました。


――普段の生活の中で、つい今の状態に流されてしまって、モノの本質みたいなものがなかなか見え難くなってきている。だから、もう一度、素に還って、表層的な流行や権威や既存の価値観に左右されることなく、「モノゴトの本来の意味や本質」について考えよう、価値に気付こう、発見しよう、そして、自分にとっての本物を追求しよう――。


ハートランドビールの原料、ボトル色、形状、包材に特徴があるのも、すべてがそのコンセプトをカタチにしたからです。原料はビールの原点とも言えるオールモルト、ボトルに施したエンボスは「手で触れて初めてわかる良さ」を表現し、見た目にもやさしいエメラルドグリーンのリターナブルびんを採用しています。


さらに、ハートランドビールが目指したのは、新しい“本物”の提供とともに、新しい“世界”の提供でもありました。「個の時代」「主体的に選択する時代」に時代は変化すると読み、そうした時代に向かって先鞭をつける人こそが、ハートランドビールの価値を共有したい人である――


“自分なりの信条を持ち、知的で、合理的でゆとりや快適さを大切にする人”“流行にとらわれず、自分なりのライフスタイルを築いている人”。


そうした人々に思いを巡らせる中で、ハートランドビールのマーケティングでは「ターゲット」という考え方を止めました。「ターゲット」という言葉自体、メーカー発想の一方通行なもので、双方向のコミュニケーションを大切にするハートランドビールには相応しくないと考えたのです。「ハートランドビールの価値を共有できる人々」という言い方に変えて、そんな人達と一緒にブランドを育ててもらいたいと考えました。


マス広告ではなく「場を提供する」という方法論
プロダクトとしての差別化が難しい環境の中で、どうやってそのような新しい価値を理解してもらい、共感してもらえるか。その答えが、ハートランドビールを飲み交わす「場」=飲食店を通じて、コミュニケーションを展開していくことでした。これを実現したのが前出のビアホール「ハートランド」です。


ハートランドのマーケティングにおける基本的な考え方は次のようなものでした。本物の商品を提供すること。その商品に相応しい演出をすること。推奨してくれる仲間を増やすこと。マス広告ではなく、お客様の主体的選択にかなう情報を提供すること。まさに、小さくてもコアなファンを作り、それに共感した人の輪を広げていく「共感型」のコミュニケーションです。


250席という当時ではかなりの大きさの飲食店をキリンビールが直営し、1986年から1990年までのわずか4年の間に、延べ50万人を超えるお客様に足を運んでいただきました。


素材の良さを生かした多彩なメニューで驚きや楽しさ、美味しさを提供しただけでなく、アート作品を展示するギャラリースペースとして、音楽、演劇、パフォーマンスイベントの開催の場としてなど、文化発信装置としても異彩を放つ存在でした。地域の再開発に伴い1990年に閉店しましたが、伝説のビアバーとして多くの方の記憶に残っています。


その後、2003年には「六本木ヒルズ」開業と同時に、毎日通いたくなるようなNYスタイルのネイバーフッドバーをコンセプトにしたビアバー「HEARTLAND」をオープン。


ハートランドビールを楽しむ空間を演出する、アート、映像、音楽を継続的に展開し、若手クリエーター、アーティスト、DJの登竜門のみならず、キャリアあるアーティストが飲食をするお客様のすぐ側に、同じ目線にいる世界を演出していきました。全てがフリーでフラットな時代観、HEARTLANDらしいコミュニケーションの場として2014年まで営業しました。


『素(そ・もと)-モノ本来の価値の発見』というコンセプトのもとに、「変わらないことを貫き続けてきたハートランドビールは、その魅力に共感する仲間が増えるかのように、飲食店でのお取扱いは2018年現在で2万店を超えるブランドになりました。


現在も、アートを通じてブランドのクラフトマンシップや飲食店との絆を表現する「ハートランドアートプロジェクト」を展開しています。これからも、シンプルな“本物性”を、時代やお客様と対話するブランドであり続けたいと思っています。

 

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