「会社は誰のものか」が成長を決める

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2018年5月号『緩やかな成長』に記載された内容です。)

10年20年先の経営に責任を持つ意思
バンドエイド、セロハンテープ、ウォシュレット。

この3つに共通しているのは、企業の商標が一般名詞といってよいほど社会に浸透した点だ。それほどどの製品も、消費者の生活に大きなイノベーションをもたらしたからにほかならない。


このうちTOTOのウォシュレットは今まさに、“トイレ・イノベーション”を世界に広げつつある。欧米・中国の高級ホテルや中間層家庭にじわじわ普及。ウォシュレットの海外販売台数は2017年3月期までの5年間で約2.5倍に伸び、今期業績も営業利益が過去最高を更新する勢いだ。


この成長は「ウォシュレットブーム」や「爆買い効果」と呼ぶような一過性のものではない。ウォシュレットは高付加価値・高収益の製品だが、TOTOがこの製品で稼ぐこと自体を目的にある国への進出を決めることはない。どの国においても超長期の展望に基づき、衛生陶器(いわゆる便器)の現地生産と販売網開拓からコツコツと積み上げている。


たとえば中国は1970年代に進出したが、利益が出るまでには四半世紀近くかかった。現在も、インドやベトナムといった国で生産・販売インフラの構築に着手している。こういった国は将来的には欧米・中国に続くウォシュレット市場になる可能性が十分あるが、そうなるにはやはり20年近くの時間が必要だ。


景気動向や競争環境は常に変化している。そんな中でTOTOはなぜ、長期にわたるぶれない経営と、緩やかでも持続的な成長を維持できたのか。筆者は2017年11月、TOTOの喜多村円社長にインタビューしたが、その中で非常に印象的だったのはこんな言葉だ。


「TOTOが優れた企業であるために、僕が名経営者である必要はありません」


トップの力量が企業業績を左右するのは当然のことだ。そしてトップが「名経営者と呼ばれたい」という自己承認欲求を動機として経営努力を重ねることは、決して不健全ではない。そう考える筆者に対し、喜多村社長は自社の“事情”を説明してくれた。


TOTO社長の任期はだいたい5年。一方で製品の寿命は10~20年ある。だから、自分の在任時期の製品に消費者が満足し、次も自社製品を選んでくれたかどうかは、任期中にはわからない。言い換えれば、仮に任期中の業績がよかったとしても、それは前任者以前が残した功績である。その上で喜多村社長は、評価されなくても良い経営に努める理由をこう表現した。


「自分がもうその時にはいないとしても、10年後、20年後の責任を負う意思を持つ。『あの時代はダメだった』と言われないよう、しっかり経営する。そういうトップの思いを代々つないでこられたことが、TOTOのガバナンスの強さだ」。
TOTOのブレない経営は、コーポレート・ガバナンス(企業統治)のあり方に支えられている、というのだ。


TOTOで引き継がれる創業者の価値観
ガバナンスとは簡単に言えば、経営において誰が意思決定権を握るかという、権力メカニズムのあり方だ。「会社は誰のものか」のあり方と言いかえてもよく、特に1990年代以降の日本では何度も繰り返されてきた議論である。


全体的な流れとしては、株主による規律を重んじる米国型のガバナンスが次第に受け入れられてきた。2015年には東京証券取引所と金融庁が社外取締役による経営の監視強化などを狙ったコーポレートガバナンス・コードを策定している。
この流れの中、従業員や取引先・顧客といったステークホルダーの利益が軽視されてはいないかという視点で、「会社は誰のものか」の論争が何度も熱を帯びた。


ではTOTOのガバナンスはどういうものか。外形的な構造は非常にシンプルだ。企業の最高意思決定機関である取締役会は取締役13人で構成されており、そのうち10人がTOTOの生え抜き。学部や大学院を卒業した後、20代で入社し、数十年にわたり勤め上げてきた人ばかりだ。


残る3人は独立社外取締役で、ガバナンスコードの基準は満たしている。だが、10対3という圧倒的な人数差と、飛び抜けた大口株主がいない資本構造をみれば、重要な経営判断においては、生え抜き幹部の間のコンセンサスや価値観、空気が議決を左右することが想像できる。


長年の社員の空気感で律されている企業は、ともすればメンバーの利益を守ることが経営判断の基準になる。株主利益を重視する米国型ガバナンスとは相容れず、低成長や不正の温床になりかねない、という見方が一般的だ。


にもかかわらず、この「内的な規律」でTOTOが長期的な成長を実現できたのはなぜか。それは生え抜き幹部が共有する経営の価値軸が非常に明確、かつ本質的・普遍的だったからだ、と筆者は理解している。


「良品の供給、需要家の満足がつかむべき実体です。この実体を握り得れば利益・報酬として影が映ります」。


これは創業者の大倉和親氏(1875~1955年)が説いた経営理念である。需要家=顧客を満足させることが重要で、業績はその後に結果としてついてくる、という考え方だ。


大倉氏はこの言葉を二代目経営者に書簡で伝えており、現在のTOTOでも社員が肝に銘じる言葉というよりも、「経営トップや取締役、執行役員がこの言葉をいつも胸に秘め、反することを絶対やらないように努める。経営理念とは、上に立つ者が実践してみせる姿で(一般社員に)学んでもらうもの」(喜多村氏)なのだという。


「創業の精神」や「わが社らしさ」、「DNA」といった要素はほとんどの企業に存在する。だが実際にそれが何なのか明確に共有できているかというと、結構マチマチである。たとえば筆者は2000年代後半、経営不振のさなかにあったソニーを取材していた。


不振の理由は「ソニーらしい製品が生まれない」「組織がソニーらしさを失った」ことだという声が社内外にあったが、では「何がソニーらしさか」という点については、共通した見解がなかったように記憶している。


逆にTOTOの強さは、一言一句諳んじられるレベルで創業者の価値観が今も共有されていることであり、この状態を維持するために生え抜き社員によるガバナンスがあるのではないだろうか。


英米型のガバナンスが良いとは限らない
ガバナンスと成長という点では、もうひとつ注目に値する企業がある。通信設備・機器の中国企業、ファーウェイ・テクノロジーズ(華為技術)だ。


通信基地局やスマートフォン、サーバーなどの分野で高いシェアを持ち、今や年商10.4兆円と電機セクターでは世界指折りの巨大企業だ。ファーウェイの場合は緩やかではなく急激な成長を遂げているが、その成長を支えるのも、米国型とは一線を画するユニークなガバナンスシステムだ。


ファーウェイは人民解放軍出身の任正非氏が1987年に創業した非上場企業だ。任氏は現在も取締役会副会長を務めるものの、その持株比率は2%以下。98%以上は、中国人社員8万人が保有している。


そして取締役会は17人のメンバーで構成されるが、その選出は株主社員による間接選挙で選ばれる。まず、直接投票で従業員代表約50人を選び、さらに代表同士の選挙で取締役が選ばれる仕組みである。


ファーウェイの張文林戦略部総裁は昨年9月の週刊東洋経済の取材の中で、「経営の選択はガバナンスのあり方に支えられている。社員でほぼ全株を保有することで、外部からの影響を受けずに、長期的な視点で経営に取り組めている。配当によって、社員に成長の果実も還元できる。ハイテク産業において何よりも重要なのは人材。社員の知恵と知識が何よりも重要な経営資源だ」と語っている。


一方で創業者の任氏は、取締役会の決議において、強力な拒否権を維持している。また、形式上の経営トップであるCEOは3人おり、半年交代で順繰りに務めている。世界的にも事例の少ない「輪番CEO」で、実際にはCOOのような権限レベルにとどまると推測される。


この結果、株式保有比率とは別の仕組みで、創業者は強い影響力を保っている。社会主義体制に通ずる公有性と、創業者のオーナーシップを共存させているのが、ファーウェイに成長をもたらすガバナンスだといえる。


筆者とともにファーウェイ幹部のインタビューを行った早稲田大学ビジネススクールの入山章栄准教授は「英米型の“きれいなガバナンス”が業績にプラスになるという証拠は、経営学的には必ずしも確認されていない。むしろ時に不透明感の残るガバナンスをしている企業のほうが、高い経営パフォーマンスを示している」と解説する。


TOTOのあり方も不透明感があるとまでは言わずとも、近年のガバナンス改革のトレンドと比べると保守的といえる。ガバナンス改革の優等生だった東芝が深刻な不適切会計問題を起こしたことを考えると、ガバナンスの外形が成長や健全性を決めると言えないのは確実だろう。自社が何のために存在するのか。


成長の果実を配分すべきステークホルダーとは誰なのか。その明確な理解がまずあり、それを実現するためにガバナンスシステムを設計できた企業が持続的に、力強く成長できるということなのだろう。




杉本  りうこ   (すぎもと  りうこ)
週刊東洋経済  副編集長
1973年生まれ。神戸女学院大学卒業後、北海道新聞社、北京大学留学を経て2006年に東洋経済新報社に入社。2017年から現職。

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