【緊張と高揚】 人生を振り返った、 TEDxTokyoでのプレゼン

TEDxTokyoのことは、娘がボランティアで裏方を手伝っていて、「これはおもしろいよ。」と、教えてくれるので、いくつものスピーチを感心して見ていました。主にアート系かものづくり系に関するものに興味がありました。

これはすごいと思うと、親しい友人に「見て、見て」と知ったかぶりして転送したり、フェイスブックにアップしました。TEDxの受け手はこんな感じで、「すごいこと(人)を発見した喜び」を伝えることで、広がっていくのでしょうね。


なので、「尚代さん、TEDxTokyoで話しませんか」と言われて、びっくりしました。なんで私が?! この青年たち(M君、N君)は、私がやってきたことにどんな意味や価値があると思ったのだろう、と不思議に思いました。


私は今64歳、日本フィルハーモニー交響楽団の中で40年携わってきたのは、限られた市民や聴衆を対象にしたアウトリーチ活動や、交流やイベントをつくるという地味で目立たない分野です。


オーケストラ業界は今まで、「オーケストラには普遍的な価値があり、その価値は聴けばわかる、本物は感動をもたらす」といった認識で、主にオーケストラファンを対象とした囲い込みを競ってきました。


世界的に名が知れている指揮者や共演者を招聘でき、コンサートの内容や魅力を様々なメディアを通じて宣伝できる資金と機動力を持っているのは、国や自治体、スポンサーから豊かな支援を受けることのできる体力のあるオーケストラです。


さらに、少子高齢化社会、発達した情報社会の中で、どのオーケストラも子供向け、他ジャンルとのコラボなどコンサートの内容に工夫をこらし、学校や高齢者や障害者施設へのアウトリーチ活動をすすめるなど、社会に役立つ存在としてのオーケストラをアピールしています。


では、日本フィルのような特定のスポンサーをもたない、自主運営に近いオーケストラは、何で勝負するか。それはオーケストラの主人公である演奏家と聴衆の関係性を築くことだ、と私は信じてきました。私の専門部署は「音楽の森」という、「オーケストラと社会をつなぐ窓口」です。


聴衆と演奏家がface to face で接する演奏の現場には、距離が近い分だけ、言葉を超えた濃密な共感と連帯の世界を生み出す力があります。学校や様々な施設、お寺、工場、刑務所、果ては河原や田圃で演奏したこともありました。


こんな現場では、通常のステージではありえない、おもしろいことがいっぱい起こります。それは、私のマネージャー冥利につきる瞬間でもありました。3.11以降、「被災地に音楽」を送る募金活動を行い、これまでに180回の演奏を送り続けました。


できるだけ東京から遠く不便で、他の音楽家が行かない、支援の届かない地域を選んできました。延べで850人以上のメンバーが「東北」を体験しました。


また、この15年、イギリスを中心に活躍するマイケル・スペンサー(日本フィルコミュニケーション・ディレクター)といっしょに音楽創造ワークショップの開発にも力を入れてきました。直近では森美術館とのコラボレーションで、ワークショップを行いました。


美術作品の背景にある物語やコンセプトの「もの」「かたち」「素材や質感」「動き」「空間」などの要素に向き合い、感覚を研ぎ澄ませて音にし、皆でつないで作曲をするというプロセスを経て、驚くほど美しい豊かな曲が仕上がりました。


TEDxTokyoでは、東北での活動と音楽ワークショップを例にあげて、どのオーケストラもやっていないことを紹介しました。


スピーチの出だしは「私は好きなことしかやってこなかったと言われます」です。自分の人生を振り返り、到達した、出だしの言葉はこれでした。いつも、社会にインパクトを与えることができること、聴衆だけでなく演奏家も感動を持ち帰ることができること、そんな活動を目指してきた自分を紹介しました。


TEDxTokyoでのスピーチ、というステージを与えられ、これまでの人生で経験したことのない、緊張と高揚感に包まれました。準備の1ヶ月間、私を支えてくれたTEDxTokyoのM君、N君は、私がどこで生まれて、どんな家庭環境に育ち、どんな子供時代を送り青春を送り、今に至ったか、とても好奇心をもって聞いてくれました。


合計8時間余り、しゃべりまくって、原稿を書き、自分でも64年の人生を振り返ることができました。「好きなことしかやってこなかった」人格が、どこでどう形成されたのか、輪郭がみえはじめました。


本番前の3日間は、ご飯ものどを通らないほど緊張して、気分転換で荒川の土手でリハーサルを行ったりしました。本番当日のステージは、つきっきりでアテンドしてくれたN君がそっと渡してくれた「お守り」をポケットにしのばせました。


照明が目つぶしになって客席はよく見えず、自分でも意外なほど「やってやろうじゃないか」といった戦闘的な気分でした。でも、途中大事なところを2ケ所すっ飛ばしました。


プレゼン終了後、M君が用意してくれた1輪の花を娘から受け取り、ハグして、「よくやった」感で一杯でした。倒れるか、と思うくらい興奮していました。


スピーチ後は休憩突入で、パーティー会場ではいろんな方が「よかったよ」と声をかけてくださいました。外国の方から声をかけられることが多くて、なんだか「上の空」でした。


意外にビジネスの最前線で活躍されている方々の中には、オーケストラに親しみを持ってくださる方や昔楽器をやっていた方などが多くて、「普遍的な価値」を標榜するオーケストラは、とっつきやすいのではないか、と改めて感じるところがありました。


「高年齢雇用継続給付金」のおかげで65歳までの現役生活はあと2ヶ月。65歳になったら「もっ、いいっか。」と、思っていましたが、TEDxTokyoのスピーチという機会を与えられ、この1ケ月の緊張のおかげで、頭のネジがしっかりしめ直されました。

 

 

富樫  尚代  (とがし  ひさよ)
日本フィルハーモニー交響楽団  音楽の森  チーフマネージャー
TEDxTokyo 2015 スピーカー
このアイテムを評価
(0 件の投票)
コメントするにはログインしてください。
トップに戻る