これから広告はどう変わっていくか

インターネットの登場以降、日本の広告を取りまく環境は大きく変化した。

消費者行動研究者として、日本の消費者を調査・分析してきた経験からは、認知媒体としての新聞の役割が低下してきたこと、インターネットの中でもSNS系の役割が、特に若い人の中で認知段階だけではなく購買の段階でも高くなっていること、情報感度の高い人と低い人との情報格差が広がり、新しいタイプの高感度層、低感度層が生まれてきていること、その2つの層では意思決定の際のメディアの接触の仕方や商品選択基準が大きく異なること、など、従来とは違う現象がさまざま生じてきていることが判明している。広告の受け手である消費者は、インターネットという新しい手段を得て、ここ10数年で大きく変化しており、おのずと「広告」の役割も変わらざるを得ない。

 

このような状況の中、光栄にもマーケティング・サイエンス研究におけるレジェンドであり、’Beyond Advertising‘の著者である、Wind先生のお話を直接伺う機会を頂戴した。先生のお話の中で私が特に大事な概念だと感じたのは「Orchestrate」という言葉だ。今までの広告は、マス媒体を通じた広告で商品認知を促し、新聞チラシで来店を促し、店頭のプロモーションで購買を促すといった、消費者をうまく購買まで誘導する形に構築されていたが、ネット上のクチコミや比較サイトなど、企業がコントロールすることのできない多くの情報が登場してくると、もはや消費者は企業の思惑通りに情報に触れてくれない。つまり消費者は自らの意思で情報を取捨選択して入手し、商品を比較し、購買しているのである。

 

この状況では、企業が各種メディアを用いて消費者を購買まで誘導すると考えるのではなく、消費者がそれらの情報を自らの意思でうまく組み合わせ、購買していくパターンが増えてくる。先生はそれを「Orchestrate」という言葉で表現し、単に各種メディアを組み合わせるだけではなく、それらの相乗効果が、まるでオーケストラが音楽を奏でるように共鳴し、最終的な消費者の購買に結びつくと説いた。まさに今までの広告の概念を超えた’Beyond Advertising‘だし、経験豊富な先生ならではのまとめ方だなと感心した。

 

ただ、Wind先生の話にもまだ発展させる余地があると思ったことも確かだ。一つは時間軸、2つめはメディアの内容、そして3つめはその「Orchestrate」の効果の測定である。

 

先生の話では、各種メディアが互いに融合し、共鳴し、購買に結びつくとしているが、消費者行動、特に消費者の意思決定プロセスを研究している私には、そこに「時間軸」が入っていないことが気になった。確かにスマートフォンを介して、関心を持った商品のことはその場で探索し、気に入ればネットでその場で決済できる現在では、従来に比べて消費者の意思決定に至るまでの時間は短くなっているが、その短い時間の中にもメディアに触れる順番によって、効果が異なることはわかっている。例えばインテージ社のi-SSPデータを用いた分析からは、企業のHPでは、HPを観てから購入する消費者と、購入後にHPを見る人では、圧倒的に後者の方がロイヤルユーザーになっていく確率が高いことがわかっている。

 

前者のHPの使い方は、新製品を探すための役割であるのに対して、後者の場合は、その商品が他の商品とどう違うのかを探るためにHPを探っているからである。つまり、メディアに接触するタイミング、順番によってそのメディアの役割は異なるわけで、一回の購買のみを扱うならば「Orchestrate」で構わないが、ロイヤルティという、従来から大事された概念を考えて行くには、もう少し理論的に精査する必要があるだろう。

 

第2にメディア、特に企業がコントロールできないSNSの内容である。我々はどうしてもその効果を「いいね」の数やフォロワーの数で測定しがちだが、それは広告の効果を、単にGRPだけで捉え、広告のクリエイティブ・メッセージを無視しているのと同じであり、真のSNSの効果を捉えているとはいいがたい。つまり、いいSNSに触れ、他のメディアと共鳴すれば、それは肯定的なドライブになるだろうが、つまらないSNSに触れたのでは、他のメディアとうまく共鳴できず、「Orchestrate」になっていかないのである。では、いいSNSとは何か。日本の消費者での研究からは、情報先端層の発するSNSは、肯定・否定を問わず自らの体験に基づく評価が加わり、論理的で非常に内容が濃いのに対して、単にSNSに投稿することだけが目的の層が発するSNSは、企業の発信するメッセージのコピーの色合いが強く、企業の発信するプレスリリースを拡散しているだけであることがわかる。拡散という意味では彼らのSNSも意味があるが、Wind先生の語る「Orchestrate」としての役割は、明らかに情報先端層の発するSNSよりも低い。SNSに触れた・触れない、や、「いいね」の数だけではなく、誰が発したSNSに触れたのか、は重要なポイントであることがわかるだろう。

 

第3にその「Orchestrate」そのものの効果測定である。従来は広告の効果は消費者の「認知率」、チラシの効果は消費者の「来店率」「チラシ掲載商品の購買率」、店内プロモーションの効果は消費者の「購入」で、それぞれ測定されていた。各メディアの役割が何となく明確だったためだ。しかし上に挙げたように、インターネットに関しては、そのメディアに触れる順番や、発信者によって異なるSNSの効果、などの実態があるわけで、新しいメディアの役割はTPOによって相当違うことが推察される。こうなると「Orchestrate」は概念としては理解できても、その効果を測定するのはかなり大変だろうなと推察できる。

 

このように、いくつか突っ込みどころはあるが、メディアの相乗効果を「Orchestrate」という言葉でまとめたのはセンスがあるし、概念は新しく面白い。本来ならWind先生に敬意を表して「日本の研究者には是非この概念を日本のデータで確かめてほしい」、と言及してまとめるところだが、それでは百戦錬磨のWind先生の術中にはまってしまう。ここはひとつ、Wind先生の概念枠組みの中で話をするのではなく、言葉は悪いがそれを「踏み台」にして、日本独自の新しい考え方を作っていきたいものである。それこそが、日本の研究者と欧米の研究者の「Orchestrate」になるはずだから。

 

最後に、出版されたばかりの著書のエッセンスを、著者自らの言葉で語っていただくという、非常に有意義な時間を頂戴したことに感謝する次第である。

 

清水  聰  (しみず  あきら) 慶應義塾大学 商学部 教授

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