レストラン電車という贅沢なみちくさ

2016年4月17日、西武鉄道初の観光電車「西武 旅するレストラン 52席の至福」の運行初日、終着地である西武秩父駅に電車が到着すると、たくさんの地元の方による笑顔の出迎えがありました。

当選倍率60倍を超えるオープニング運行の抽選を見事に勝ち抜いてご乗車いただいたお客様も、関係者に惜しみのない賛辞をおくってくださいました。直前まで各持ち場においてオープニングに向けて忙しく準備し、当日は心配な思いで一杯であった私たちは胸を撫で下ろすとともに、長かった準備期間の苦労を忘れることができました。


「52席の至福」のそもそものスタートは西武鉄道株式会社が100周年を迎えるにあたり、記念事業を実施するアイディアを募集するところから始まりました。100周年記念乗車券やフォトコンテストの実施、専用のwebサイトの開設といった意見が出ましたが、1世紀を記念する事業としてはインパクトが不足していました。そこでさらに検討を重ねた結果、当社の代表的な観光地である秩父をモチーフとした観光電車をつくってはどうかという案が出たのです。このあたりは論題と逸れるため深く記載しませんが、侃侃諤諤の議論の末、観光地への行き帰りの電車の移動そのものも楽しんでもらいたいという気持ちを込めて、当社初の観光電車であり、当然初となるレストラン電車に取り組むことを決定しました。


デザインについては車両の外装、内装ともに建築家の隈研吾氏にお願いしました。外装色のベースは水色です。当社の電車のイメージをお聞きすると「黄色」とお答えいただくことが多く、100周年の電車も当初黄色という案が出ました。しかし、モチーフとした秩父という地域に関して議論をした結果、秩父をもっともよく表すのは地域を貫く荒川の水の流れであるため、外装色は生命の源でもある水の色としました。ベースの水色をバックに、1号車から4号車までそれぞれ、秩父の春、夏、秋、冬と四季を表しています。


4両編成のうち2号車と4号車を客室とし、内装については、それぞれ柿渋和紙と地元の杉材である西川材の天井で仕上げ、落ち着いた雰囲気を醸し出すことを心掛けました。3号車はオープンキッチンの厨房車ですが、シェフの動きや料理の仕上げなどをご覧いただきたく、オープンなスペースとしています。ご乗車の際にはスペース的に制限が多い電車内において、苦労して配置した厨房およびその中で働くシェフの動きをご覧ください。1号車は多目的スペースとしていますが、これはウェディングなどの実施を強く意識しています。今後はこちらも強く打ち出していきたいところです。


運行を開始して半年ほど経過しましたが、午前中に都心を発車するブランチコースは100%、夕方に秩父を発車するディナーコースは90%以上の満席率と、高い支持をいただいています。それどころか「ずっと満席で乗れない」という声も頂戴しており、とても心苦しいところです。
ここから先は、そんなご意見に応える意味でも、実際に「52席の至福」にご乗車になったかのような気持ちを少しだけ味わっていただきたく、いくつかのサービス内容を運行スケジュールに沿ってご紹介してみます。


10時46分、池袋駅7番ホームに入線した薄いブルーの4両編成の電車は、乗車口に赤いカーペットを敷いてお客様をお出迎えし、車内の座席にご案内します。ひっきりなしに電車が出入りする池袋駅においては、車両を長時間停車しておくことが困難であるため、8分ほどの短い停車時間で終着駅である西武秩父に向けて発車します。
池袋を発車すると接客を担当する係員が、定められたテーブルにご挨拶と車内の説明にまわります。この当たり前と思われるお客様への最初のアプローチは非常に重要な意味があり、会話を通じていわばサービスやマーケティングのフックを見つけるためのコンタクトにもなっています。


ドリンクの注文や料理の提供がはじまり、車内が楽しい雰囲気に満たされたころ、外に目を転じると、駅係員や踏切待ちをしている方やお散歩中の方が「52席の至福」に向けて手を振っている光景をご覧いただくことができます。この手を振る行為は、観光電車にご乗車いただいているお客様に対しての私たちおよび地元の歓迎および感謝の気持ちの表れです。お乗りの際にこうした光景を目にしたならば、ぜひ手を振りかえしてください。手を振りあっている光景こそ、私たちが計画段階から思い描いていた瞬間なのです。


13時14分、電車は途中の芦ヶ久保駅に到着します。この駅から終着地の西武秩父駅までは特急の標準的な運転スケジュールではわずか8分ほどですが、「52席の至福」は芦ヶ久保駅に35分間も停車します。実はこれは乗客のみなさまにこの地の良さを知っていただくために、私たちが仕組んだものです。芦ヶ久保駅の近くには「道の駅果樹公園あしがくぼ」があり、地元秩父郡横瀬町のフルーツや農産物を販売しています。果樹公園と冠がついているとおり、春先のイチゴや夏からのプラム、ブドウがつとに有名ですが、新鮮な野菜やソフトクリームも好評です。私が特にお勧めしたいのは、この地方特有の冷涼な風が通るために可能となっている、全国的にも非常に珍しい無農薬栽培の紅茶と、秋以降の時期に出回る爽やかな香りが楽しめる新そばです。こちらもぜひ試してみてください。


13時49分、電車は芦ヶ久保駅を出発すると、一つ目のトンネルの先でブレーキをかけて徐行します。これは進行方向左側に観光目的に人工的に作られた氷柱(つらら)をご覧いただくためです。厳冬期のみのお楽しみですが、幻想的な雰囲気をご堪能ください。
13時57分、電車は終着の西武秩父駅に到着します。到着後は余韻に浸りながら思い思いのみちくさをお楽しみください。西武秩父駅からゆっくり20分ほど歩くと、ご鎮座2100年を迎えた秩父神社がありますし、神社に隣接して「ユネスコ世界無形文化遺産」に登録申請中の秩父夜祭のミュージアムもあります。この号が発刊されるころには登録が決定したという良い便りがあるかもしれません。


辛党には、ビールにぴったりのホルモン焼きもあります。このほか、14時過ぎのバスに乗れば、パワースポットとして有名な三峯神社に行ってスピリチュアルな雰囲気につつまれることも可能です。この神社には興雲閣という宿泊施設があり、ここに宿泊して有名な雲海を見るのにチャレンジするのもよいかと思います。
また、2017年4月には西武秩父駅に隣接して日帰り温泉施設もオープンする予定です。秩父にはいくつかの温泉がありますが、ゆっくり温泉につかるのは究極のみちくさではないでしょうか。今回は都心から西武秩父までのブランチコースを紹介しましたが、西武秩父を夕方に出て都心に20時過ぎに着くディナーコースでは夜汽車を思わせる独特の雰囲気が味わえます。


有名なJR九州の「ななつ星」をはじめとして、現在全国の鉄道会社で同様の取り組みが検討され、実施されています。多くはゆったりと車窓の景観を楽しめるものとなっており、鉄道ファンならずとも魅力的に映るのではないでしょうか。鉄道に従事する者としては、こうした取り組みによって鉄道の旅の良さが再認識されるきっかけになることを願うばかりです。贅沢なみちくさを目的に、各地を走る観光列車にご乗車いただき、その趣向と狙いにどっぷり浸かってみてください。私どもの「52席の至福」も、みなさまが観光列車にご乗車になる際の選択肢のひとつにしていただければ望外の喜びです。

 

石橋  憲司  (いしばし  けんじ)
西武鉄道株式会社 運輸部スマイル&スマイル室長
宣伝・マーケティングおよびインバウンド施策を担当。
埼玉県物産観光協会将来構想委員会委員。
変わったところでは電車の運転士免許を保持。

このアイテムを評価
(0 件の投票)
コメントするにはログインしてください。
トップに戻る