マーケティングホライズン2022年9号

対話と経験で環境意識と行動を 高めるー日本人の特性を踏まえた提言ー

Interview
星野 智子
一般社団法人環境パートナーシップ会議(EPC)
副代表理事 

大学卒業後、環境団体に就職し有機農業の推進事業と環境情報・環境教育プログラムに関わる。1998年から地球環境に関する国内外の国際会議の運営に従事。2003年より地球環境パートナーシッププラザ(GEOC)の運営に参加。現在(一社)SDGs市民社会ネットワーク理事、(一社)海外環境協力センター理事、(特活)アフリカ日本協議会理事、(一財)日本自然保護協会参与、(一社)日本サステナブル・ラベル協会監事、農業体験企画「土の学校」主宰など、多岐の市民活動に関わる。2012年SDGs策定プロセスが始まって以降、SDGsをテーマとした講演や普及活動を行っている。

 

───まずは、現在取り組んでいる活動についてお聞かせいただきたいと思います。
星野 私は一般社団法人環境パートナーシップ会議(EPC)で活動をしています。国連大学にあります地球環境パートナーシッププラザの運営をはじめとして、地域の環境団体や政策提言を行う環境NGOを支援し、企業や政府とつなぐこと(パートナーシップ)によって、課題を解決に導く新しい力を生み出すことを目的に活動している組織です。場づくり、仕組みづくり、人材育成、情報共有のデザインなど縁の下を支えるハブ的な活動をしています。具体的には、例えばESD(持続可能な開発のための教育)や環境省が実施する地域循環共生圏に関わる活動促進や支援といった事業があります。

また、私自身はEPCの業務と併せて、SDGsの普及啓発の活動も行っています。一般社団法人SDGs市民社会ネットワークの理事として、SDGsの目標達成に向けた事業の企画や企業と行政との連携推進、SDGs市民カレッジと称した教育活動も推進しています。現在、全国の市民社会組織とネットワークを組み、SDGsの目標達成に向けて取り組みを進めているところです。

 

なぜ、生活者はカーボンニュートラルな社会、持続可能な社会に向かえないのか

───SDGsの目標達成に向けた各企業や組織、生活者の意識や活動のトレンドはいかがでしょうか。5年ほど前、行政のイベントに参加したときには認知度はあまり高いとはいえませんでした。
星野 SDGsについては、ようやく中小企業や生活者にも普及してきたと思います。一方、企業については、今までのCSRや社会貢献ではなく、全く違ったフェーズに突入しているため、目標に向けて活動していない企業は、投資家に評価されない、株も買ってもらえないという事態に追いやられるようになりました。法律ではない強制力が発せられているといえるでしょう。日本は、世界的な潮流であるグローバルスタンダードに真剣にさらに取り組まなくてはならない状況にはなっているかと思います。

───以前は、日本人にとってSDGsは強制力が少ないため、どう取り組んだらいいかを迷ってしまう。自由演技に弱いという話を聞いたことがありますが、やはり強制力がキーとなって企業が動き始めているのですね。
その中で、カーボンニュートラル社会の実現に向けた現在の潮流は企業の行動にどの程度影響を与えると思われますか。
星野 カーボンニュートラル社会の実現を目指す企業の取り組みも、株や投資といった経営に影響することから企業活動に大きな影響を与えていると思います。

2030年や2050年に向けた目標数値がわかっているので強制力となります。まだ、取り組みの明らかな結果は出ていないと思いますが、企業は今後も実現のための事業活動に取り組んでいくでしょう。ただし、これはビジネスの部分だけであって、一般の人たちの強制力にはなかなかなりづらく、課題であると感じているところです。

───おっしゃるようにカーボンニュートラル社会と生活者には距離があると思いますが、その理由は何だと思われますか。
星野 消費者団体や環境団体が、企業との距離をなかなか詰め切れていないところが課題だと思います。こうした機関が、いわゆる企業をモニターするウォッチドッグ的な役割をもっと果たせれば、企業はもっとぴりっとすると思います。
 その反対に、しっかりと目標を持って進めている企業にとっては、せっかく取り組んでも、消費者からの関心や評価を感じられないと思ってしまいます。

消費者と企業の良い緊張感が作れていないこと、また、その担い手が、まだ手を組めていないことが、日本において環境意識や行動が高まっていない理由の一つなのでは、と思っています。

───緊張感が作れない原因は消費者側にもあると思うのですが、根本的な原因はどこにあると思われますか
星野 その理由は何かを私なりに考えてみると、日本人の自然観の影響があると思います。「自然はいつも自分たちを包んでくれて解決してくれる。嫌なことは水に流せばいいのだ」といったような考え方があります。
自然があまりにも豊かで、このゆりかごで守ってもらえていることに気づかず頼ってしまっていて、壊しても気づかないということが今まであったのではないでしょうか。

これまでは水も緑も豊かだったため問題なかったことも、いよいよそうはいかないことが問題として認識されていないことこそが原因なのではと思っています。

そのため、「今までは良かったかもしれないけれども、これからはそれじゃ駄目なんだよ」といったことをかなり鋭く言わなければならない時代に残念ながら来ているのではと思っています。だからこそ、ESD(持続可能な開発のための教育)や環境教育が重要になるのではないかと感じています。

 

大人のため、子どものための教育はどうあるべきか

───環境教育は子どもを対象には行われていると思いますが、大人の環境教育はどのように考えればよいでしょうか。
星野 大人のほうがむしろ重要です。例えば、今の子どもたち、たとえばZ世代以下の子どもたちは、生まれたときからリサイクルや分別は当然のこと。一方、大人たちは途中から分別が始まっているので、やらねばならないものとなっています。ゆえに、大人のほうが大変だなと思っています。

一方で、子どもたちにとっては、ファストファッションでも食器でも、使い捨てのものが当たり前すぎて、それを使ってもいいものだという認識がある。大人であれば、「もったいない意識」があるため、使い捨てであっても、もう一度洗って使うこともときにありましたが、子どもたちにはあまりない。

大人は「決められたことは、面倒くさくても実行する真面目さ」と「親から受け継いだもったいない精神」と両方を持ち合わせているので、その2つをうまくコントロールする教育をすることが大切だと思います。

───大人の環境教育において、NPOやNGOなどの環境団体や消費者団体はどのような役割を果たすべきだと思いますか。
星野 2種類の団体(環境団体と消費者団体)と企業との「距離」が詰め切れていないことを課題として挙げさせていただきましたが、それに加えて、環境団体と消費者団体ももっと連携できたらと思っています。

環境団体は、かなりなりエッジが効いた発言をしていますが、消費者に向けた発信を十分にできていない状況です。自団体の会員に対してはもちろん発信していますが、環境団体の会員数は圧倒的に少ないので発信力としては弱いと言わざるを得ません。

お互いが連携して、例えばライフスタイルの変換やライフスタイルを踏まえた政策提言といったように、クロスオーバーすることが、結果として、大人の環境教育となって影響力につながると思います。

そのために、最近では消費者団体にできるだけアプローチできるような機会を作るようにしていますし、環境団体にはSDGs的な視点で活動の広がりを作るように働きかけています。

───子どもの環境教育は進んでいるといわれますが、現状をどうお考えになられますか。
星野 実態で言うと、SDGsが教科書に載るようになった時代となり、大変頼もしい状況だと思っています。
さらに言うと、生活環境の教育だけでなく、自然体験活動にも同時に力を入れたほうが、時間はかかりますが、環境意識と行動の定着には有効だと思います。

日本人の自然観のお話しを先ほどしましたが、環境の大事さ、つまり何を守らなくてはいけないかがわからないと、既に常識となっているだろう「節電すること」や「プラスチックごみを出さないこと」から先の行動は進まないのではないでしょうか。守るべきもの、つまり行動の目的を知ることは、自然体験で学ぶところが大きいと思います。

また、自然の中での体験は、様々なことをつなげて考える力、俯瞰して考える力をつけ主体的に動くといった行動にも影響します。つまり、人間力の育成にもつながるのではないでしょうか。

学校での授業も「環境」を教えるだけではなくて、感じる大切さを教えることを丁寧にやらないといけないと思っています。

───自然の中で守るべきものを感じるために、その解釈の背景となる知識も必要だと思いますが、その点はどのように考えていらっしゃいますか。
星野 自然の中で守るべきものを感じることが前提にあって、それにプラスして現在、なぜ自然が壊れてしまっているかという背景を伝えることはもちろん重要かと思います。
そうしないと、場合によっては自然に包まれてハッピーというだけになってしまいます。それが現在、壊されているという事実や背景はかぶせるように、自然体験と平行してしっかりと教えていくことが重要ですね。
繰り返しになりますが、自然体験では、今、何が問題かを感じ取る力や想像力が養われると思います。この力をもって、問題の背景について、知識として身に着けることが大切だと思います。

 

目的と理由・背景をつなげる大切さ

───今、企業は、カーボンニュートラル社会の実現を大きな課題として取り組んでいますが、その実現が目的化していると懸念する声もあります。取り組んでいることの目的と理由や背景をつなげることは重要ですね。
星野 そのとおりだと思います。なぜSDGsのこの目標なのか、その背景と理由がわからないと、例えば、17の目標に対して、自社の取り組みがどう対応しているかをパズルのようにはめ込んでしまうようになる。

「SDGsのそれぞれの目標は一つひとつが相互に絡み合っているのだよ」という話をしていかないと、ただ言われたからやる、目標だからやる、業務だからやるとなってしまう。そうなると人のモチベーションを下げることにつながると思います。人々の意識や行動を変容させるためには、理由やつながり感を理解することは大切だと思います。

よく言われるサステナブルな社会も、なぜサステナブルな社会が必要なのか、あるいは、どんな社会をサステナブルにしたいのか、といったつながりがないと本来は進められないと思います。

ゆえに、もう少しみんなでイメージを膨らませていきたいと思っています。戦争があって、犯罪があって、人権も守られないような現在の社会を持続させるのではなくて、例えば、「ハッピーで、ヘルシーで、わくわくするような、みんな安心して暮らせるという社会を持続させたい」といったイメージはどうでしょう。そうすれば、誰がどう動くべきかがわかるし、動く人の腹落ちにもつなげられるのではないでしょうか。

ただ「頑張れ」と言われるだけでは面白くないはずで、ありたい社会、自分がどうなりたいか、そのためには、現在どうありたいかを考えられるような学びや気づきに自分の活動をつなげたいと思います。

───星野さんは、いろいろなところで環境問題やSDGsなどについて様々な方にお話しされていると思うのですが、特に一般生活者とコミュニケーションを行う上で何が大切だと思われますか。
星野 お話を聴いていただくときに、できるだけ「自分ごと」と思っていただけるようにコミュニケーションを取ることが大切だと思っています。SDGsは国連で決まったことということでどうしても遠い話のように思われがちですが、これが自分たちの暮らしや地域にどう関わってくるか、自分たちの行動が社会を良くするカギなのだということが理解いただけるように、自分の周囲にある課題に寄せてお話するようにしています。なかなかやりきれていませんが、外来語や専門用語をできるだけ減らすように心がけています。

───例えば、企業の方々が子どもたちに向けて説明する機会が増えていくと、おそらく事業活動を考える上で、また伝える上でも学びがあるのではと思うのですが、いかがでしょうか。
星野 それはいい発想だと思います。例えば、NGOの世界をみても難しい言葉ばかり、専門用語ばかりになりがちです。生活者に伝えるのであれば、先ほどお話ししたように、翻訳機能を持つことが自分たちの取り組みや考えを伝えるためには必須だと思うので、その発想は本当に大事だと思います。

───企業はカーボンニュートラルや脱炭素社会実現にむけた取り組みをCMで実施することも増えてきました。テレビを見ないといってもマス広告は多くの人にリーチするには価値があると言われますが、その際のアドバイスはありますか。
星野 一般の生活者の人たちは、環境のために何か買うというよりも快適さ、便利さが優先されることが多いと思います。
そのため、快適さ・便利さのメリットを伝えた上で、半歩先の未来を描くことが良いのではと思います。自分に快適だけど未来の人や他の生きものにも快適なもの、と聞いたらちょっと嬉しいのではと思います。

一歩先まで描くと自分は関係にない、遠いと思われるので、少し先の未来を見せてくれる、照らしてくれる水先案内人的なコミュニケーションが求められるのではないかと思います。

また、その中で、間違っていることは間違っていると伝えるという毅然とした態度も支持されるのではないかと思われます。

カーボンニュートラル社会の実現と聞いても、一般生活者にとっては本当に難しいと思います。「何だ、それ?」と普通は思うでしょうから。それを柔らかく、どう翻訳するかといったことにプラスして、その「半歩先」にどんな社会があるかを示してあげることが寄り添うコミュニケーションになるのではないでしょうか。


───企業と生活者が実際に対話をすることも大切なのではと思いました。対話で物ごとを解決するのがあまり日本は得意ではないとも聞きますが、こうした対話の価値をどのように捉えていますか。

星野 対話の場のコーディネーションも行っていますが、その中での学びはやはり深い。いろいろな苦難を一緒に乗り越える体験を活かす上でも対話の場を持つことは非常に大事かなと思います。Twitter、ホームページなど企業が利用するコミュニケーションツールで拾った生の声との対話は、オーソドックスだけれどもそこに解が多くあると確かに思います。

また、今はコロナ危機、気候危機、ウクライナ危機など「危機」と呼ばれることが多くなっています。そのため、危機の中から学び、次に動くということにも期待はしています。東日本大震災で、海外協力をやっていた団体が東北で支援活動を行うなど海外協力のノウハウを生かした活動を展開していました。危機の時に助け合う経験を、ここ数年各地でさまざまな団体が得ていると思います。

企業や組織、生活者は、危機を乗り越える力を持ち合わせているので、それを信じて自ら動くように何かを仕掛けていくと良いと思います。その仕掛けの一つが対話だったりすると思います。

───難題であるほど、対話は解決のための1つのキーワードになりそうですね。想いが強すぎると対立しがちになりますが、実際には、目的が同じである場合も多いように感じます。それぞれの目的を共有できる場を作るためにも、コーディネーターである星野さんのようなお仕事はますます重要だなと思いました。

最後に、脱炭素やカーボンニュートラル社会と言われても、どこに向かって走ればいいかを悩む企業も多いため、メッセージをお願いいたします。

星野 カーボンニュートラルな社会を実現しないと、自分たちの会社も危うくなると危機感を感じている企業が多いと思います。
もしかしたら、脱炭素やカーボンニュートラルいう目標は企業にとっても、わかりにくいから、自分たちが迷走していると感じる企業関係者も多いかもしれないですね。

例えば、カーボンニュートラルな社会ではなくて、「環境が良く暮らしやすい社会」と目的で言い換えをすれば、そのための手段を描いていけるかもしれません。

持続したい社会をまずみんなで考える、つまり、絵を描くことから始めるのもありなのではと思います。そのために、企業内でまずは対話をすることもカーボンニュートラル社会実現に向けて、方向性を考えるヒントになるように思います。

───本日はどうもありがとうございました。

 

(Interviewer:中塚 千恵 本誌編集委員)

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