マーケティングホライズン2023年4号

高成長と高利益率を 両立する会社 エムスリーの ベンチャーマインドに迫る

現在、日本のマーケティング業界は経済的にもシュリンクし、非常に厳しい状態にあります。しかも新型コロナウイルス感染症の流行やロシアによるウクライナ侵攻などによる、物流問題、原料問題などがあり、先がなかなか予見できず、来年どのような状態に自分たちが置かれているかもはっきりと見通せない状況にあります。

しかし、そのような中でも日本は経済の力を取り戻していかなければいけません。決して平坦な道ではありませんが、変われる可能性は十分にあると思います。コロナ禍からの復興という意味合いからも、今こそ起業家精神を持って世の中を良くしていく人の育成が急務だと思っています。最近、アントレプレニュリアル(Entrepreneurial:起業的精神)という言葉が登場しました。これは、自分の思考と行動で世界をより良い場所にできると本気で信じる人を増やすことをめざし、アントレプレナーシップを持って『ことを成す』人を育てるという風に解釈しています。

そこで今回は、急成長を成し遂げ、巨大企業になった今なおベンチャースピリットを持っていろいろな事業に挑戦し続けているエムスリー株式会社の津田さんに、これまでの発展から我々が学ぶべきところはどこなのか、その中で起業家的な考え方などを学びたいと思います。

───エムスリーは、ピーク時の時価総額が約7兆2,400億円です。これが何を意味するかというと、今後の成長が非常に期待され、その期待に応えるための原資があるということです。  

まずはエムスリーのことや津田さんの行っている業務について概要を教えてください。
 
エムスリーとは

津田 エムスリー株式会社は「インターネットを活用し、健康で楽しく長生きする人を1人でも増やし、不必要な医療コストを1円でも減らす事」をミッションに置き、事業を展開しています。私自身が会社に籍を置いている中で本当に素晴らしいと感じる部分も多くありますが、その辺りは後ほどお話します。

エムスリーの事業による大きな変革については、やはり「MR君」があるかと思います。特に医薬品に関して、医師が情報収集する手段として、従来はMRと直接コミュニケーションを取り情報を仕入れていました。ここが現在は大きく変わってきています。これまでの製薬企業側から見た場合、医師に向けて情報伝達をするためのコストとしては、MRの関連費用が圧倒的で、実に90パーセント以上を占めていました。

しかし、実際の医師の情報収集の時間は、MR経由のものは約2割で、インターネットが約4割と推定されています。ここに生じている製薬企業と医師の間のねじれに対して、エムスリーが持っているプラットフォームを通じ、医師により効率的に情報を届けるように取り組んでいます。現在、当社が展開するサイト「m3.com」を利用する医師は31万人で、これは国内の医師の約9割以上に上ります。このサイトを通じて「MR君」を利用する医師も増えているため、今や製薬会社の営業活動に「MR君」は欠かせない存在となっているといえます。その結果、業界全体の生産性の向上にもつながっているということが、大きなインパクトを残せた部分だと思います。

そのようなものを軸に、もともとはインターネットサービスとして始まり、「MR君」やウェブ調査などの事業を展開していく中で、2010年頃から、リアルのオペレーションについてもITを絡めることで、より進化をさせていきました。例えば治験の領域はアナログで行っていた部分が多かったのですが、このようなところもIT化を推進することにより、治験に必要な期間を大幅に短縮し、オペレーションの大きな効率化が可能になりました。また、医師の転職支援のサービスも同時期にスタートしており、今では日本だけでなく海外でもサービスにも拡大させています。そして2020年頃から、それぞれの事業モデルをさらに有機的にリンクさせ、それぞれの事業の連携によるシナジーを創出し、医療業界における課題解決のエコシステムをつくる、エコシステムシナジーという取り組みを行っています。

───その有機的なリンクというのは、先ほどおっしゃった「MR君」や治験、転職や人材などいろいろな事業があるかと思いますが、具体的にはどのようなシナジーを追求しているのですか。

津田 各事業のビジネス領域に対して持っているアセットを横断的につなげることで、医療業界の抱える課題に対して、よりスピード感を持って解決を推進していくようなモデルがつくれます。また、外部との協業も非常に増えてきていて、製薬企業との協業にとどまらず、ソニー株式会社との協業、株式会社NTTドコモとの協業なども強力に推進してきています。

ヘルスケア市場にみるエムスリーのポテンシャル

───現在、特に注力をしている分野は何でしょうか。

津田 今までメディカルの領域ではさまざまな事業を展開してきました。そして、今後はヘルスケアの領域、いわゆる未病の領域にもかなり大きなポテンシャルがあると思っています。

特に現在、ヘルスケア領域に関しては、例えば機能性表示食品を含め、食品メーカーなどが相当数参入し新商品の開発も相次いでいる状況です。健康に良いと訴求する商品は市場に多くありますが、一方その論拠に乏しいものも見受けられます。そのような中で、消費者に自社製品・サービスの価値や信頼感を伝えることはますます重要となっています。

そこで私が携わっているAskDoctors総研では、健康のプロである医師の知見を活かし、消費者に正しい商品情報を伝えるお手伝いをしています。例えば、医師のネットワークを通じてその商品の評価を行い、「AskDoctors」という認定マークを付与する事業や、医師を通じて商品の情報を消費者に伝えていくようなサンプリングといったリアルなコミュニケーション手段の提供を、主にメーカーに対して行っています。

───本当に素晴らしいモデルだと思います。

津田 ありがとうございます。

───私自身、食品会社に永く在籍しておりましたので、健康分野はどの食品会社も関心があることはよく知っています。また、課題として、ヘルスケア分野では機能、効能の訴求が薬事法等の関係で、なかなか難しい問題があることも痛切に感じていました。「良いもの」をどのように「良い」と伝えたらいいのかがずっと課題でしたが、御社のマーケティング手法は、メーカーや生活者にとっても自然に受け入れられる非常に優れた手法だと感心しました。

津田 健康志向が高まり、新商品を開発してヘルスケア事業に参入していく際に、今までのプロモーションやマーケティングでは通用しない状況が起きているので、そこに対してお手伝いをしています。特に、エビデンスを取得し、しっかりと研究開発されているメーカーこそ、せっかく取得したエビデンスの情報をそのまま伝えることがなかなかできないので、その良さを独自のコミュニケーション手法を通してしっかり消費者に伝えることができるよう支援させていただいています。

成長と利益を同時に高められるのはなぜなのか

───売上を成長させるために積極的な投資を行うことが不可欠であることは言うまでもありません。しかし、積極的な投資を行うと、普通は先行的に利益が逼迫されやすくなるものです。そんな中で御社は、なぜ高い成長性と高い利益率を両立することができているのでしょうか。そのことについて、少し聞かせてください。

エムスリーの成長の秘訣がわかれば、我々がコロナ禍からの回復の中で、どのような経営をしていけばいいのか、どのようなマーケティングをしていけばいいのかということのヒントになる気がします。エムスリーのその辺りの成長の秘密や、他の会社と違う強みについて、教えていただけますか。

津田 エムスリーは、事業をスタートさせてから、事業面・地域面で事業ドメインを拡大させていっています。そしてその戦略の実行のためにサグラダファミリアから名前をとった「サグラダファミリアマップ」という戦略マップがあります。これは縦軸に事業が並び、横軸に国や地域が並んでいます。そこで未開発な領域、例えば、この国ではこの事業がまだできていないといったことを可視化することで埋まっていない部分にどんどん手を付けていく。その上で、参入した事業間のシナジーを最大化させ、最終的に社会的インパクトを創出していくのです。

実際に事業を展開している国は、2010年で3か国だったのが、2015年で8か国、2020年で11か国とどんどん増えています。そして縦軸の事業タイプも、2010年には6個だったものが、2020年には35個になっています。事業タイプの数に国の数を掛けあわせることで、実際に埋まっているマスが2010年に10個だったものが、2020年には56個にも上っています。ここが増えていくことで事業の広がりとなり、そして成長の動力にもなっていきます。

───「サグラダファミリアマップ」というのは実に興味深いコンセプトですね。エムスリー本体の従業員は500人ほどしかいない中で、この規模のことを推進できるのは驚きです。各事業の責任者が率先して強力に進めるイメージでしょうか。

エムスリーの「くしゃみ」

津田 いいえ。それだけ多くの事業の項目がパラレルに、それぞれを成長させていくという形を取るためには、その事業を推進できる人材の育成が非常に大きいと思います。エムスリーの行動規範で「くしゃみ」というものがあります。これは、「クライアント、良い仕事に対する執着心を持つ」ということの『く』、「社長意識で仕事に取り組む」ということの『しゃ』、「皆をプロフェッショナルとして尊重する」ということの『み』の頭文字を取って、「くしゃみ」と呼んでいます。

特に『しゃ』の部分の社長意識では、圧倒的な当事者意識を持つことが求められています。自分の上司でさえリソースの一つとして、最大限に活用していくということを考えてもらいます。

───素晴らしいので、また聞きたくなりました。35事業で11地域というと、385個のマス目ができます。先ほどの優秀な人材を配置することを考えると、事業拡大のスピードに合わせて経営レベルの人材を育てるというのは大変なことだと思いますが、その中で、それを達成していくための「くしゃみ」という行動規範はとても面白いと思いました。

特に関心を持ったのは、真ん中の『しゃ』で、社長の意識で事業に取り組むということです。そこで質問があります。この社長というのは、エムスリー株式会社の社長の気持ちを意識するのか、それとも、任された事業を一つの会社としてみなして、社長の意識を持つのか、どちらですか。

津田 社長意識とはリーダーシップの発揮を意味しており、仕事の主人公は自分自身という考え方をもってことにあたる、ということです。その意味では事業を任された場合はもちろんですが、事業責任者の立場でなくても、自らの仕事に対して全員が能動的に取り組みながら、知恵を使って成果を最大化するために試行錯誤していくことをスタッフには期待されています。こういった仕事の仕方をすることで成長もしますし、仕事もより楽しく取り組めると考えています。

───極端な話、社長は何でも自分で決めていいわけで、場合によっては周囲の人たちやもしくは自分より目上の人たちと意見が衝突することがあると思います。これについてはどのように考えていますか。

津田 そこを問題に感じることはほとんどありません。その理由は二つあります。一つは、社内では物ごとが非常にロジカルに進められているので、お互いに意見が違っていてもいいと思います。どちらの確率が高いか、正しそうかということは、論理的にいろいろな議論を重ねることで見えてきます。それが感情論ではなく、ロジカルな議論であれば、お互いが納得しやすくなります。

もう一つは、先ほどの「くしゃみ」の『み』で、皆を大切にするということは、もう少しかみ砕くと、他のスタッフをプロフェッショナルとして尊重するという考え方です。立場ではなく、発言の中身を上の経営層も聞いてくれることを実感しています。そして若い人であっても、しっかりと自分の意見を言えます。若いくせに生意気なことを言っていると思われることも全くなく、風通し良く誠実な議論ができています。また、当然ながら発言には責任が伴いますので、そのような意味でも若い人にとっても良い経験となります。

───いろいろなタイプの人たちが働きやすい環境ですね。

津田 そう思います。成長機会が全く違うと思います。一方、プロフェッショナルとしての意識を求められていますので、若いからごめんなさいというわけにはいかず、求められている高いレベルに応じたアウトプットが必要になりますので、特に若い人にとって大きく成長できる環境だと思います。

───物ごとがロジカルに進むということは実行も速やかなのですね。

津田 そうです。特に重視されているのはPDCAを高速で回すというところだと思っています。そのような意味で、まずは試してみるということは前向きに後押ししてもらえます。

───いろいろな発案をしたら、それをどんどん形にして動かしていくことについては、割と奨励される風土なのですか。

津田 奨励されます。仮に上手くいかなかったときも責められるということなく、次はどのようにするかというところに焦点が当てられます。

───素晴らしいです。批判というよりは、次に対するラーニングとして活用するということですね。津田さんもいくつかの会社を経験していると思います。普通の日本企業と比べたときの、違う部分を話していただいています。その中でも特に異なる点というのは、どの辺りが大きく違っているところだと思いますか。

会社の成長と自分の成長がリンクする

津田 まさに先ほどの「くしゃみ」と通じるように、私自身は事業に対して手触り感を持って進め、主体的に関わっていきたいという思いが強いです。そこに対して、ある程度の権限を委譲してもらえます。例えば先ほどのように、役員と意見が違ったとしても、現場でその事業に対してもっとも注力しているのは自分だという自負の下、このようなトライアルをしたいということに関しては、しっかり検討してもらえるので、頭ごなしに否定されるということもなく、アドバイスをいただく中で議論をし、自分の考えに基づいて事業を進められるという感覚を持っています。とにかく意思決定のスピードが速いことをとても感じます。

───それでスピードが速いのですか。

津田 スピードが速いところには、いくつか要素があると思います。一つは、そもそも組織的にフラットでレイヤーがあまりないところです。例えば主任がいて、係長がいて、課長がいて、部長がいて、という具合に、決裁に何人も段階を経るという会社もあると思いますが、ツーステップ、スリーステップほどでほとんどの案件が完結します。

その点では調整業務がほとんどないという感じです。そのため実務に向き合える時間がより多く、自分のリソースを全て事業の推進のために使えている実感があることが、やりがいを感じる部分ですし、そこに時間が使えているので、当然、自分の成長にもつながっているところだと思います。

成長の源泉、ベンチャーマインド

───2022年の10月にワールド・マーケティング・フォーラムという、世界中のマーケティング協会の総会のようなところに行くと、コロナ禍からの回復に向けて設定されたテーマがありました。これが「起業家的マーケティング」、英語では「アントレプレニュリアル・マーケティング」という言葉で、実は英語でもほとんど聞いたことがなく、恐らく造語だと思います。これがアントレプレナー・マーケティングであればわかりますが、これはベンチャービジネスを立ち上げるマーケティングになります。「アントレプレニュリアル・マーケティング」と言うと、ベンチャー的マーケティングとなり、大企業の中にいてもできることなのだろうという認識をしました。

例えば起業家精神を考えたときに、先ほど、「くしゃみ」の『しゃ』は、社長になったつもりで事業に取り組むということをおっしゃいました。これはまさにアントレプレニュリアルかと思いながら伺っていました。

津田 社内でもベンチャーマインドは大事にされています。事業規模が大きくなっても、柔軟でスピード感のあるベンチャー企業であり続けるために、先ほどの社長意識を持って社員一人ひとりが裁量権を与えられ自ら実践していくということです。そのような意味では、そこのスピード感や、まずサービスをローンチする、PDCAを回して改善していくところは、まさにベンチャーであり続けるという、エムスリー株式会社の中の一つの社風にも関わってくる部分だと思います。

───採用の際はどのような点を重視しているのでしょうか。

津田 面接時は、「くしゃみ」の概念にマッチする人かどうかをとても見ています。そのような意味では一緒に働いている人たちも、とてもベンチャーマインドを持っていて、自ら何かを進め、自走する方たちが多いので、そのようなメンバーに囲まれることで、自分もまたそのような意識が高まるというサイクルが生まれていると思います。

───よく分かります。この特集号をする中で、他の先生とも話をしていて、年齢など、人の質に対する話というのは、皆の中心的な話題として出てくるものです。私が思っているのは、ベンチャーマインドにあふれる、アジャイルにビジネスをしようとする人で、「くしゃみ」の『しゃ』を体現している人と言ってもいいかもしれません。ある先生は、年寄りは邪魔をするなとおっしゃいましたが、僕は、年齢と関係ないと思っています。もちろん若手は元気かもしれません。逆に元気のない若手は一つも取りえがありません。しかし割とベテランの中にも、ベンチャースピリットをとても持っている人も多くいます。

御社のように、あまり年齢を問わず、部の壁もなくせばよく、序列はサイロ化するからできるのです。狭い領域で、組織を縦に切るので序列ができてしまうのです。それを全く違う分野と、サイドを取っ払って壁をなくしてしまえば、実は序列はできない構造になっていると思っています。それを推進してきたのは、本当に素晴らしいと思います。

先ほども言ったように、日本の会社は現状の難局を乗り切っていくためには何かを変えていかなくてはいけないと思っています。それはもしかしたら、起業家的というキーワードと関係があるのかもしれないというのが、この特集を立ち上げた理由でした。本日はそのための貴重なヒントを得られたと思います。ありがとうございました。
 

(Interviewer:福島 常浩 本誌編集委員)

 

エムスリー株式会社とは 
エムスリーは3つのMであるMedicine(医療)、Media(メディア)、Metamorphosis(変革)の頭文字を取り、「インターネットというメディアを活用し、医療の世界を変革します」とのVisionで、主にソニーコミュニケーションネットワーク(現・ソニーネットワークコミュニケーションズ、通称So-net)によって設立された。創業は2000年、上場以来連結売上は更新を続けている。国内最大級の医療従事者向けサイト「m3.com」を持つ。m3.comは、医師を中心とした医療従事者のための専門サイトであり、医療ニュースなど臨床現場で役立つ情報をお届けし、日々医師の方々に利用されている。

 

津田 宗利(つだ むねとし)

エムスリー株式会社ヘルスケアマーケティンググループ グループリーダー
1977年生まれ。関西大学卒業後、広告会社を経て、株式会社ぐるなびに入社、主にコンシューマに向けたマーケティング業務を歴任、2015年3月、エムスリー株式会社に入社、機能性商品のマーケティング支援事業(AskDoctors評価サービス等)を主導。

 

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