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「子どもドリブン」のススメ

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2021年9月号『子どもドリブン:未来に挑む企業の芽』に記載された内容です。)

難しい時代ですが、自分の生き方や企業のあり方について、将来ビジョン、あるいは打開策を求めるなら、「子どもドリブン」、つまり子ども起点で考えることをおススメします。これは子どもから始まるホーリスティック(全体観)な捉え方です。

子どもの課題は、様々な問題につながっていて、個別バラバラに対応しても効果は上がりません。だから男性育休義務化という制度にだけ対応しようとしても、うまく行きません。

つまり、根源的な問題や、連なった問題にアタックする必要があります。個人の場合は、夫婦の相互理解はじめ家庭の問題、ひいては自分の生き方に向き合うことになります。企業の場合は、業務や組織の革新が求められ、経営の進化を追求することになります。いずれも、未来に向けて自らを見つめ直し、道を開こうという取り組みです。なお、国や自治体任せで済むほど容易なことではありません。自分が、自社が、動くことです。

 


分かっている変化に対応できない日本企業


 

核家族化で祖父母・親類・ご近所などのつながりが欠けてしまい、夫婦が孤立。経済的にママも稼ぐ必要性が増し、働く女性の比率が上昇。そして若い世代は、個人と家庭の幸せを重視。マクロの変化は誰でも知っていることなのに、多くの日本企業がそれに対応することがなかなかできない、というか拒んでいます。

今の経営陣が若かった数十年前と比べて、家庭への負荷が高くなっています。世代により期待値も違います。すると夫婦の関係は劣化しているでしょう。心がすさむと雇用者側にもいいことはありません。例えば、エンゲージメントの国際比較で日本は最下位クラスですが、これが影響しているかもしれません。他の先進国の企業に見劣りすれば、優秀な人の採用・定着化が難しくなります。

例えば、アセアンのホワイトカラーの給与レベルなら、シッターを無理なく雇え、任せるのが当たり前なので、特に乳幼児期の育児にそこまで問題を抱えていません。日本ではそうはいきません。このままでは日本企業の先が案じられます。

 


「空気」という得体の知れない魔物



制度があっても実際に行動しない理由に「空気」があります。産直後は最も大変なため、そこに資源を集中して投じる男性の育休は、家庭のために重要です。しかし、男はなかなか育休がとれない、とっても短いのが、現実です。

ある大企業では、男性の育休制度があり、誰もとがめたりしないのですが、会社から「育休とってもいいよ」と言われても、なんとなくとれない状況が続いています。その会社では、ある男性が子育て中に妻(無職)のために休日の業務をしなかったところ、子どもありの女性社員たちは「奥さん働いていないのになんで?」という反応だったとか。

古い男性目線が脈々と流れているという声をよく聞きますが、これが社内の当たり前という保守的な意識が、性別を超えて植っているのかもしれません。社内だけでなく、ママやパパの親や周囲が、同じような空気をつくっていることもあります。様々なところに、壁や抵抗勢力がありそうです。

しかも、空気は多くの場合、アンコンシャス・バイアス(自分自身は気づいていないものの見方やとらえ方の歪みや偏り)であり、自分から変えるのは困難です。それどころか、女性も無意識に男性目線に染まっているかもしれません。

したがって、単に制度を整えることを超えて、経営トップのコミットメントやコミュニケーション、そしてチェンジマネジメントが、空気を変えるために大切です。

 


見過ごされる乳幼児の教育



日本では、子どもの教育について、幼いほど軽んじられがちです。メディアでは待機児童問題や無償化が目につきますが、日本は乳幼児教育の質について議論が欠落しています。慶應大学中室牧子教授も指摘していますが、幼少期の教育はとりわけ効果が高いにもかかわらず、一般人はもちろん、なんと保育士や幼稚園教諭、小学校教師たちも幼少期より高校・大学など高等教育の方が重要だと思っています。政策的な投資や授業料は逆であり、保育士の給与水準も低いため、気持ちも分かりますが、この錯覚は大きな問題です。

なお、非認知能力(目標や意欲、興味・関心をもち、粘り強く、仲間と協調して取り組む、社会情緒的スキル)がとても重要であり、就学前の保育・教育がその後の人生に大きな違いをもたらすという研究結果もあります。

つまり、乳幼児こそチャンスなのに、見逃されていると言ってもいいでしょう。個人も企業も、ここに注目すれば、新たにやることが見つかるはずです。企業主導型保育園といった制度を活用して、社員や地域に貢献するのも一つの手でしょう。

 


男性育休義務化は企業にチャンス



男性育休義務化なんて参ったな、と思う企業もあるでしょうが、チャンスとすることができます。休みをとれるように、業務やマネジメント、コミュニケーションを次世代型に一新する好機です。積水ハウスの「キッズ・ファースト企業」も一例ですが、いち早くやれば対外的なブランディングに活かせます。もちろん、インナーブランディングによる社内の活性化が図れ、採用に大きなプラスとなります。

新商品や新事業の開発にもつなげることもできます。育休経験者を加えたチームでの商品開発はもちろん、様々な形での新事業が考えられるでしょう。社会変革し市場を創造するスタートアップを生みだせるかもしれません。

 


子どもドリブンにはマーケティングの視点を



マーケティングの視点から二つの問いが浮かびます。まず、上記のような状況を理解しているか?筆者が懸命に乳児の相手をしていると、表面は幸せそうにつくろったママから、夫が何もしてくれなかった、という怨念が漏れて驚いたことが何度かあります。

こうしたママの怒りや、相互理解に欠けた夫婦による家庭の問題が子どもに現れ、といった消費者の実像を捉えていますか。市場の理解と適切なアプローチのためには、子どもドリブンに視点を転換してみてはいかがでしょう。

次に、社員の心を理解しているか?人に対して、HR=人的資源的な視点では、心をつかむことは難しいでしょう。そして、盲目的に育休なんてという空気をつくっていませんか。社員の心を本当に理解していなければ、よい経営はできません。

そういう意味では、インナーブランディングを超えた、インナーマーケティング的な活動が求められるでしょう。自社の人々をこれから加わる社員も含めて顧客的な視点でとらえ、本人だけでなく家庭などエコシステム的につながりで考えるのは、従来の人事だけでは荷が重いでしょう。しかも、空気とその影響を理解し、どう変えるか立案することも大切です。

さらに未来の我が社という発想も相まって施策を考えるなら、マーケティングのスキルが役立ちます。そうして子どもドリブンでできた未来に挑む企業の姿やブランドは、authentic=本物の、empathy=共感をより実現できるものになるでしょう。

本荘 修二  (ほんじょう しゅうじ)
本荘事務所 代表/多摩大学大学院経営情報学研究科(MBA)客員教授。新事業を中心に、イノベーションやマーケティングなどの経営コンサルティングを手掛ける。日米の大企業、ベンチャー企業、投資会社などのアドバイザーや社外役員を務める。500 Startups、始動ネクストイノベーター、福岡県他のメンターを務め、起業家育成、 コミュニティづくりに取り組む。監訳書に「ザッポス伝説」「ザッポス伝説2.0」がある。

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