永久に輝く制約の総合芸術・宝塚歌劇

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2021年7月号『制約上等!』に記載された内容です。)

制約は時にヒトの心に火をつける。限定アイテムと聞いた途端に欲しくなるし、一日20食限定と言われれば並びたくもなる。恋愛だって何かしらの制約や障害があってこそ燃え上がるのが常である。「ロミオとジュリエット」も何の制約もない若者の初恋物語だったら420余年を経て今に残りはしない。ハードルがあってこそ、感情は動き出すものなのだ。今回は数々の制約を巧みに織りなし、輝き続けている制約の総合芸術・宝塚歌劇について述べたい。

 


舞台に立つための残酷な関門


 

宝塚歌劇はコロナ禍直前まで年間約300万人の観劇人数、100%を越える稼働率を誇る日本でも有数のエンタテインメントだ。多くの人が知っている通り、最大にして最重要な制約が女性だけが舞台に立てること。

しかも、女性であることはもちろん、在団中は未婚であることをはじめ、容姿端麗で、かつ芸事に秀でていること、そして自衛隊よりも厳しいと言われている集団規律を遵守できることが求められる。

そもそも劇団員になる条件である宝塚音楽学校への入学試験からして厳しい。中学卒業時から高校卒業時まで4回の受験チャンスがあるものの、一次試験は情け容赦ない「面接のみ」(一説には一人当たり時間30秒前後との情報も)。いくら歌や踊りが素晴らしくても、まずは見た目でふるいにかけられ、研鑽してきた歌や踊りを披露する機会すら与えられない場合もある。努力では超えられない無情の壁。もしも自分が一次で落とされたら、と思うと恐怖しかない(無駄な心配である)。

その後の二次、三次試験を突破して晴れて入学できるのが40名、倍率は年によっても異なるがおよそ25倍前後。40倍までのぼった年もあるほどの高倍率だ。

入学後も24時間制約だらけの2年間が待ち受けている。寝る間も惜しんで朝から晩まで芸事と集団規律を身に付けた後、やっと初舞台を踏むことができるのだ。

 


スターシステムという制約の醍醐味



宝塚のアイコン的存在と言えばトップスターの大きな羽根。10kgを越えるその羽根を背負って舞台の真ん中(0番ポジション)に立つことが許されるのは各組約80名のうち、男役トップスターただ一人のみ。現在、宝塚は5組あるので、約400名のうち5名だけだ。

宝塚大劇場の全ての演目は各組の男役トップスターが主役を務める。そして、その主役をもっとも輝かせるために、ありとあらゆるものが存在する。演目、脚本・演出、歌やダンス、衣装に照明、その全てがトップスターの魅力を最大限に輝かせるために存在する。そして、トップを囲み、ともに舞台を作る組子たち。誰もが自分だけが持つ輝きを最大限発揮しあってこそ魅力的な舞台は成立する。社長だけでは企業組織が成り立たないのと同じだ。

さて、何の予備知識もなく、初めて観る人にも誰がトップであるのか、また二番手三番手が誰であるのかが一目瞭然でわかるのがショーのフィナーレの羽根の大きさだが、フィナーレに至る各場面でもその演出で序列は明らかにされる。

例えばショーの各場面で身に付ける衣装の飾りやスパンコールの数や、銀橋と言われる客席に張り出した幅の狭い舞台で歌える小節数。そして、ライトの明るさ。トップだけに当てることが許されるひときわ明るいライトにより、ただでさえ目映いトップスターはもはやただただありがたい存在にまで昇華する。こうしたスターシステムに則った演出は決して覆ることのないお約束であるが、序列だけが制約ではない。

 


卒業という制約によるエコシステム



宝塚の演目は基本的に前半のお芝居と後半のショーからなる二部構成になっており、そのそれぞれを歌劇団に属する座付きの演出家たちが手掛ける。入団したての頃からともに歩んできた演出家の先生たちは、それこそ生徒(宝塚では劇団員のことを生徒という)一人ひとりの魅力や持ち味、そして弱点をも含めたその時々の課題も熟知している。

踊りが強みの生徒には難度の高い見せ場を用意するし、歌の得意な生徒には壮大な楽曲からなるミュージカルを当てていく。同時に「あ、これは○○先生からの愛ある課題だな」と思えるような場面もある。それまで特に気にしていなかった生徒のがんばっている姿に客席からハラハラと見守っているうちに、気付くとすっかりその生徒のファンになっていたことも一度や二度ではない。劇団と演出家の先生方の掌中にまんまと収められ、こうしてときめきが生産されていく。

サラブレッド的に音楽学校入学時からトップ確定のオーラを漂わせる生徒もいる一方で、「まさかあの子が」と思える生徒がある時を境にブレイクしてトップになる場合もある。あるいはトップにはならなくても、それ以上の人気と存在感で輝く生徒もいる。スターシステムという制約を縦横無尽に操り、ファン心理をイヤというほど刺激してくるのが宝塚歌劇団だ(褒めてます)。

しかも生徒は全員いずれ卒業(退団)する運命。だからこそ、生徒もファンも「今、ここ」に全力をかける。もちろん劇団にとってはビジネスだ。スターシステムを持続させるために次世代スターの育成の仕掛けを用意し、生徒とファンを試し、育て、新陳代謝を図ることである種のエコシステムを成立させている。これに倣ったエンタメ事例は枚挙に暇がない。

 


自らの制約への挑戦がファン活動の要諦



さて、宝塚のファンが劇場前で入り待ち・出待ちする風景も有名だ。コロナ禍の現在は一切禁止されているが、コロナ前までは生徒たちの学年(舞台キャリア)をそのまま反映した決められた場所で、各生徒のファンクラブ主導のもと整然と行われていた。一方、こうした活動に参加しないファン層の厚みも107年続く歴史に貢献している。

ところで、宝塚が気になり始めた人の「はじめの一歩」は名前を覚えることだが、これがなかなかのハードルである。何しろ「役名」「芸名」「ニックネーム」をリンクさせなければ、ファン同士の楽しい語らいもSNSでの情報収集もままならない。お芝居の舞台がロシアだったりすると役名からして覚えにくい。芸名も独特な読ませ方をする漢字使いが多く気を抜けない。

さらには芸名とはあまりに無関係なニックネーム(例えば先日トップ娘役に就任したばかりの雪組・朝月希和のニックネームが「ひらめちゃん」だったり、花組・男役の瀬戸かずやは「あきら」だったり)。いったいどれだけの脳内メモリをこれらに使っているのか。

ちなみに「舞台化粧顔」と「素化粧顔」の紐付けも初心者には必要なタスクだ。各生徒の学年、素化粧顔、ニックネームを含むプロフィールを網羅する選手名鑑的存在の「宝塚おとめ」は頼れる相棒である。

さらに、いろいろな組を観たいと思えば綿密なスケジュール調整も必要だ。何しろ本拠地・宝塚大劇場と日比谷の東京宝塚劇場の他にも地方公演や外部劇場での公演など、多いときには一日に5ヶ所で公演が行われている。千秋楽公演は映画館でのライブ中継や自宅でも楽しめるライブ配信も行われ、さらに「タラカヅカスカイステージ」というCS専門チャンネルで365日包囲される。

すなわち、自分の宝塚への可処分時間と経済力を把握した上で、その限られたリソースをいかに悔いなく適正に分配し、回していくか。ファンスキルの高い方々の精緻かつ的確な活動ぶりを目にするたびに「この人はさぞ仕事ができるに違いない」とプロジェクト・マネージャーにスカウトしたくなるほどである。

 


演者も観客も女性という制約ゆえの安心と解放



近年、男性ファンも目に見えて増えてきているものの、やはり圧倒的に女性客が多い宝塚。そんな彼女たちにとって、時代の変化を巧みに反映させながら、数多の制約をデザインしているからこそ成り立ってきた宝塚歌劇の魅力の源泉は何だろうか。それは、数々の制約から解放され、安心して夢を見、ときめくことに集中できる場所であり時間であることに尽きるのではないか。

ひとつは家庭や仕事に支障なく劇場に足を運べる公演スケジュールによる安心。平日昼間の公演数が多いのも、帰宅後の夕食の支度に間に合うようにとの配慮がうかがえる(阪急の沿線娯楽創出というオリジンに由来)。宝塚公演と東京公演を合わせると約3ヶ月に及ぶ長い公演期間も観劇都合を調整しやすい。また、東京の平日夜公演もかつては18時開演であったが、働く女性への配慮から18:30へと変更になった。この30分により、どれほど行きやすくなったことか。

そして、これがもっとも重要なのだが、舞台上や劇場空間はもちろん、宝塚歌劇の世界においては女性が女性として当たり前に存在でき、大切にされ、尊重されているという空気感がある。

リアル社会はジェンダーギャップ120位、まだまだ日常のスタンダードは男性にとって働きやすく生活しやすい環境と制度設計で成り立ち、女性はそこに合わせて生きていかなければならない。女性に生まれたことだけで降りかかる数々の不安・恐怖・不公平と不公正、そして我慢と辛抱。それらからひととき解き放たれ、心身ともにくつろげる安全を約束された空間と時間が宝塚歌劇にはあるのだ。

お客さまファーストの徹底理解とその実現追求.制約があるからこそ生まれるファンと生徒それぞれの気持ちの高まりを細部にわたってデザインし、マネジメントする宝塚歌劇。コロナ禍においてもその熱が冷めることはない。

 

ツノダフミコ
株式会社ウエーブプラネット 代表
生活者調査・研究からのインサイト導出、コンセプト開発を多数ナビゲーション。生活の当たり前の中に潜む価値を言葉化していくプロセスを重視している。チームのインサイト導出力を高める協調設計技法Concept pyramid®やインサイト・インタビュー手法、エッセンスを的確に表現するための文章術研修も展開。宝塚観劇歴28年。

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