飲む、そして描く。飽きることない酒の魅力とは。

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2021年6月号『アルコール・ダイバーシティ』に記載された内容です。)

『酒のほそ道』という漫画作品がある。1994年から実に25年以上も連載が続いていて、発行された単行本は49巻に達する。この作品では、主人公が酒場で、家で、日々酒やつまみを楽しむ様子が面白おかしく、そして読者の共感を得るように描かれている。作品から透けて見えるのは、酒や酒場に対する作者自身の愛そのものだ。作者のラズウェル細木さんにお話をうかがった。

 


酒飲みのココロを
しっかりとつかんでいる作品


 

─ 長きにわたってお酒や酒場をテーマにした漫画を描き続けていらっしゃいます。ラズウェルさんご自身はどれくらいの頻度で、お店でお酒を飲むのでしょうか。

ラズウェル コロナの前であれば、お店で飲むのと家で飲むのが半々程度でした。今考えると「よくあんなにしょっちゅう外で飲んでいたものだな」とは感じますね。ちょっと飲み過ぎだったかもしれません。でもそれが普通だと思っていました。

─ そんな生活もコロナで一変してしまいました。

ラズウェル 久々に酒場に行くと、お店で飲むことの素晴らしさにしみじみとしますね。回数が激減した分、1回ごとにありがたみを感じます。

─ ご自宅ではどの程度飲みますか。

ラズウェル 大体、350ミリリットルの缶ビールを2本飲んで、その後に日本酒を2合くらいという感じです。昔は家で飲みすぎて一人で記憶をなくしたなんていう、バカみたいなこともありましたが、さすがに今は量もある程度抑えられています。週に一度、休肝日をつくっています。本当は2日とかつくったほうがいいのでしょうが、なかなかできないですね。

─ 代表作の『酒のほそ道』は、主人公が居酒屋や酒場でお酒を楽しむ様子が生き生きと描かれています。作品を通じて描きたいことや伝えたいことはありますか。

ラズウェル 描きたかったのは、「これから飲みに行くぞ」「さあ飲むぞ」というときのワクワク感です。お酒を飲む楽しい時間が始まるんだという高揚した気分を描くことを、今でも心がけています。

─ 多くのファンが付いている漫画です。読者からはどんな反響があるのでしょうか。

ラズウェル 暑い夏の日にビールをグビグビ飲んでプハーッとやるシーンなんて、僕からするとさんざん描いてきたので、ちょっとマンネリかなと思うこともあるんですが、やっぱり読者の方からはそれを求めているという声がありますね。

─ 私もファンの一人ですが、主人公の酒の楽しみ方に自分を重ね合わせて、共感しながら読んでいます。

ラズウェル 多くのみなさんが「これは自分のことだ」と感じて、自己投影して読んでくれているようです。そういう意味では、主人公は「日本の呑兵衛代表」の一人と言えるかもしれません。深い理由があったわけではないのですが、最初から主人公の出身地やプロフィールを作品では明らかにしていません。結果的にはそれによって、読者の方が自分と重ね合わせられるようになったのかもしれません。長らく連載をしているせいで、主人公は一人のキャラクターとして完全に独り歩きしているので、作者としてももう好き勝手にいじれないですね。

─ 読者からは他にどんな声が届きますか。

ラズウェル 実際にお酒を飲んだりつまみを食べたりしながら、作品を読んでいるという人も多いようです。それを知ってから、作品の中で汚いシーンは描かないようにしています。例えば、昔はトイレのシーンが登場することもありましたが、今はトイレの話題に触れることはあっても、トイレ自体は描きません。ちなみに初期の頃の作品は、作者である自分自身もすっかり内容を忘れています。そこでお酒を読みながら、それらを読んでみたんです。そうしたら楽しかったですね。読者のみなさんは、こんな風に楽しんでいるんだと実感できました(笑)

─ この作品は幅広い酒好きから共感を得ていると思います。

ラズウェル 意外かもしれませんが、『酒のほそ道』には子供のファンがいつもいるんです。お酒とか酒場の話ばかりですから、なんで子供が読むのだろうと疑問を抱いていましたが、なぜか常に新しい子供のファンが付いてくれます。大人になってお酒が飲めるようになりました、なんていう報告をもらうこともあります。作品を通して「大人の世界への憧れ」みたいなものを感じているのかもしれませんね。

 


「お酒はドラッグでもある」という認識を


 

─ 毎週連載を続けるというのは大変なことだと思います。描かれているのは、居酒屋でのちょっとしたエピソードなどが多いですよね。コロナ禍ではラズウェルさんご自身がなかなか外食もできないでしょうから、描くネタに困ったりはしませんか。

ラズウェル 『酒のほそ道』の中ではコロナは存在しませんから、主人公は今でも楽しく飲み歩いています(笑)。頭の中にネタのストックはたくさんあるので、それをもとに作品を生み出すこと自体は、それほど大変なわけではありません。ただ飲みに出かけると、一緒に行った仲間との会話からネタが生まれたり、新しい気付きがあったりしますので、それがない今の状況は確かにつらいですね。

─ 作品の中では日本各地を取り上げることも結構ありましたが、それもままなりませんね。

ラズウェル そうなんです。単行本を出す際には、漫画の他にエッセイも載せています。以前はしばしば出張だったり、ちょっと遠方に足を伸ばしたりして書くテーマを見つけていましたが、今はそういうわけにもいきません。けれども毎日家で晩酌しているばかりでは、小さいネタばかりになってしまいます。

─ 作品を描く上で気をつけていることはあるものでしょうか。

ラズウェル 僕の父は大のお酒好きでした。アルコール中毒ではなかったですが、高齢になってからはお酒をやめさせたほうがいいかなと思って、あるとき、依存症の人が行く病院に連れて行ったんです。その病院にはアルコール依存症の患者がたくさんいて、まずはそのことに驚きました。依存症で本人が苦しんでいたり、家族も困っていたりするということを目の当たりにすると、「楽しくておいしいから、みなさんお酒を飲みましょう」とは声を大にしては言いにくいですね。

─ お酒には楽しさの裏に、危険性もありますからね。

ラズウェル やはりお酒は基本的にはドラッグであるということは認識すべきだと思います。昔はその点をそこまで意識していませんでしたが、今は気をつけながら漫画を描いています。お酒をつくっている会社とタイアップして漫画を描くような機会もあるんですが、そういう会社からは「お酒を流し込むように飲む」といったシーンは避けて欲しいと言われます。

─ お酒の魅力を伝える上で、そのバランスを取ることは難しくもあると思います。

ラズウェル ずっと思っていることなのですが、お酒というのは楽しく飲んでいる限りは、そうそう依存症の方向には行かないのではないでしょうか。依存症になる人には何か別の要因があって、それを紛らわすためにお酒をドラッグのように利用しているという側面があるような気がします。とは言え、お酒の漫画を描いている者としての責任がありますから、気をつけるべき点は確かにありますね。

─ 他にもお酒に関して何か留意していることはありますか。

ラズウェル 例えば「チェアリング」という、ちょっとしたアクティビティがあります。これはアウトドア用の折りたたみ椅子を持ち歩き、好きな場所にそれを広げて、座って時間を過ごすものです。その際に、お酒を楽しんだりもします。これもやっている本人は楽しいものですが、きちんと周囲に気を配らないといけません。日本は外国に比べて公園や海など公共の場でお酒を飲むことのルールが緩いですが、だからこそその分、気遣いも必要です。

 


それぞれが自由に楽しめばいい



─ 世の中におけるお酒のあり方が、以前と比べて変わってきたという印象はありますか。

ラズウェル よく言われているように、若い人が飲まなくなったというのは確かに感じますね。僕の娘は20代ですが、飲み会みたいなものはたまにはあるけれど、その数は少なそうです。お酒自体もそういうたまの飲み会の機会でしか飲まないという人も多いのではないでしょうか。

─ ラズウェルさんが若いときとは状況が違うのでしょうね。

ラズウェル 昔は体質的にお酒を飲めない人以外は「飲んで当たり前」という雰囲気でしたね。でも今は「飲みたい人だけが飲めばいい」というように変わりました。僕の友人にもお酒を飲まない人たちがいますけれども、別に彼らに飲ませたいとか、飲んで欲しいとか思ったりすることはありません。

─ 飲み会において、飲むお酒もみんなバラバラになりましたね。

ラズウェル 一体感を出すためとか、早く飲み始められるようにということで、「とりあえずビール」からスタートするのが普通でした。さすがに今ではそういうこともすっかりなくなって、みんなが最初から好きなものを注文するようになりました。人によって飲みたいものは違うんですから、昔のスタイルは今思えば変だし、乱暴でしたよね。お酒を好きな人が、自分が好きなものを、好きなように楽しめばいいのだと思います。

─ 売られているお酒の種類も増えました。

ラズウェル ワインなんて日本人の生活にすっかり定着しましたし、最近はアルコール度数の高いものから低いものまで、バラエティも豊富です。お酒のメーカーが人々の多様性にきちんと対応していますよね。これからますます自由なスタイルになっていくのではないでしょうか。

─ 改めてお尋ねしたいのですが、ラズウェルさんにとって「酒場」の魅力とは何でしょうか。

ラズウェル 街を歩いていると、軒先に提灯がぶらさがっていて、風情ある暖簾がかかっている様子が目に飛び込んできます。いざ中に入ると、壁一面にお品書きの短冊が貼られている。もうそれだけでたまらない気分になりますね。そうした酒場からは「飲ませるぞ」という魅力が溢れ出ています。

─ レストランとは違う、独特のオーラがありますね。

ラズウェル レストランとか飲食店はおいしい食事を出すところですが、酒場や居酒屋というのは、やっぱり「酒を飲ませるところ」です。そこで出されるつまみも、酒と引き立て合うものばかりですね。僕はお酒を飲まない人に対して特に思うところはないですが、「酒とつまみの絶妙な組み合わせ」については、それを体験できないのがちょっとかわいそうだなとは感じます。でも、飲まない人からすればそんなの余計なお世話でしょうから、こっちが勝手にかわいそうと思いこんでいるだけなのでしょうけれど(笑)。

─ ラズウェルさんにとって、酒場や居酒屋はやはり特別なものなのですね。

ラズウェル 店で酒を飲み始めると、「この一瞬のために生きている」という気分になりますね。これだけ繰り返し飲んでいてよく飽きないなと我ながら思いますが、実際に飽きることはないですね。『酒のほそ道』がこれだけ続いているのも、「酒」という飽きない対象が題材だからだろうと思っています。コロナが収束したら、1回1回の飲みの場を大切にしたいなとは思っていますが、いざ自由に飲んでいいよとなったら、やっぱり前みたいに連日飲み歩いてしまうかもしれません(笑)。

─ 本日はありがとうございました。

(インタビュアー : 子安 大輔  本誌編集委員)


ラズウェル 細木(ラズウェル・ほそき)
漫画家
1956年山形県米沢市生まれ。自称、酒と肴とジャズを愛する呑兵衛な漫画家。代表作『酒のほそ道』1~49巻、『美味い話にゃ肴あり』1〜11巻、『う』1~4巻、『大江戸酒道楽』『ときめきジャズタイム』など。2012年『酒のほそ道』など一連の作品で手塚治虫文化賞短編賞を受賞。米沢市観光大使。

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