「微アルコールビール」が開発されたワケ
─ 「ビアリー」はアルコール度数0.5%の「微アルコールビール」という新しい提案性のある商品です。反響はいかがでしょうか。
小野 おかげさまで、滑り出しは順調です。売上の数字的にも社内の計画を上回っています。
─ それは何よりですね。最初にお聞きしたいのですが、この商品はどのような経緯で誕生したのでしょうか。
小野 ビアリーが誕生した背景には、2つの側面があります。まずひとつは、2010年代の半ばからヨーロッパをはじめとして世界的に「ソバー・キュリアス」と呼ばれる、お酒で酔っ払わずにシラフでいようとするスタイルが、若年層を中心に定着していった潮流があります。また、「ほどほど」を意味する「モデレーション」という言葉もあります。こうしたトレンドは、やがて日本にもやってくるだろうというのは、社内で共有していました。
─ 日本でも長らく「若者のアルコール離れ」が言われ続けてきましたよね。
小野 ところが当社ではノンアルコールビールなどを除くと、「お酒好き」に向けた商品ばかりがラインナップされていました。今後は「ソバー・キュリアス」などのニーズに応える商品が必要だろうということで、開発に着手しました。
─ 世の中のニーズが入り口にはあったわけですね。もうひとつの側面とは何でしょうか。
小野 それは技術的な背景です。後ほど詳しくご説明しますが、ビアリーは一度普通にビールを醸造してから、アルコール分を抜き取るという工程を経てつくられます。当社は世界中にグループ会社があって、技術面での交流も活発です。海外では「脱アルコール」の方法でつくられるノンアルコールビールが多いのですが、そうした技術を採り入れることで製造できるようになりました。
─ 前例のないチャレンジということは、商品開発でも相当苦労があったのではないでしょうか。
小野 そうですね。構想から商品化までに実に3年半もかかっています。その間にテスト醸造を100回程度はしていますので、かなり産みの苦しみを味わった商品です。
─ どのあたりが難しかったのでしょうか。
小野 やはり脱アルコールのプロセスです。お料理をする際に、加熱して「アルコールを飛ばす」ということを、みなさんよくやると思います。確かにそうするとアルコール分はなくなりますが、ビールでそれをやってしまうと肝心の風味が変わってしまいます。ですから、ビールの香りを損なわないように、時間をかけてゆっくりゆっくりアルコールを抜き取る必要があるんです。
─ ということは、通常のビール製造よりも時間がかかるということでしょうか。
小野 その通りです。普通のビールの製造工程は醸造までです。しかしビアリーの場合、その後に脱アルコールのプロセスがありますので、非常に時間と手間がかかる商品です。ですから、生産量にも制約が出てしまいます。
─ 0.5%というアルコール度数は、どのようにして決まったのでしょうか。
小野 日本の法律ではアルコール度数1%未満の商品は「清涼飲料水」になります。ゼロに近づけばビールらしい味わいを出せず、かといって1%を越えてはいけないということで、その範囲の中で何度も試作を繰り返しました。結果的においしさとアルコール度数のバランスが最もうまく取れた味に仕上がったのが、今の0.5%なんです。
誰の、どんなニーズに応えているのか
─ 「微アルコール」そして「ビアリー」というネーミングも秀逸ですね。
小野 すでに存在しているビールなどの普通のお酒と、ノンアルコール飲料の間に、新しいカテゴリーを創り出したいと考えました。それを「微アルコール」と表現しています。その第1弾として、「ビール」と「微アル」とを引っ掛けて、「ビアリー」としました。
─ 黒いパッケージデザインも印象的です。これも相当チャレンジングだと思いますが、どういう経緯で黒になったのでしょうか。
小野 日本のノンアルコールや低アルコールのドリンクを見ると、白や薄い青や緑などの淡い色のパッケージデザインが多いことに気づきます。それは当然、ノンアルや低アルの「軽やかさ」を表現しているわけですが、ユーザーに調査をしてみると「水っぽそう」とか「飲みごたえがなさそう」というマイナスのイメージにも繋がっていることがわかりました。なので、ビアリーではビールとしての飲みごたえを表現すべく、戦略的に黒という色を採用したり、金色の帯を入れたりすることにしました。
─ 黒ビールと誤解をされることはありませんか。
小野 もちろんないとは言い切れません。実際、黒ビール以外のビールで、黒いデザインを採用することは滅多にないはずです。ただ、いざ発売してみると、そのことに関するクレームやトラブルなども特になく、受け入れていただいていると感じます。誤解を少しでも減らすように、CMや店頭POPなどでは、ビールの液色を見せてアピールもしています。
─ ビアリーを飲むお客様は、どのように楽しまれているでしょうか。
小野 私たちが想定していたのは「ながら飲み」です。例えば、自宅で読書や映画を楽しむときに、もちろんビールなどの普通のお酒を飲んでいただくのもいいのですが、酔っ払ってしまうと、それが楽しみきれないということがあります。そんな時に、ビアリーであればそうした心配もなく、存分に楽しんでもらえます。このように何かをしながら飲む「ながら飲み」は、実際に経験していただいていると思います。
─ 確かに、お酒を飲みながら映画やドラマを見ていたんだけれど、ちょっと飲みすぎてしまって最後のほうをよく覚えていない、なんていうことはよくあります(笑)。
小野 それから、まだ定量的なデータとしては把握できていませんが、SNSなどで見かける声として、「平日の夜に飲んでいる」というものがあります。明日も仕事があるので、目一杯お酒を楽しむわけにはいかないようなシーンで、リラックスやリフレッシュのために微アルコールのビアリーを選んでいただいているようです。
─ そうしたシーンではノンアルコールビールではダメなんでしょうか。
小野 もちろんノンアルコールビールもいいと思います。ただ、飲んでいただくとわかりますが、味わいにはやはり差があると思っています。アルコールが0.5%入っているだけで、飲んだときに高い満足感を得ていただけるはずです。
─ お酒は強くないけれど、ビールの味は好きという人もターゲットになるのではないでしょうか。
小野 そうですね。実際に「普通のビールだと缶の半分も飲めないけれど、これなら飲める」なんていう声を見かけます。お酒を飲めない方の中には、周りが飲んでいる中で、自分も少しだけ楽しみたいという人もいらっしゃいます。微アルコールドリンクが、そういう時の新しい選択肢になれればと思っています。
─ 希望小売価格が181円となっていますが、実際にはいくらで販売されているのでしょうか。
小野 売られている場所によってバラツキはありますし、当社としては最終的な価格はコントロールできません。ただ、普通のビールに比べて10円から15円程度、安く売られていることが多いようです。
─ 正直、意外と高いなとは思っています(笑)。ノンアルコールビールはもっとだいぶ安いですよね。
小野 そうですね(笑)。ただ、先程もご説明した通り、ビアリーは普通のビールをつくるのと同じ原材料を使っていますし、さらに普通のビール以上に工程に時間と手間がかかっています。そのあたりをお客様にお伝えするのは、なかなか難しいのですが、裏側の事情も多少ご理解いただければとは思っています。
企業の責任としての「スマートドリンキング」
─ 2020年12月に企業として「スマートドリンキング宣言」(※以下「スマドリ宣言」と略)というものを出されました。
小野 世界的にSDGsへの取り組みが求められる中で、私たちにも企業として果たすべき役割があります。「責任ある飲酒」と呼んでいますが、節度を守った良い飲酒文化を広げていきたいと考えています。また、当社は今まではお酒好きの方に向けて、様々な取り組みをしてきました。しかし、日本人の成人の半分はお酒を飲まないということを考えれば、違うアプローチも必要です。会社として、度数3.5%以下の低アルコールやノンアルコールの比率を増やしていくという数値目標も掲げています。
─ ビアリーは、そのスマドリ宣言の一環ということでしょうか。
小野 はい。ただ宣言を出すだけでは、抽象的な声掛けになってしまいます。そこには具体的な提案が伴わなければなりません。ビアリーはスマドリ宣言を具現化した商品の第1弾という位置づけです。
─ その宣言を世の中はどう受け止めているのでしょうか。
小野 実はビアリーを発表した当初、流通各社の反応は決して良いものばかりではありませんでした。「0.5%の微アルコールビールって、何の存在意義があるの?」と疑問を持つ方もいらっしゃいました。ただ、当社のスマドリ宣言を各社の上層部にご説明をしたところ、理解や共感をしてくださり、ビアリーの取り扱いに繋がっていきました。
─ そのことが好調な滑り出しに繋がっているんですね。
小野 企業として、新商品を売ることは言うまでもなく重要です。ただ、新しい概念やカテゴリーは市場に定着するまでに時間がかかると思っています。ですから、あまり販売数値で一喜一憂するのではなく、今年はしっかりと商品やそこに込めた思いを定着させていくことが大切だと思っています。
─ ビアリーは第1弾ということは、第2弾以降も計画されているのでしょうか。
小野 スマドリ宣言を具現化した商品としては、ユーザーの裾野が広いビールからスタートしました。ビアリーの派生商品として「香るクラフト」という微アルコールのアイテムを6月に発売します。こちらはその名の通り、より香りを強調した商品です。今後はビール以外のカテゴリーでも、この「微アルコール」の商品を打ち出していきたいと考えています。
─ ウェブサイトを見ると、「ビール」「チューハイ」「ウイスキー」などと横並びで「微アルコール」というくくりがあるんですね。酒類の垣根を越えて、横串で「微アルコール」の価値を提案しようとするのは面白いなと感じます。
小野 かつて「ノンアルコールビール」が登場しましたが、そこから一気に「ノンアルコール市場」というものが形成されました。私たちはそれと同じように、「微アルコール市場」を創り出したいと思っています。
─ 多少時間がかかっても、そういう市場創造をしていくつもりということですね。
小野 微アルコールのベースとなっているスマドリ宣言自体が、5年10年とかけて取り組んでいくべきテーマです。お酒を飲まない人が半数いる中で、こうした活動をきちんと継続していきたいと考えています。
─ 本日は貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。
(インタビュアー : 子安 大輔 本誌編集委員)
写真1・2(クリックして拡大)
アサヒビール
写真1
新価値創造推進部 小野祐花里さん
写真2
アサヒビールが提唱するスマートドリンキング宣言
小野 祐花里(おの ゆかり)
アサヒビール株式会社 新価値創造推進部