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創造性とアントレプレナーシップで境界を開く

(こちらの記事は、マーケティングホライズン2021年2月号『多様なASEANか、閉じたASEANか』に記載された内容です。)

高まる保護主義や国境閉鎖は、一見、ASEANの多様性に逆作用するように思える。しかし、パンデミックの影響でその多様な文化や社会、行動様式そのものが変化していることに我々は目を向けなければいけない。変化をとらえ、物理的、そして意識的境界を越えていくには、創造性とアントレプレナーシップが今こそ求められる。

 

松風 ASEAN が直近でも5%以上の成長率を維持し続けてきた1つの理由は、東南アジアが多様な文化・民族・宗教を擁しているからだと感じています。しかし、パンデミックの影響で国境は閉じられ、企業の多様性は今後数年間衰退していくように思われます。このような変化はここに拠点を置く企業にどのような影響を与えるのでしょうか。


ヘルマワン 私はフィリップ・コトラー氏と2冊の本を書きました。1冊目は『Think ASEAN!』で、これはASEAN発足前の著作です。2冊目は『Think ASEAN! : Rethinking Marketing toward ASEAN Community 2015』、これはASEANの発足後の著作です。ASEAN発足に続いて、RCEP(地域的な包括的経済連携協定)も締結され、現状ではASEANの10カ国とフィリピン・日本・中国・韓国・オーストラリアを含む15カ国が加盟しています。ASEANはとても魅力的です。なぜ魅力的か?それは6億5千万以上の人口を誇り、東アジアの中国・日本・韓国以上に、中間層の伸びの余地が大きいからです。また、ASEANが素晴らしいのはこれだけではありません。そこには北朝鮮と韓国や中国と香港・台湾のような大きな紛争や緊張関係が存在しません。
 ASEANには調和の原則があって、加盟国は互いに争いをしないことに同意しています。さらに、東には中国、南にはインドがあり、その間に位置しています。中国、インド両国が常に敵対的な関係にあることを考えると、中国人とインド人はASEANを介してのみ結ばれうるのです。実際、シンガポールでは、たくさんのインド人やイギリス系インド人が中国人と結婚しているのを見ることができます。
 さらに、特に日本の会社にとって興味深いのは、ASEANは日本のことが大好きであるということです。ASEANにとって、日本は常に質の良いものを提供する、兄のような存在なのです。
 ASEANは中国については、非常に大きな力を持つ国であると同時に、突然連携を切るかもしれない危険な存在だと見ています。一方で、日本については、今や植民地化されていた3年間のことは忘れて全幅の信頼を置いています。
 しかし、気をつけなければならないのは、中国がASEANに進出する前に、日本に取って代わろうとしている韓国が進出してきたということです。では、韓国の強みはなんでしょうか?それはスピードです!デジタル化の波が来る前に彼らはすでに動き出していました。反面、日本はスピードがありません。
 そのあとで中国が進出しました。今や中国はとても大きな勢力です。私は中華系の7世ではありますが、自分をインドネシア人であると感じています。だから、日本、韓国、中国の順により信頼を置いています。しかし、インドネシア人は中国の経済的魅力に抗えないでしょう。パンデミックの中で、ご存知のように、中国はすでに回復しました。我々はアメリカやヨーロッパがインドネシアに投資するとは思えません。そこに中国は両手に金をぶら下げて現れるのです。




テクノロジーと「人」のバランスが、脱グローバル化時代の鍵だ!




ヘルマワン パンデミックが過ぎ去った後何が起こるかと言えば、脱グローバル化でしょう。それ以前でさえ、トランプのアメリカ第一主義など、脱グローバル化の予兆はありました。ここで、今や経済的に強大になった中国は世界のリーダーシップをとる機会を得たのです。彼らは新しい投資資金を持っています。また、一党制の政治システムにより、ロックダウンの実施で遺憾なく発揮されたような素早い対応ができます。


松風 インドネシアでレクサスを扱う仕事をなさっていたとお聞きしました。パンデミック以後の変化はどのようなものでしょうか。被雇用者や駐在の数は減りましたか。あるいは彼らの活動レベルは下がりましたか。


ヘルマワン レクサスの販売を一手に引き受けているアストラはいい会社で、自動車の売り上げは下がりましたが、それでも従業員の数を保とうとしました。日本人もアストラのインドネシアの労働者とうまくやれています。実はそれこそが鍵なのです。ナショナリズムは日に日に強まっています。例えば、多くの中国人はバリへ飛びたいと思っていますが、同時にバリは安全でないと考えています。こうしたナショナリズムは確かに蔓延しています。私が口酸っぱく言っているのはテクノロジーと人間性のバランスは常に保たれていなければならないということです。テクノロジーと、人間性、ローカルと、グローバル、そして最も大切なことは、これらのバランスをとっていくことです。私はこれをインドネシアの5つの魔法の言葉と呼んでいます。もしテクノロジーを重視しすぎると、今度は顧客を見失ってしまいます。これは誤りです。顧客はいつも人間です。
 日本の会社は全体的に言ってよくできていて、テクノロジーと人間、ローカルとグローバルのバランスを取ろうとしています。地域の文化を尊重しながら、日本の品質を届けています。




ダイバーシティマネジメントは、理解したいという想いから始まる




松風 会社のダイバーシティを話すときによく言われるのが、多国籍の従業員と緊密なコンタクトをとって彼らの文化・宗教・習慣を理解する必要があるということです。しかし国境閉鎖やビザの制限の中で、多国籍企業はどのように多様性を保っていけばよいでしょうか。


ヘルマワン 私が“Swoosh”と呼ぶグラフを見てみましょう(図1)。まず、四つの時系列に区切ります、安心(Relief)、回復(Recovery)、改修(Reform)、向上(Rise)です。今私たちは2021年に入ろうとしています。多国籍人材ならば、数多の不確実性に対応するよう柔軟な戦略を持っていなければなりません。2030年を今回の戦略的思考の終点としてみると、今がまさに投資の時期であると言えるでしょう。投資というのは、資本だけでなく、テクノロジーや人材トレーニング、時間の投資も含まれます。そして、顧客の消費を高く見積りすぎてはいけません。例えば、インドネシアでの消費は減少傾向にあります。彼らはまだ豊かではないのです。これはインドネシアに限ったことではなく、ASEAN全体に言えます。もっともシンガポールは例外ですが。私はASEANでの消費が2022年ごろにコロナの前の水準に戻ってくると見ています。
 2030年の新しい戦術では、プロフェッショナル・マーケティング、アントレプレナー・マーケティング、リニューアル・マーケティング、サステナブル・マーケティングなど様々なものが必要になります。なかでも多国籍企業のリーダーに2021年に求められるのはアントレプレナーシップになることでしょう。正直言って、これは非常に多くの日本のプロフェッショナル人材の弱点でもあります。日本のプロフェッショナルは、会社には非常に忠実ですが、アントレプレナーシップが足りません。彼らは大きな企業の歯車として懸命に動きます。一方で、多くの新しいものがアメリカで生まれている原因はプロフェッショナルにアントレプレナーシップがあるからです。私はアントレプレナーは3つのことで構成されていると思っています。1つ目は、脅威ではなく機会に目を向けること。プロフェッショナルは脅威に、アントレプレナーは機会に注目します。2つ目は、リスクを積極的に取ること。一方プロフェッショナルはリスク回避的です。そして3つ目は、アントレプレナーは誰とでも働けること。一方プロフェッショナルは、自分たちの世界の中でのみやりとりしています。
 例えばジャカルタやシンガポールで、日本の駐在員はどこに行くことが多いでしょうか?日本の友人と日本食レストランに行って、ディナーの後にはカラオケ、これが日本人の性質です。今後は、現地の人々と交流するプランを立て、彼らの感じていることを深く体感する必要があります。パンデミック以前、日本はASEANの人々に受け入れられていました。しかし、不安や欲望が渦巻いて彼らの感情も変化しています。今こそが、日本のプロフェッショナルがよりアントレプレナーらしくあるべき時なのです。
 企業のダイバーシティ について言うならば、企業はローカリゼーションにも力を入れるべきでしょう。日本のプロフェッショナルもアントレプレナーシップを持って他者を理解するのです。インドネシア式のカラオケでもタイ式のカラオケでも飛び込んで、彼らの文化を体感するべきです。



松風 特にリスクを避けがちな日本企業において、どのようにガバナンスを調整していけば良いでしょうか。日本企業はガバナンスマネジメントを強化するきらいがありました。一方で、渡航制限の影響で、文化やマインドセットを図る交流は難しいです。このような状況下でのガバナンスはどうあるべきでしょうか。


ヘルマワン 1986年にフィリップ・コトラー氏が、ハーバード・ビジネス・レビューにMegamarketingという記事を載せました。彼はそこで、もしもマーケットが閉じられたならば、閉じられたものとして新しく考え直さなければいけないと述べました。パンデミックで、マーケットで自由に商品を売ることもできなくなってしまいましたね。
 我々はいまなにがこの状況をもたらしたかを再考する必要があります。図2を参考にしてみましょう。これは私のモデルで、テクノロジー(technology)、経済(economy)、マーケット(market)、政治・法的要因(political-legal)、社会的・文化的要因(social-culture)からなっています。このモデルは1998年からのフィリップ・コトラー氏とのいくつかの著作に度々登場するほど汎用性が高いです。
 さて、パンデミックの後、このモデルの中でもっとも変化が大きいのは社会的・文化的要因でしょう。私はニュー・ノーマルという言葉が好きではなくポストパンデミック・ノーマルといった方が正しいように思います。世界は元のノーマルに戻ることはなく、別の未来へと向かっているのです。
 ガバナンスについて言えば、ガバナンスのパワーを強めるよりも前に、従業員の社会的・文化的要因における変化を捉えることに注力すべきです。それができれば、その知見はマーケットの顧客たちの変化を知る上でも有用です。そして、もし顧客に変化があれば、商品にも変化を反映すべきです。もしも変化させられなければ、その商品は時代に置いていかれてしまうでしょう。それはもう、ポスト・パンデミックの世界の商品ではないのです。
 商品が変化をする時、計画も変化し、施作とリーダーシップもそれに応じて変化する必要があります。ポスト・パンデミック時代の会社がどのようなものか、予め認識し、社会的・文化的要因の変化を見定め、関係構築をすれば、ガバナンスも自ずとついてくるでしょう。
 ここでの課題は、どのように多国籍企業の本社が社会・文化的な変化を理解し、さらに必要なガバナンスの変化を取り入れられるかということです。これは当たり前のように聞こえるかもしれませんが、多国籍企業がASEANに進出する上でとりいれるべきものが3つあります。グローバルな企業価値と、地域戦略と、ローカルな戦術です。日本本社はローカルの支部には戦術を考えることができないと思っているようですが、例えばレクサスは独自のローカル戦術を持っています。インドネシアにおいて彼らのポジショニングは高級車ではなく、より身近な自動車です。高級車として進出すると、ドイツ車に競争で打ち負けてしまいます。重要なのは、多くの多国籍企業の日本本社は、全社戦略と地域戦略だけしかうまくできていないという点です。



松風 つまり、ローカルオフィスへの戦術、ひいては戦略策定の完全な権限委譲ということでしょうか。


ヘルマワン はい。またトヨタを例に出すと、彼らはインドネシアでキジャン(Kijang)というブランドを開発しました。キジャンはインドネシアだけでなく、ASEAN全体での成功を収めました。なぜなら、スペアパーツをタイやベトナムで生産し、インドネシアで組み立て、ASEAN全体やアフリカへ輸出したからです。成功のために3つのアドバイスをしましょう。多国籍企業の本社はコーポレートバリューのみを気にかけること、戦略は地域のオフィスが担当すること、戦術はローカルのオフィスに任せることです。



企業停滞の突破口はCIELにあり




松風 最後に、企業のダイバーシティだけでなく、ASEANの経済のダイバーシティについて触れたいと思います。もし今後数年間、人材の流動性が現状と変わらないとすると、東南アジアの経済はどのように勢いを取り戻せば良いでしょうか。


ヘルマワン もしもあなたが企業の管理システムの中にいたら、システムそのものを変えるのは難しいですよね?本社に設定された生産性を達成せねばならず、さらにあなた自身で向上のための努力を重ねなければいけないのですから。
 改善、起業家精神、プロフェッショナリズム、リーダーシップ、マネジメントといった要素のなかで、今日本企業がもっとも必要としているのは、アントレプレナーシップです。しかし、もし ASEAN について言うならば、我々が必要なのは、図3の CIEL に記載されている、 創造性や、イノベーション、アントレプレナーシップやリーダーシップなどです。
  プリヨノ氏(アストラ・インターナショナルCEO)の例をあげましょう。彼がCEOに就任した直後、彼は私に「よくないことがあればなんでも言ってくれ、私はアストラのネガティブな面を知りたい。人々はアストラを全てにおいてベストで、インドネシア一の会社だというが、どこにアストラの弱みを見つけることができるだろうか?」と尋ねてきました。3ヶ月後、私は言いました、「弱点はありません」。しかし、彼は返す刀でこう言いました。「ノー、ノー、それは聞きたくない。もし弱点を見つけられなかったら、君と仕事をする意味がないじゃないか」と。そして私はまた一ヶ月後、我々の調査結果を報告しました。創造性、イノベーション、起業家精神、リーダーシップがすべて今ひとつであること。原因は日本企業文化が強すぎること。つまり、改善を重視するがイノベーションは軽視し、生産性をとって創造性を切り捨て、プロフェッショナルや管理システムを好み、アントレプレナーシップとリーダーシップを嫌うことです。これがアントレプレナーシップを管理システムのなかに組み込む必要がある理由です。
 これは私がOMNI Houseとよぶフレームワークです(図4)。私が次にだす本『Marketing 5.0, Technology for Humanity』の主要な内容になると思います。鍵となるのは、やはりテクノロジーと「人」のバランスです。私がコトラー氏に言ったのは、マーケティングとファイナンスもやはりバランスが取れていなければならず、それはオペレーションに反映されるべきだということです。グラフを見てください。創造的なアイデア、イノベーティブな解決策、アントレプレナーの価値、リーダーシップの価値、このように価値はたくさんありますが、それは必ずしも全て解決策にはなるわけではないですね。



松風 物理的な移動が制限され、企業内のダイバーシティも減少した時現在においても、企業経営はCIEL、つまり創造性とイノベーション、アントレプレナーシップとリーダーシップによって、困難を乗り越えることができるとみてよろしいでしょうか。


ヘルマワン はい。だからこそ、我々は従業員育成に力を入れています。また、強調しておきたいのは、CIELはマーケティングの課題であって、会計の課題ではありません。会計のプロフェッショナルは当惑しているはずです。普通、PLやBS、CFがよければ、市場価値も当然高いはずです。しかし、いまゴジェック(ASEAN版の二輪ベースの「ウーバー」を運営するスタートアップ)のような企業は、資金を失い続けていながら、市場価値を保っています。これは彼らが、クリエイティブで、市場での拡大を続けると見られているからです。回復のために重要なのは勢いを保つことで、取り組むべきは株価の上昇ではなく、CIELが大切なのです。繰り返しますが、CIELが明暗を分ける鍵なのです。日本企業もCIELに注目してもう一度ASEANで輝いてほしいです。


松風 今日は貴重なお話をありがとうございました。


図1~4 《クリックして拡大》




(インタビュアー :松風 里栄子  本誌編集委員 翻訳:笹本 康太)


Hermawan Kartajaya(ヘルマワン・カルタジャヤ)
マークプラス 創業者兼チェアマン
インドネシアを中心にアジアで経営コンサルティングを行っているマークプラスの創業者。アジア・マーケティング連盟名誉フェロー。英国マーケティング研究所から「マーケティングの未来を形づくった50人のリーダー」の一人として紹介されている。ノースウェスタン大学フィリップ・コトラー教授と『ASEANマーケティング:成功企業の地域戦略とグローバル価値創造』(マグロウヒル・ビジネス・プロフェッショナル・シリーズ)、『コトラーのマーケティング3.0:ソーシャル・メディア時代の新法則』(朝日新聞出版。フィリップ・コトラー、イワン・セティアワンと共著)、『コトラーのマーケティング4.0:スマートフォン時代の究極法則』(朝日新聞出版。フィリップ・コトラー、イワン・セティアワンと共著)、など共著多数。

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